女神エキドナ in 東名高速上り
そういえば、ふと思ったことがあった。
「エキドナ様、ひとつ聞いていいです?」
「ユウよ、エッちゃんで良いと前から言っておるじゃろう?」
だからそのセンス……マジでうちのお袋かと。
なんでこんな性格なんだよ、エキドナ様。
「さすがに無礼すぎると思います」
あの世界にある強大な魔獣たちのお母上、偉大なる存在にタメ口はちょっと。
正直いって、このひとと敵対してたら魔王どころじゃなかったもんなぁ。
いやホント、俺、あっちじゃ人脈に助けられてたなぁ。
「わらわは良いと言うておるのに、困った男子よのう」
いいけど、舌なめずりして言われるとちょっと怖いです。
「いやいや、親しき仲にも礼儀ありですよエキドナ様。
だいいち俺、最初からエキドナ様ですもん、今さら変えられないですよ」
「ふむ、そういえばそなた、わらわを初対面からエキドナと呼びよったな。自己紹介もしておらぬのに」
「あー、それは」
まぁねえ。
「あの時は誤魔化されてしもうたが、いま一度訊こう。なんだったんじゃ?」
「あーそれは……失礼な話なんですが」
「かまわぬ、言うて見よ」
「そうですか……簡単にいうと、子供の頃に遊んだゲームに出てきたんですよ」
父が持っていた20世紀の古いゲーム、それに出てきた古き女神エキドナ。
蛇の下半身に女の上半身をもつ巨大な姿で、多くの魔獣たちを生み出した『母』。
そのゲームは進め方によって敵味方が逆になったりする。もちろん女神エキドナも同様で、進め方によってはおそろしい敵となる。
だけど俺は、主人公の味方になった時のエキドナが大好きだった。
まぁ、好きといっても何をしてくれるってわけでもないし、会うだけでも難しい存在だ。会っても小さき身でがんばる主人公をねぎらい、励ましてくれるだけではある。
けど、彼女に憧れた。
巨大で異形でありながら、優しく声をかけてくれる彼女が好きだった。
だから俺は、真の攻略ルートとやらにも見向きもせずエキドナ様の陣営に加わった。
悪魔側の戦士として修行を重ね、洗礼も受けた。
その話をすると、エキドナ様は「ほほう」と興味を示した。
「なかなか面白そうではないか。で、そのゲームとやらは遊べるのか?」
「家が無事ならゲーム機はあると思うけど、ちょっと無理じゃないかな」
電気もきてないし、だいいち30年以上も昔の機械だ。まともに動くかどうか。
そういうと、
「そうか。うーむ」
ちょっとつまらなそうにエキドナ様は言うのだった。
「それですみません、話が戻るんですが」
「うむ、なんじゃ?」
「今、俺の話した事なんですけど……偶然にしては名前も一緒で、特徴も掴みすぎてると思いませんか?」
「そうじゃな、しかしそのゲームとやらは、実際の伝説や神話を元にしているのじゃろう?」
「はい」
神話や物語で語られるエキドナと、今、俺とマオを抱えて東名高速を東京に向かっているエキドナ様
……容姿はともかく名前まで一緒って、どうなってるんだ?
「別に驚くことではあるまい。かつてはこの星にも精霊使い、あるいは使えんでも精霊の話を聞ける存在くらいはおった、ということじゃろ?
いや、それどころか。
今もどこかにひっそりと、おるのかもしれぬぞえ?」
「じゃあ、その誰かが異世界のエキドナ様の話を聞いて、それが伝説の元に?」
「驚くことではあるまい、現にわらわが、そなたらの伝説と同じ名と姿で存在したのじゃろう?」
「たしかに」
そう言われると、確かにそうなんですがねえ。
ものすごい光景。
ごめん、ちょっと他に言いようがないんだけど。
たぶん、今のこの状況を第三者が見たら、たぶん絶句するんじゃないかと思うんだ。
え?なんでって?
ではちょっと想像してみてほしい。
東名高速道路・場所は厚木インター近くの上り線。
走るクルマが絶えてホコリが舞い、ところどころにボロボロのゾンビが徘徊する……しかしそれでも、そこは近代日本を象徴する高速道路網の、その首都に接続している一本。
そこを東京に向かって進む巨大な存在。
蛇の下半身に美しい女の上半身。そして翼。
物語か神話から抜け出てきた女神エキドナ。
それが、死に犯された現代の高速道路を一路、東京に向かって進んでいるわけだ。
すごいよな。
なんか壮大なファンタジー映画みたいなんだけど、まわりに見える厚木の風景がそのファンタジー臭さを打ち消してしまっている。
うん、むしろ怪獣映画?
モ○ラの幼虫とか出そうだよオイ。
この光景を見る者がいたら、それはおそらく言葉に語り尽くせない驚きだろう。
ほんの二年前なら人々はスマホをかまえ、ある者は通報し、ある者は撮影してネットに流すだろう。
少したてば機動隊、もしかしたら自衛隊が飛び回り、ネットも大騒ぎになっただろう。
でも今、それを見る人間は誰もいない。
あるのは無人の死んだ町。
そして、さまようゾンビたち。
『生きてる人間、このあたりにいるかな?』
【いないよー】
【ないねー】
精霊たちは、このあたりに人間はいないという。
マジかよ。
精霊の探知範囲って十キロくらいは余裕だろうに。
『ちなみにゾンビは?』
【いるよー】
【いッぱいー】
精霊たちの返事と同時に、脳内にポポポーンと、だいたいの位置が知らされる。
うわ、すんげー数だ。
あ、高速上もさすがに増えてきたな。
「エキドナ様、ゾンビ増えてますけど大丈夫です?」
「うむ、さきほどからハネまくってるが別に問題ないぞ。ちょっと鬱陶しいが」
さすが。
つーか普通にハネてるのか。ショックも感じないんだが?
いや、それよりむしろ。
ヌクヌクでフワフワで絶妙の感触で天国の心地だ……見晴らしが全く効かないのが唯一の問題だけどな。
ああ、心地よい。
ところで。
「……」
「なぁマオ、なんでそんなに不機嫌なんだ?」
「……」
マオってば、さっきからひとことも口をきかないうえに、俺を恨みがましい目で見てるし。
なんなんだよいったい。
そしたら。
「マオも一人前のメスということじゃ。のう」
「!」
「おうこわい、そう睨むでない、ふふふ。
マオや、仲違いさせるのは、わらわの本意ではない。
単にこの移動法が一番ラクなだけなのじゃ……許してくれぬかのう?」
「……」
「ユウの顔がヤニ下がっておるのは、オスじゃから仕方のないこと。
今だけは、わらわの顔をたてて許してやっておくれ?」
「……はい」
そういうと、マオはしぶしぶと怒りをといて……横を向いてしまった。
「やれやれ、こりゃ今夜ユウは大変じゃのう」
「あの、エキドナ様?これはいったい……」
「なんじゃユウ、おぬし気づいておらんのか……やれやれ困ったもんじゃのう」
ふう、とエキドナ様はためいきをついて、そして言い切った。
「そりゃあ、ホレたオスが他のメスの乳で喜んでおったら、機嫌をそこねるのはむしろ当たり前じゃろうに」
「え……そういうこと?」
「あたりまえじゃろうが」
「……」
まぁ、その。
確かに俺たち、エキドナ様の巨大なおっぱいと腕に挟まれて運ばれてますが。
考えてほしい。
エキドナ様の上半身は巨大な裸の女であり、そして当然、乳も巨大だ。
なんたって成人男性の身長より余裕で大きい乳なんだぜ?
しかもこの乳、この巨大にして絶妙のフワフワの柔らかさ。
それでいて深部にはちゃんとコシがあり、莫大な重量のくせにツン、ぷるんと立っている。まったく垂れてない。
その乳と、これまた柔らかい腕でやさしく挟まれているのだ。
エキドナ様に戦闘力はないといったけど撤回しよう。
これはなんというおそろしい戦闘力だ、超野菜人も真っ青だ。
思わず頬ずりしたくなる……いや、動けないんだけどさ。
ところが、そんな俺を見たマオが唐突に怒り出しまして以下同文と、まぁそんな感じなんだけどな。
「……」
うん、ごめん。まぁ気づいたよ、さすがの俺も。
勇者様やってた頃はマオも猫だったから、懐かれてるなぁって気持ちしかなかったけど。
こっちに来てからはもう、マオに『女の子』を意識してしまってどうしようもないわけだし。
だから。
ごめんよマオ、俺が悪かったよ。
「……」
ふときづくと、涙目でこっちを見てるマオが見える。
あれ、なんで?彼女の表情が読める。
俺、そういうの得意じゃないはずなんだが?
「……」
ああ、うん、ごめんよ、わかってる。
だから許してくれないかな?
「……」
え、今晩いっしょに寝る?……そりゃあいいけど、それって。
あーうん……わかった。
なんか言葉もないのにマオと表情だけでやりとりした。
はじめての経験だったので、なんか不思議な気分だった。
そしたら。
「……よしよし」
「?」
俺たちをじっと見ていたらしいエキドナ様が、なぜか満足そうに笑った。
と、その時だった。
「さて、楽しくお話中のところを悪いがの、ちょっとだけ注意しておくれ?」
え?
エキドナ様が唐突に不吉なことを言い出した。