ひょんひょろ侍〖戦国編〗ひょんひょろの散歩(2)
ひょんひょろは、いつものように散歩に出た。
季の松原城に飯井槻が直卒する軍勢が到着した直後である。
ひょんひょろがぼんやり歩く表街道筋の両側には、茅野家の軍奉行である【神鹿兵庫介親利】の指揮のもと、表向きは此の国の守護職国主家の領地である季の松原城の小高い山を中心とした十万貫(二十万石)の要所要所に五千の軍勢を小分けにした部隊を派遣している。
また主力勢は季の松原城周辺に駐屯させ領域に不穏な動きあらば、早期に大兵でもって潰そうという魂胆があった。
その意味するところはこうである。
飯井槻が率いる茅野家が、此の国を制してまだ日が浅い。浅いと言うかまだ半月ほどしかたってない。
しかも半月ほどのあいだ、添谷家誅罰に茅野勢は元添谷家に与する者や、食い扶持や士官先を求めてやって来た此の国や此の国以外のあぶれ者たちを金で雇いいれ、一気に軍勢の人数を数倍にまで急増させて添谷領に向け進発した。
すべては、此の国の現在に於ける中心地を安んじるためだ。
あぶれ者たちに元添谷家の者たちのうち、反攻してきたのは排除して、名のありそうな者達の首は東の三家と倉橋家の当主たちの手柄と成して箔を付け、ついでに添谷領侵攻時には添谷本家に連なる者共が本城から逃げ散るところを、茅野家にとっては新参者の武将である垂水に根こそぎ討ち取らすか捕縛させるよう仕向け、こちらにもこれによって箔をつけさせて、いずれの家ものちの石高換算で言えば万石持ちの大名に格上げさせた。
これらの手配りもまた、新たには茅野の家に組み込むこととなった五つの家の〝もしもの叛乱〟を防ぐために意図して仕組まれたものだった。
飯井槻曰く。
「あれらは皆、いつ心変わりして我らを裏切るやも知れぬ。念には念を入れておかなくてはの♪」
即ち、やっと地固めが始まったばかりの此の国の政治、軍事、治安の回復に彼等の財力や軍事力最大限に引き出しこき使おうと考えているのだ。
無論その為もあり、わざわざ道端の童子でも気付くような見え透いた手段を用いて、彼らに過大な恩賞を得られるような箔を塗り付けてやって喜ばせ、しかし、領内をそれなりの形に纏めるだけでも一苦労しそうな過大な領土を与えて此の国の地力の回復に大いに加担させ、それでいて彼ら全体の力を仮に結集したとしても、此の国最大の貫高を持ち強大以外の何物でもなくなった茅野家には、考えるまでもなく到底太刀打ちできない武力と財力しか手に入れることしか出来ないし状態に据え置かれている。
なにせ商業に関する事柄は、一手に茅野家が独占しているのだ。
だからと云って、暴利を貪ったりは一切しない。
飯井槻は単に此の国の流通を滞りなく円滑に進めることが、国を、そして茅野家を豊かにする第一の道だと思って居り、一手に握る代りに関所を大幅に撤廃したり、人が激しく行き交う道であるにもかかわらず、用途にそぐわない狭い道は、大いに作事を催して道幅を広げる命令を季の松原城内から盛んに文書として発給している。
そんな段取りが続々と推し進められている気の松原城下の、茅野勢があちらこちらに犇き合う盆地を横目に見ながらひょんひょろはトボトボと、やたらめったら高い背を持て余し気味にユラユラと、まるで地面に突き立った長い弓矢が風で左右に揺れているようにして表街道から、ようやく田植えや菜物の植え付けが始まった田畑の間を細々と走るあぜ道へと入って行った。
「見ろよ!貧乏坊主がいるぞ♪」
「ホントだ♪きたねぇ~袈裟羽織ってる♪しかもヒョロヒョロだ♪」
「ねえねえ背の高いお坊さん♪こんなあぜ道で何してんの?お供え物とっちゃいけないんだよ」
ちょうどひょんひょろが道端の地蔵さんに手を合わせていたところ、どこで隠れて遊んでいたのか、近在の童子たちがわらわらとひょんひょろの傍に現れて、まるでかごめかごめでもするかのように取り囲んでハシャギ始めた。
どうやら童子たちにはひょんひょろが、みすぼらしい僧衣を纏った苦行の旅の最中の坊主に見えているらしい。
しかも異様に背の高い、肉付きの全然よくない痩せっぽちの坊さんに……。
「お坊さんちゃんとメシ喰ってるか?背はお侍さんみたいにおっきいのに、身体、病人みたいにえらく貧相だぞ?」
《大丈夫ですよ。それにお地蔵様のお供え物を取ったりしません》
童子たちの頭らしい十か九つ位の年頃の体格の良い少年が、ひょんひょろの貧相な体つきを心配したように話しかけてきて、ひょんひょろは、それに対していつもより抑揚のない声音を少しばかり爽やかにして応じて…。
《これをあなたたちに差し上げましょう》
と宣い、彼の周りに集まった暇を持て余した童子たちの可愛らしい両の手に、懐から取り出した懐紙に包まれた炊いた餅キビを丸めた団子を一人に一つづつ、ちょんちょんと渡してあげた。
「これはかたじけない」
まず最初に件の少年が侍の真似をして慇懃な辞儀をして貰い受け、そしてボロ布を丸めて作ったという赤子人形を大切そうに抱いた三歳の幼女が、
「お坊ちゃん、あーとー♪」
と、如何にも嬉しそうに可愛くいって、皆々ひょんひょろに手をフリフリ、またどこぞに遊びに行くのかキャイキャイ騒ぎながら団子を頬張りつつ彼のもとから去っていった。
《可愛いものですね》
ひょんひょろはいつもの抑揚のない声音に戻り、ポツリとつぶやき。
《では、また》
と、道端に佇む地蔵に深い辞儀をしてから、童子たちが去っていった方向とは真逆の道をまたトボトボと緩やかに地を流れる風に背中を押されるように歩いていった。




