現状把握
地球に人を送るのに、どうして帰還する俺の種族を変えるんだよ!しかも勝手に!
こっちの都合はまるでおかまいなしかよ!
しかもその上、こんな場所に服も着せずに放り出しやがって!
ふざけんな!
今さらだけど、俺は言われるままにあの世界で勇者として戦ったことを、はじめて心の底から後悔した。
脅されて訓練させられようと。
帰還の道を完全に閉ざされようと。
異世界の、あんな低民度の連中の生存競争なんかほっときゃ良かった!
人間族だけでなく神までゴミの、あんな世界なんか!あんな世界なんか!
チクショウ!
チクショウチクショウチクショウ!!
ああ、もっと早く結論出せばよかったよ。
ごく少数ながら普通にいい人たちもいたんだよ。
だから「悪い人ばかりじゃないんだ」なんて考えてたわけだけど。
ああ、今思えばそれもわかるよ。
ああいう人たちをよりすぐり、俺のまわりにいちいち配置していたって事なんだろう。
情に訴えて、俺を都合よく使い潰すために。
悪意をもって、善意の人々を俺の首輪、鎖として配置したんだ。
ああクソ、なんてお人よしのガキだったんだ俺は!
かりに帰れなかったとしても、あいつら人間族にだけは味方するべきじゃなかった。
けどもう遅い。
ここは遠い異世界で、やったことは取り返せない。
あいつらの作戦は成功した。
おそらく彼らは魔王なき後、支えをなくした魔族を喜々として狩り出し殺し尽くすんだろう。
「ユー、ごめん怒った?」
「ん?」
ふと見ると、不安そうなマオの顔。
「いやいや怒ってない、おまえは何も悪くないからな」
「?」
「ごめん、不安だったろ?」
「……」
そうだマオ、おまえは何も悪くない。
おまえは俺に育てられたから、俺と共にあるのが当たり前なんだもんな。
それだけなんだ。
そしてその気持ちは迷惑どころか、俺はとてもうれしい。
だけど可能なら、どんな手を使っても向こうの世界に仕返ししたいなあ。
うん、忘れないでおこう。
さて、今はそんなことより現状の把握だ。
元の世界より引き継いだものは何もない。
全てのアイテムは失われ、勇者としての経験も全て失われた。
それどころか。
どうやら、召喚時に来ていた服やスマホまで失われたっぽいな。
そして、とどめ。
地球に、日本に帰ってきたというのに、人間でない半獣人に改造されちまった。
ふざけたことをしてくれる。
静岡県だぞここ。
ここからどうやって東京の実家に連絡すんだよ。
全裸で持ち金ゼロ、しかも人外の身体とか。
マイナスどころの話じゃねえぞ。
さてと。
状況はこれ以上なく最悪なんだが、逆に今、俺が持っているものは何だろう?
まず。
肉体面の経験は全て失われているが、あの戦いの記憶はちゃんと持っているよな。
そして、帰還の際に再付与してもらった、精霊との対話能力。
魔力だって、すごい減っているけどゼロじゃないのは……最後に追加してもらった魔力アップ系のスキルのおかげだろう。
そして。
この腕に抱いている、変わり果てた猫。
ああ、そうだな。
地球でも精霊と話したいなんてわがまま言った、過去の俺に大感謝しておこう。
え、何がって?
さっきから風景のあちこちに見えてるんだよなぁ、うん。
このうえなく頼もしい存在がさ。
さっそく呼びかけてみた。
『おーい』
【なあに?】
【どうしたの?】
おお。
呼びかけてみたら、わらわらと大量の精霊が集まってきた。
精霊っていうのは、場所と状況によっていろんな姿をしている。
エルフたちによると俺の心のありようにも左右されるそうなんだけど、たいていどこでも可愛い姿をしていて、見ているだけで癒やされる。だから俺も大好きなんだよね。
なぜかそういうとエルフたちは「それは貴方がそういう者だからですよ」とか、わけわかんねーこといって目を細められたんだけどな。
いや、わけがわからん。
さて。
『やあ、こんにちは。はじめましてかな?僕はユウだよ』
【よろしくーユウー】
【ごていねいにー】
【うそ、はなせるんだ!すごーい!】
うわ、なんか精霊が急にドワッと増えた。
あ、あははは。
【どうしたの?あれ、はだかだー】
【しっぽあるー】
【こうび、してた?】
『してないしてない、さっき異世界から帰ってきたんだけどさ、なんか服も何もなくてね』
とんでもないこと言う子が混じっていたので、とりあえず訂正しておいた。
ここで迂闊に了承してしまうと、ここいらの精霊の間では俺とマオが夫婦ってことになってしまう。
精霊は冗談が通じないからな。
さて。
この、ちみっこくて可愛いやつら……精霊の正体なんだが、実はよくわからない。
生き物のように見えたり会話できるのは目の錯覚のようなもので、実際には意思に魔素が反応するようなものですよと、向こうの人間族の学者は言ってたけどね。
なんだその無粋な学説と思ったんだけど。
実は向こうの人間族はこっちの人間同様、精霊は一切見えないし感じないんだと聞いて、ああ知らずに言ってるのかと納得したもんだ。
だってそうだろ?
そんな可愛い連中をカエルの筋肉みたいに言ってんじゃねーよ。
ま、いっか。
結局俺は精霊を「よくわからないが、お話できる不思議でちっこいやつら」と認識した。
時にはお仕事を頼んだりもできる友人たちであり、寂しい夜も楽しくしてくれると。
旅先ではいつもまず、その土地の精霊と話すようにしている。
マオと出会う前なんて、よく夜の焚き火のまわりで話し込んだり歌ったり、ゲームして遊んだりもしたなぁ。
人間や魔族の魔法が使えない俺だけど、よくあるサバイバルの火付けで苦労したことはない。
そういう生活魔法的なものはすぐ精霊たちが助けてくれるもんで。
癒される、働き者、親切、そしてかわいい。
こんな子たちが嫌いになれるか?
ないね、ありえんよ。
人間なのに精霊と話せるせいか、俺はいろんな種族から好意的にしてもらえた。
特に厳格なエルフたちが好意的だったのは、人間族の関係者をも非常に驚かせた。
要は、彼らエルフは精霊寄りの種族で、精霊の好まない種族を好まないわけで。
わけで、だからこそ俺は親切にしてもらえた。
この流れは、やがてマオを拾ったところでピークに達した。
エルフにとって猫族とオークは森の友人であり、特に猫族をよくかわいがっていた。
人間が子猫を拾うように彼らは昔から迷い猫族を保護していたそうで、俺がマオを拾った時も非常に世話になったんだ。もしエルフたちがいなかったら、俺はマオを育てるのにえらい苦労した事だろう。
って、話を戻そう。
まず現在位置の確認からだ。
『ここはどこなのかな?』
【ここ?するがー】
【スルガノクニー】
スルガ、駿河ね。
なんで旧国名。
『悪い、今の地名でプリーズ』
【ヌマズ?】
あ、三島かなと思ったけど沼津で正解だったのね。
そして、やっぱり地球の精霊なんだとこの瞬間に確定してしまった。
ううむファンタジーだなぁ。
『服がないんだけど、俺とこいつ、マオに幻の服を着せてくれる?』
本物の服をゲットするまで、とりあえず着衣に見せかけよう。
【いいよー】
そういった瞬間、俺とマオは制服姿になっていた。
「おっと、学生服じゃないか」
「スカート!かわいい!」
俺は古めかしい詰め襟の学生服で、マオはブレザーの女子制服になっていた。
ああ、懐かしいと思ったら俺の母校の制服だわ。
ははは、やばいわ。すっかり忘れてた。
あちらの世界でも本は読んでたけど、こっちの勉強はしてないからなぁ。
ところで。
『耳としっぽも隠してくれないか?』
【隠せるけど、聞こえにくくなってバランスも悪くなるよ?】
え、そうなの?そういうもんなの?
悩んでいたら、マオがコメントくれた。
「ユー、帽子で耳を隠すと聞こえにくくなるし、しっぽの上に鎧があるとバランスとりにくいよ」
「へぇ……そういうもんなのか。幻で、実体はちゃんとあってもダメ?」
「ダメ」
そういうもんか。
そういや、マオのスキル類については何も考えてなかったが、おそらく元のままだろうな。
唯一の幸いは、人界にはあの女神の力が及ばないことだ。
神様ってやつが基本的にそうなのか、女神が直接干渉してくるのは世界間移動の最中だけだった。
女神は人界に直接出ることはできなくて、あっちの世界ですら夢枕に立つくらいしかできないんだと。
でも、その状況であっちの人間族は召喚魔法を、つまりこっちの世界に影響するものを作り出したって事だよな……まさかと思うが、夢を通して作り方を神が教えた、なんて反則なこと言わないよな?
まあ、今はあっちの事はいいか。
『わかった、今はいい。でも俺が隠してといったら耳としっぽを隠してくれる?』
【わかったー】
【りょーかいー】
さて、問題はここから。衣服と食べ物を何とかしなくちゃな。
何しろ無一文で何もないけど、ここは日本だ。狩りをするわけにもいかないし、泥棒もハイリスクすぎる。
くわえて言うと、俺の実家は東京都新宿区の外れなんだぜ。
最悪、沼津から23区まで歩くのか?
まぁ。
あっちでは歩いてたわけだし距離的にはいいんだけど、裸足に全裸で東京に行きたいとは思わんな。
あとは。
「食料か。マオ、おまえアイテムボックスはまだ使えるか?」
「あるけど、ペペルの実しかないよ?」
ペペルというのはこっちで言うリンゴの事だ。直訳すると「飢え知らず」。
あっちは動物だけでなく魔物も農産物を狙うんだが、なぜかペペルは魔物的に好まれなかった。だからペペルは世界中で栽培されてて、どこの町でもたいてい買えた。
持ち運びにもいいので、俺たちはよく数日分をアイテムボックスに入れていたわけだが。
「充分だ。何日分ある?」
「ユーと食べたら……んー3日分」
マオひとりなら七日ってとこか。うん、順当だな。
何もない空間をごそごそまさぐって、マオはそう言った。
「ユーは何もないの?」
「そもそもアイテムボックスがないんだ。レベルも1に戻ってるし、スキルも全部なくなってる」
「えええ、なんで!?」
「なんでって、女神が言うには、異世界人を元の世界、元の時間に戻す場合はステータスもスキルも元に戻すものだって。みんな取り上げられたよ」
「なにそれ……がんばって、れべるあげしたり、大変だったもスキルも全部?」
「ああ」
「ひどい……女神様、なんでそんな」
マオはショックを受けていたようだが、じきに「あれ?」という顔になった。
「ユー」
「ん?」
「精霊とお話できるのはどして?ユーは前からお話できたの?」
「それは裏技みたいなもんだよ」
「……よくわかんないけど、そうなんだ」
マオはショックを受けていた。
思えば、マオは女神がそういうヤツって知らなかったんだから無理もないか。
いや、俺だってショックさ。
だってまさか全裸であっちの荷物どころかこっちの荷物もゼロ、しかも実家と全然関係ない場所に投げ出されるとは思ってなかったもんよ。
こうなるとわかってたら、アイテムボックスくらい残せって言ったわマジで。
そんなことを考えていたら。
「ユー」
「ん?」
「アイテムボックスなら、せーれーに頼めばいいよ」
マオが突然、そんなことを言い出した。