はじまりは異世界からの帰還
新シリーズです。
「異界漂流者」のシリーズからのスピンオフです。
それは、よくある勇者物語のはずだった。
異世界勇者として長きにわたり戦い、そして戦争は終わった。
そして召喚されたその日、その時間に帰還する事になった。
武具もお金も、そして鍛え上げた身体すらも一切持ち帰れないらしい。
おみやげは思い出と、そして何か記念の一品だけ。
そこで俺は金貨やアイテムじゃなくて。
一番お気に入りのスキル『精霊術』を持って帰る事にしたんだ。
◆ ◆ ◆
「すみません、マオのことをよろしくお願いします」
いよいよ帰還の時がやってきた。
巨大な魔法陣にたち、スタッフの皆さんにお礼を言う。
だけど俺にはひとつだけ心残りがあった。
猫族ただひとりの生き残りにして相棒、マオの事だ。
「本当にマオを連れていかれないのですか?あの子にはもう」
そう。
猫族はもうあの子、ただひとりしか残ってない。
だけど。
「俺の世界じゃ、人間以外の人族が全然いないんです。
そんな世界にマオを連れていけば、どんな目にあわされるか。
だったらこの世界の方がいいでしょう?あの子なら生きる力もありますし」
「そうですか。ならば何も言いません」
みんなの言いたいことはわかる。わかるけど。
猫族は真獣系の人族。その容姿は限りなく魔獣に近く、連れていけない。
え?イメージできない?
わかった、簡単に説明しよう。
つまりマオは「二本足で立ち上がった猫」ほとんどそのまんまなんだよ。
この世界でも人と獣、どっちにいれるか議論になるくらいに中間的な存在なんだ。
俺なんて拾った時、ふつうに子猫と間違えたんだぞ。
そりゃあ大きくなった今なら猫には間違えないけど。
なぁ、わかるだろ?
たかが皮膚の色ひとつで目の色変えて殺し合う地球人の世界で。
リアル版長靴を履いた猫みたいなあの子が、地球で幸せになれるとは思えない。
だったらまだ、この世界の方がマシだろう。
この世界にはマオを愛しんでくれる者たちもいるのだし。
わかってる、そんなに心残りなら残れっていうんだろ?
でもさ。
俺はひとりっ子だし両親もいる。
日本の家族だって捨てられないんだ。
「あとスキルやステータスですが、やはり、同じ時間に戻る関係上リセットされるそうです」
「そうですか……相談していた例のやつはどうです?」
「精霊系スキルですね?あれだけなら大丈夫そうです」
「いけますか!」
はい、と神官さんは得意げに微笑んだ。
「思い出は持ち帰れるという点を利用しました。
もともとスキルは記憶と密接なものですが、特に精霊系スキルは肉体の鍛錬を必要としないものです。
もちろん強大な精霊術を使おうと思えば代償の魔力などが必要ですが、スキルさえあればあとは育てればいいわけですからね」
「なるほど」
「海を見慣れた人は水中の魚影を見分けられる、あれと同じです。
なかなか興味深い仕事をさせていただきました」
「すみませんね。表に出せない成果だろうに」
「いやいや」
マニアだなぁこのひとも。
「ところでユウさん、レベル無関係のスキルもう一つくらい付与できますが、どうなさいます?」
「そうですか。じゃあ魔力向上の祝福頼めます?
精霊と話すのはいいが、あっちは魔物がいない。殺して経験を稼ぐわけにはいかないので」
「なるほどわかりました。
しかし、ユウさんの精霊好きも筋金入りですね」
「ふふ、地球にも精霊がいると聞いちゃあな、ぜひ話してみたいさ」
そう、精霊って地球にもいるらしいんだよな。
それも人間側に対話スキルがないだけで、普通にそこいらにいるんだと。
勇者召喚ってのは精霊がいない地域からはできないそうで、少なくとも地球に精霊がいるのは確定なんだとか。
だったらやっぱりさ、地球の精霊とも話してみたいよな。
何もかも無理して精霊関係のスキルだけ持ち帰れないか相談したのはそのためだった。
だって、ねえ。
長々と異世界勇者なんてやらされたんだぜ?縁もゆかりもない世界のために命をかけさせられたんだ。
だったら。
物質面は何も持ち帰れないっていうんなら、このくらいの恩恵はあってもいいだろ?
ああちくしょう。
地球に精霊がいて、それと話せるなんて。楽しみだなぁ!
「そういえば勇者さま、精霊がお好きのわりにはあまり精霊魔法をお使いにはならなかったようですが」
「そうでもないさ、火付けと明かり取りはいつも精霊にお願いしてたぞ?
あと臭い消しをかねた入浴とか、いろいろ助けてもらったけどなぁ」
戦闘での使役はあまりしなかったよな、死体を荼毘に付すのには使ったけど。
「……そういう無欲な方ですからむしろ、勇者の使命も果たせたのかもしれませんね」
「そう?」
「ええ、そうですよきっと」
神官たちによると精霊は世界の一部とも言われているが、よくわかってないんだという。
けど正直、俺にとっちゃあのいけ好かない女神様なんかより、ずっと親しみのわく存在なんだけどな!
あいつら可愛いし。
ちょっとマヌケで融通がきかないとこがあったりもするけど、そんなところがまた好きだ。
って、そんな話は別にいいか。
そんな事を考えていると、陣が起動をはじめた。
世界間転移に必要な、莫大な魔力を飲み込み終わったらしい。
「いよいよですね……勇者様、今まで本当にありがとうございました。
何もお返しできないことが心残りですが、せめてその名と功績を長く讃えさせていただきます」
「あー、そういうのはいいからマオの事を頼む。
あいつをエルフたちのところに安全に届けてやってくれ。
俺、結局あいつを俺自身から解放できなかったから」
「なるほどわかりました、全力を尽くしま……え?」
そんな時、フロアの入り口が急に騒がしくなった。
はげしく嫌な予感がした。
「まさか」
そんな馬鹿な。
苦労して眠り薬を飲ませたのは俺だ。
今日いっぱいは眠り続けているはずだ。
なのにどうして。
予感はあたり、入り口にいた警備の騎士がふっとばされた。
そして。
「ユーヒャはまぁぁっ!!」
ろれつの回らない絶叫が響いた。
ああ、やはり間違いない。
「ユーはまぁぁっ!!」
猫族は二本足で立つ猫そのものであり、頭骨も声帯も人間のそれじゃない。
だからもともと、とても滑舌が悪い。
しかも俺の処方した睡眠薬が回っているんだろう。
こうなるともう、子猫からあいつを知ってる俺以外には聞き取れまい。
だけど。
そんな状態でなお立ち上がり、あまつさえ警備を押しのけ、ここに駆けつけてきたのか。
「ユーはまぁぁっ!!」
「うおっとっ!!」
飛び込んできた毛玉を受け止めた。
本当ははねのけるべきなんだろうけど。
でも。
俺にはどうしてもできなかった。
「マオ、おまえ……っ!」
「イヤら、イヤら、レっらいイヤらぁっ!!」
ギュウウウッと俺に抱きついてきた。
とんでもない馬鹿力だった。
二度と離さない、絶対離れない。
そんな、鉄よりも硬い意思を込めた力だった。
ろくに動けない状態なのを強大な筋力と、そして強靭な意思で無理やり走ってきたのだろう。
マオの身体は今もなおガクガクと震えが止まらず、口の横からも泡を吹いていた。
こんなありさまなのに。
それでもなお、てこでも俺にしがみつき放そうとしない。
そして。
「!」
血のニオイ。
身体を傷つけている?
いや、これは戦闘じゃない……。
そうか自傷だ!
気付けのために……ここに来るため、無理やり身体を動かすためか!
今もおそらく、一瞬気を抜いただけでも意識が飛びそうなんだろう。
それを激痛で無理やり押さえつけてるんだ。
そして。
「ひやらぁぁぁっ!!」
がっつりしがみつかれて、死にそうな声でイヤだ、置いて行かないでと大絶叫。
まだ何か叫んでいるが、もはやひとの声にすらなってない。
ああちくしょう、俺にどうしろというんだ。
決心したのに。
置いていくって、残していくって、この子のために涙をのんだのに。
馬鹿、バカ、馬鹿野郎。
地球は獣人族の住める場所じゃないんだぞ?
それに。
おまえ、エルフのみんなにあれほど可愛がられてたじゃないか。
エルフ族は猫族が昔から大好きで、たったひとりの生き残りのおまえにあんなに大喜びで。
エルフ領に行けば、もう危険はないんだ。
好きな魚を好きなだけ食べてぐっすり眠って、きっと平和に生きていけるはずだって何度も、何度も言ってやったっていうのに。
なのに。
なのにどうしておまえは……おまえを捨てようとする俺なんかと行きたがるんだよ。
魔物も昏倒するほどの睡魔を、激痛と意思力で無理やり押しつぶして。
並み居る妨害者をすべて押しのけて。
死にそうな鳴き声まであげて……くそ。
と、そんな時だった。
「勇者様!!」
「!」
巫女長さんの悲鳴に近い絶叫に、俺は思わず顔をあげた。
「陣の動作がおかしいです、一度出てください!」
「え?」
「原因がわかりません!転移先は問題ありませんが、途中で何か問題が起きるかもしれません!」
え。
でもこれ、起動にものすごいコストと時間がかかるんじゃ?
ためらっていると巫女長さんの声が続いた。
「早く!!最悪再起動に何年かかったって、死体で帰り着くよりマシでしょう!!」
「な」
そんなやばい状態なのか?
あ、もしかして。
俺ひとりの前提だった陣にマオが、しかも状態異常のまま入っちまったから?
影響で何かがが狂ったか?
それはまずい。
よし、じゃあ出る……あ。
マオに全力でしがみつかれていた俺は、足がうまく出せなくてヨタった。
おっとっととなりながらも、なんとか陣の外に出ようとしたんだけど。
しまった、転送始まっちまった!
俺は猫人を抱いたまま、光の奔流に飲み込まれた。