地球のはずだよね?
次に気づいたのは、浜辺に面した堤防の上だった。
重い頭を目覚めさせつつ周囲を見ると、目の前には海。そして背後には松林っぽいもの。
なに、松林?
「……ああ」
ここ、三島か沼津あたりの海沿いだわ。
確か近くに自衛隊だか海上保安庁の船が停泊してて、こっちのバイク友達に見に行こうって誘われて昔……あ。
「いた」
俺はこういう乗り物を全然知らないんだけど、それっぽい船が海上に止まってた。
その記憶にある風景が、俺の脳にゆっくりと浸透してきた。
間違いない、駿河湾だ。
……ははは。
ははは間違いない、日本だ。戻ってきたんだ!
でも、なんで東京の家でなくこんなところに?
「ん……」
その時、視界の下。隣に倒れている存在に気づいた。
いや、ちょっとまて、なんですっぽんぽんの女の子て……え?
猫耳しっぽの女の子?
え?
誰?
ここ日本だよな?
日本には猫耳猫しっぽの人間なんかいないぞ。
コスプレ……じゃ、ないな。
え、なんでわかるのかって?
コスプレの耳なら耳の穴の奥は覗けない。くんくんと嗅ぐと。
「お」
やたらと臭気強い……でもなぜか嬉しくなるニオイ。
俺の嗅覚、こんな鋭かったっけ?
ま、まぁいいか。
そしてコスプレの尻尾なら……。
「コスプレ尻尾、じゃねえみたいだな」
全裸という事は、尻尾の生えぎわも丸見えってことだ。
怪しげな後付けの尻尾じゃなくて、背骨の延長線上にある事もきちんと確認できる。
「ちょっとごめんよ?」
女の子のシッポの生え際ということはつまり、股間を覗き込むという事になる。
もちろん全面モザイクで最低の行為ではあるがこの場合は仕方ない、子猫を持ち上げて性別を確認するのと同じ事だからな。
「うむ」
間違いない。
見慣れた相棒の、猫族のシッポと同じだ。
キュッとすぼまる形のケツの穴までよく見える。
女の子は確かに猫族の耳としっぽを持っているわけだ……猫族の。
……ちょっとまて。
「……マオ?」
「……ユー?」
ゆっくりと目をあけた女の子は、俺のことをビックリ顔で見ている。
「え?」
「え?」
俺は驚いているが、女の子も驚いているようだ。
「あの……まさかとは思うが、やっぱりマオなのか?」
「ユー?あれ?でもニオイはやっぱりユー?」
「いや、スンスンやらんでも俺はユウだ」
そして、俺をユーと呼ぶのはマオだけだ。
俺は異世界で実名を隠し、ユウと名乗り続けていた。そして多くのものは勇者様と呼んだ。
唯一マオだけは俺をウーと呼び、そしてユーと呼ぶようになったが、それでもたまにウーに戻った。
いや、つまり滑舌が悪かったんだ。
猫の頭と声帯をもつ彼女に『ユウ』は発音し辛かったようで、特に子猫時代はウーと呼ばれ続けた。
これで確定か。
けど、どうなってる?
なんで、マオがケモミミ&しっぽつきの人間になってんだ?
見たところ手足は太く、末端に近いほど猫族のそれだ。
おそらく猫族の身体能力を正しく引き継いでいるんだと思う。特に末端になると完全に人と骨格が違うのが素人のそれにもわかる。蹴りや打撃は同サイズの猛獣にひけをとらないだろう。
ましてマオなら……異世界の俺と共に戦ってきた経験もある彼女なら。
瞳もしっかりと猫のものだ……まわりの表情パーツが人間だけどな。
そして、滑舌がやたら良くなっているところからして、特に声帯などの内部構成はかなり人間に近いんだろう。俺が見ても、ちゃんと人間の女の子の顔に見える。
ああいや、でも、問題はそこじゃないかも。
なんで全裸?
というか。
胴体まわり……特に人間の俺が女の子と認識する重要部分にかぎって完全無欠に人間の女の子なんですが?
いや、猫族の時も股間を布で隠してるだけだったけどさ、今はさすがにまずいだろ。
「マオ、おまえいつから人族になった?しかも言葉もキレイになっちまって」
「ユー、やった!かみさま、ありがとう!」
「え?」
「え?」
俺たちはお互いにお互いを見合わせて。
「ん?マオがどうしたの?」
「おまえ気付いてないのか?その格好」
「え?……わお」
「ワオじゃねえだろうが……ハダカだぞハダカ!」
「だってユーもハダカだよ?」
「なんだと!?」
などと大騒ぎをしてしまったのだった。
幸いというかなんというか、あの騒動でも誰も来る事がなかった。
来られても困るがな。だってマオだけでなく俺も全裸だったんだから。
しかも。
「いっしょ♪いっしょ♪」
「お、おう。つーか、くすぐったいからやめろ」
そう、俺にも猫族の耳としっぽが生えていたんだよ。
まじか。
これは、あれか?
昔のハエ男の映画じゃないけど、俺とマオの種族が混じってしまったとか?
う、うーん、無理があるか。
この先のことを考えると、マオが人族っぽい容姿になったのはいいんだけどな。
うまくやれば、何とかごまかせるだろうから。
でも。
俺まで猫耳&シッポつきというのは……当たり前だが最悪だ、ものすごくマズイ。
このままじゃ、そもそも地球で人間として生活できねえぞ。
さて情報を整理しよう。
要点のまとまらないマオの話をちょっとまとめてみた。
なんか神様に感謝してるので、事情を知ってるのかと問い詰めたんだよな。
そしたら。
転移の途中、どうやらマオは『女神様』に会ったらしい。
その『女神様』は俺たちの戦いをずっと見ていて、転移の際に俺たちを手元に引き寄せた。陣がおかしくなったのはそのせいらしい。
で、マオの『願い事』を聞いてくれたのがこの結果なんだそうだ……。
……なるほど、そういうことかよクソ女神が。
「?」
「いや、いい。おまえは警戒しててくれ」
「ウンわかった」
マオは斥候職や戦士としては実に頼れる存在なんだが、論理的考察にはあまり役に立たない。説明してくれたんだけど、情報がなさすぎて意味不明でもあった。
だから周囲の警戒を頼み、考察は俺ひとりでやってる。
まず『女神様』っていうのは、向こうの世界の女神でたぶん間違いない。
あの世界の女神はとても優しいと評判の神様だが、それは嘘っぱちだ。その優しさはあの世界の種族、しかも人間族限定であり、あとはオマケ以下でしかないんだ。
俺の召喚時にも女神は現れて、その時にスキルなどを無理やり授けられたからな。
今回はおそらく、マオが異世界に行こうとしたのを見て声をかけたのだろう。
マオは人族ではない。
だけど俺と共に人間族のために戦った功績があり、そしてあの世界の者でもある。
だから、、そんなマオの最後のお願いだからってわけで、ヨシヨシと後先考えずに俺たちの種族を書き換えた。
で、そのまま元の流れにポンと捨てたんだと思う。
え?嫌味?
そりゃ嫌味も言いたくなるよ、事実だもの。
召喚の時なんだけど、即座に地球に送り返すことを俺は求めた。
俺はただの学生だし、どこの誰とも知らない国のために命かけて戦うなんてごめんだった。それに当人の意思を無視して勝手に異世界に呼び出すなんて犯罪じゃないかと。
でも女神にとって俺は、ただの都合のいい道具にすぎなかった。
あいつは、魔族と戦うには俺が性能不足とみて、さっそく補強し、スキルを設定し、若き勇者の卵に仕立てあげた。そして経験値を取り込めることも確認すると、もういいわねと人間族たちのところに送り出した。
俺の言葉なんか、そもそも聞いてなかった。
ちなみに言葉が違うとかではないぞ。
だって途中で「うるさいわね、おまえの意思なんか知らないわよ」と言って一時的に口をきけないようにされたからな。
そんな存在なんだよ、あの世界の女神って。
呼び出した側の連中も女神と似たようなもんだった。
結局俺は女神にも、そして誘拐を指示したあっちの王族からも、謝罪どころか礼の一言すらも聞いてない。彼らの関心は必要な性能が発揮できるかどうか、ちゃんと制御できるかどうかでしかなくて、俺の意思なぞまったく考慮されなかった。俺自身が彼らの言葉を理解できる事すら、王様は何年も知らなかったくらいだ。
ああもちろん、謝ってくれた人も、褒めてくれた人もいたよ?
だけどそれは、本来は無関係の異種族の人たちと。
あとはわかるだろ?
そう。
今回、帰還のために骨を折ってくれた神官や巫女さんたちだけなんだけど……。
そもそもあの人たち、俺の応対をさせられてた事でもわかると思うが、全員が異種族との混血だった。
つまり教団の中でも常に最下位で、信者にすら嘲笑されるような存在だった。
って、もう会わない世界の連中のことなんてどうでもいいか。すまん。
話を戻そう。
そんなマオが女神に何を願ったかというと……俺と子孫を残せるようにしてくれって事だったらしい。
そして。
それに対する女神の答えが、俺とマオの変異というわけだ。
ふざけんなよオイ。
俺は女神の所業に怒りしか覚えなかった。




