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ひょんひょろ侍〖戦国編〗夢を紡いだ家の行く先(5)

更新間に合った♪


わーーーい♪

「わっちゃが帰って来たのじゃ!新たな添谷の当主としてわっちゃは帰ってきたのじゃ!皆の衆、わちゃが帰ったからにゃ安心して憎き茅野と決戦の準備にはげむのちゃ!!」


 垢塗あかまみれの僧侶の衣服をまとった【汚爺様おじいさま】こと鱶池ふけの金三郎きんざぶろう元清もときよが、添谷家の本拠地である【仙峰せんぽう山城さんじょう】に着くなり云い放った言葉が、これである。


「この一大事の折に、御家おいえ厄介者やっかいものが現れおった…。それも当主気取りでの…」

「あの阿呆め、どさくさに紛れて当主気取りとは…。これは困ったことになったぞ…」

「左衛門尉様は此の世になく、寿柱尼様は何処いずこかに連れ去られ、名のある一族の者も多くは季の松原で討たれるか行方いくかたれずとなったのに、当主を気取った汚らしい阿呆が現れるか…。弱り目に祟り目とはまさにこの事よの…」

「あんな阿呆が当主に就いたと噂がたてば、益々我ら添谷に味方する土豪が居なくなるのぉ~……。困った事じゃ……」


 いま添谷家は、危急存亡というのときと云う名の濃いもやのなかを彷徨さまよっている。


 添谷家の主力軍は当主であった【故・添谷左衛門尉元則】と共に季の松原城下で霧散うさん霧消むしょうし、これを率いていた添谷の有力な親族と、同じく有力な土豪らは軍勢と運命を共にして此の世から去るか、しくは茅野家に奉公先ほうこうさき鞍替くらがえしてしまっており、その不穏な空気をビシバシ感じた領地居残りの土豪連中などはサッサと添谷家を見限り始め、今や添谷家の居城を中心として組まれた対茅野家の防衛線は崩壊寸前の危機に陥っている。


 そんな重大時に当主を気取った阿呆な汚爺が突如現れたのだから、領内に残されていた重臣おとなたちはさぞ頭を抱えたことだろう。


 なにせこの汚爺、【鱶池金三郎元清】なる人物は、添谷家の当主であった【添谷左衛門尉元則】の叔父ながら、そのたぐいまれなる愚凡ぐぼんな能力と、人を人とは思わぬ性格と、あまりに身勝手な態度に根拠に乏しい過大な自己評価から、自分こそが添谷家の当主に相応ふさわしいと常日頃から自負し誰彼構わず吹聴して回っており、添谷家中においてはその人格に於いて排泄物並みに忌嫌いみきらわれており、体よく添谷本家から追い出され滅亡していた三番家老【鱶池家】を無理くり継がされた人物であったからである。


 この添谷家の誰も予想だにしていなかった、あるしゅ滑稽ことまけいきわまりない事態に対して、領内居残り組の重臣おとなたちはアレを強制的に排除して住んでいた寺に送り返すべし!という意見でまとまっていた。


 たが、それを実行するには遠慮えんりょ呵責かしゃくない断固たる決意と、なによりもそれ相応の“武力”が必要不可欠である事にぐさま気付かされた。


 なぜならば、どのような手管てくだを用いて大銭おおぜにを手にしたのかは不明ながらも、彼自身が雇い掌握する手勢として、完全武装の将兵を百五十人ほど引き連れて入城しており、しかも腹立たしいことに、すでに城内深くまでその軍勢を入り込ませてしまっていたため、これを金三郎ごと排除するのは最早もはやいくさに及ぶしかない。とまで、重臣たちに想像させざるを得ないほどの事態となってしまっていた。


 しかしながら、幾ら対茅野家との決戦に備えて臨戦態勢下にあるとはいえ、流石に城内で身内相手に戦をおっぱじめる訳にもいかず、そもそも肝心の添谷勢は僅かに一千人余りしかおらず、また、なにより家中を取りまとめて総指揮出来るだけの戦の才覚を持った添谷家の有力者が存在せず、能力があると見込まれた者は皆、下剋上で一発逆転を目論んだ添谷左衛門尉が率いて季の松原におもむき、そして左衛門尉ごとごっそり消え去ってしまっているのだからどうしようもない。


 なにせ今この城に居るのは、重要案件の責任を押し付け合うのが仕事と勘違いしている添谷家の親族か、もしくは能力がそもそもあてにされていなかった重臣おたなしか存在していないのだ。


 ので、当然ながら家中の統制もとれていなかったので、事態打開の策すら思い浮かばない哀れな彼らは揃いも揃って雁首がんくびを並べてウロウロウロウロ城中を行ったり来たり、ただただ毎日お互い顔を合わせるたびに『あーでもないこーでもない』と念仏を唱えるが如く意味不明瞭な読経を口のに載せては、落ち着きなく右往左往するばかりであったという。


 だが、これすべて飯井槻の考えたはかりごとの一環であることは、季の松原城内の薬草園で彼女のお気に入りであるひょんひょろと交わした会話で聞いた通りである。


 しかし、この事実を夢にも知らない添谷家の面々は、金三郎こと汚御爺様を送り込んで来たのは彼女だと云う事も知らずに手のひらの上で転がされ無様に踊っていたのだ。


 無論、鱶池金三郎も、その知らぬ御仲間のひとりであるのは云うまでもない。


 この頭髪のない此の国きっての阿呆ものは、常人の頭ならおかしいと勘づくはずの事柄にも常に鈍感であり続けた。


 例えば、自身が押し込められた寺に突然訪れた〝若狭わかさの商人〟を名乗る、素知らぬ人物がやって来て云った言葉に対して何等の疑いを持たなかったのだから…。


 商人は云う。


「あなた様の御高名はかねてより聞き及んでおりました。斯様かような場所はあなた様のような有能な人物がつい棲家すみかになさるところではありませぬ。聞けば、添谷家の御当主であられる左衛門尉さえもんのじょうさまと寿柱尼さまが敵対する茅野家に捕らわれたそうな。ここはひとつ、あなた様が御立ちになり添谷家を束ねる支柱になられ茅野家に対抗為されてはどうですかな?」


 そう、添谷本家に乗り込み当主となり茅野家と対決することを持ち掛けられ、しかも当座の軍資金として差し出された銭と米の量に感激し有りもせぬ将来に夢躍ゆめおどらせて有頂天うちょうてんになってしまうくらいに、


 阿呆であった。


 普通の人間であれば当然この申し出をいぶかしみ、この商人の本当の思惑や当然考えているであろう損得勘定をはかったり、または直接当人に聞いたりすることもせず、かねてより欲しい欲しいとわらべのように思っていた【添谷家の当主の地位】にけるかもしれない幸運にのみ思いをはせて歓喜し、「奇貨居くべし!!」と絶叫してから喜び勇んでから、この氏素性も判然としない〝謎の商人〟の口車に乗ったのだ。


 当り前だが『奇貨居くべし!!』と叫んでいいのは、御汚爺のもとに訪れた【自称・若狭の商人】の方だと思うのだが、狂喜乱舞している金三郎は気にしない。


 そして寺を単身で抜け出した金三郎は、都合よく新たな主君や働き口を探しているという【野武士の一団】に幾つかに出会い、それらをことごとく自身の配下と成していったのだった。


「斯様な、世の誰でも気付きそうなバカみたいな策を用いて誠に大丈夫でしょうか?」


 金三郎に対して用いる今回の策略の頭の悪さに、当然ながら実行者たちは疑問をていした。

 

 彼等は云う。


 いくら金三郎が阿呆とはいえ、幾らなんでもこんな策略に引っ掛からないのではないか?と。


 しかし飯井槻は腹を抱えてケタケタ笑い。


「大丈夫ぞよ♪安心して掛かるがよいぞよ♪」


 それでもいぶかしる彼らに、何故大丈夫なのか、その理由を聴かせてやった。


「アヤツ程度の者ならば幼稚な策の方が好都合ぞよ♪面白いほど簡単にかかるはずなのじゃ♪むしろ、練りに練って凝った策を用いる方が危ないぞよ?難しい話をこちらがすれば、哀しいかなアヤツのおつむが付いていけず、わからぬゆえに腹をたて、御主おぬしらを大いに怪しむぞよ♪」


 と、金三郎がその能力上とるであろう粗末な思考手順について説明し、重ねて、大丈夫♪大丈夫♪と笑顔で答えて実行者ら納得させてから送り出した。



 そしてものの見事に引っ掛かけた。


 

つまるところ、以前添谷家の本城を陥れるのは兵力の点で困難としてきびすを返し、来た道を取って返して先ずは無主むぬしの野となった【旧・穂井田領】の押収を優先した【紀四郎次郎きのしろうじろう久政ひさまさ】の心配は杞憂きゆうであったのだが、添谷家の内部事情までは知るよしもなかったので、これはこれで、これから行われる飯井槻のはかりごとを加味すれば、四郎次郎の判断は結果的に大変良い決断であったと言えるだろう。


 特に、将兵を無用な戦でうしなわなかったという点にいては優秀だったのである。


飯井槻がここ数日のあいだにひょんひょろから聞いた、兵庫介や四郎次郎らの面々が決行してつむいだ糸をきほぐし、金三郎如きの脳髄とは質も根本も違う頭の中身を大いに使い立てた作戦にあわせて手を打ち、せっせといていた添谷家を潰す種は、驚くほど早さで芽を出し葉をつけ花を咲かせ、今やみのらんとしていた。


 添谷家が武力を伴わない内紛を繰り広げていたころ、飯井槻が直接指揮する季の松原やその周辺地域から掻き集めた急ごしらえの茅野勢五千が添谷領に侵入してきた。


 狙いは無論、残存添谷勢の討滅である。


 さて、添谷領内にやって来た茅野勢は、添谷家配下の土豪どもが籠る領地や城を無視するかのように一直線に急進して、添谷家の本城【仙峰せんぽう山城さんじょう】の北面に小高くそびえたつ、通称【御座所山ござしょやま】(後年、山上に構えられた飯井槻の陣を見た地元の人々が、この様な名を山に与え呼びならわしたらしい)に陣を張り、陣を張ったその日から、まるで祭りでも始まった様に太鼓やかねを打ち鳴らし、夜には盛んに篝火かがりびを焚き喚声を上げて【仙峰せんぽう山城さんじょう】を正面から威圧する行動を開始した。


 また、この動きに呼応するように今度は西側の山から【穂井田家ほいだけ】と【茅野家】の旗印を誇らしげに掲げた二千余りの軍勢が姿を見せ、東の谷間からは【印南家いんなみけ】【神嶌家かみしまけ】【河埜家こうのけ】の軍旗を高々と差し上げた東の三家が三千もの軍勢を催して現れ、それぞれ【仙峰山城】と一定の距離を保ってそれぞれ陣を敷き、本軍と同じく篝火を大いに焚き空気を切り裂くような大喚声を城に浴びせ始めたのだ。


 この勢いに気圧けおされた添谷の衆は、自分たちが籠る城を揺るがすほどに大いに動揺した。


 慌てた重臣おとなたちはたまらず添谷家の親族のうちで主だった者に対応の協議を依頼したが、こちらも慌てるばかりで成すところを知らず、不本意ながら仕様がなく、心の底から嫌々ながらも添谷の当主であった【故・添谷左衛門尉元則】が寝所しんじょに勝手に住まいを決め、気分は当主の金三郎のもとをおっかなびっくり尋ねるほかなかった。


 飛び込んだ寝所は金三郎が飲食した酒瓶と膳と食器が転がり、まくり上げられた寝床が温かみをもって残されている以外は、誰一人いなかった。


 …汚爺はとっくに一人で逃げ出したあとだったのだ。


 汚爺が尻尾を巻いて遁走とんそうしたことを知った重臣たちは一時混乱したが、矢張りあいつは人間の屑だったと合点して、その旨を伝えるべく、再び親族らのもとに赴いたところ、自身らの数少なくなった兵達を押し並べて荷づくりに励んでいる最中であった。


 どうやら親族連中も茅野家の予想外の急襲の報せと、その兵数およそ一万人という驚愕すべき事実を聞き、恐らく自分たちの眼でも確認したのだろう、こちらも逃げ散る準備をはじめていたのだ。


 なれば我らも逃散ちょうさんするにしくはなし…。


 汚爺を先程まで心からさげすんでいた彼らは、結果として唾棄だきすべき人物であった汚爺こと【鱶池ふけの金三郎きんざぶろう元清もときよ】と同様の行動を取ったのだった。


 なりふり構わず逃げはじめた添谷のおもだった者どもは、未だ御家の将来に望みを捨てず、あくまでも徹底抗戦を叫ぶ中級・下級家臣らの制止を振り切り城外へとるものも執らずに一目散、持てるだけの財貨を手に馬を叱咤しながら走り抜けた。


 飯井槻のはからいにより、城南側の包囲網を手薄にされている理由を深く考慮することなく恐怖に駆られて飛び出した添谷家の面々は、飛び出してからしばらくして一息つき油断したところを『人であらば、疲れてここらへんで休息するに違いないぞよ♪』と、深志家が丹精込めて作り上げた此の国のほぼ全域の地形をくまなく描きこんでいる絵図面の一部、【添谷家そいやけ領分りょうぶんあらわす之事のこと】を興味深く覗き込んでいた飯井槻の一言で派遣され待ち構えていた【垂水たるみの源次郎げんじろう正辰まさとき】が指揮する三百人の軍勢に包囲された挙句、捕縛されるか討ち果たされて一網打尽にされる運命をたどった。


【溺れる者は藁をもつかむ】とはよく言うが、つかもうとした藁は幻想の中にしかなかったのだ。


 その後、【仙峰せんぽう山城さんじょう】は汚爺さま、いや鱶池金三郎の手下になり城内に入り込んでいた【野武士たちの集団】によって占拠されてしまった。


 実はこれ、飯井槻の指示を受けて【若狭の商人】に成りすました【狩間かりま羅乃丞らのすけ】と、【野武士の一団】のかしらに成りすました【得能とくのうの彦十郎ひこじゅうろう】と配下の野武士に化けていた部隊によって、易々と占領されたのだ。


 此処ここに添谷家討伐戦は終結した。


 添谷家は、行方知れずとなった【鱶池金三郎元清】一人だけを残して本家も分家も大方おおかた滅亡めつぼうし、此の国の歴史の表舞台から姿を消した。




 後日、此のたびの添谷戦について飯井槻は、この様な感想を述べたとされている。


「わらわの抱える将兵は急遽きゅうきょせ集めた烏合の衆じゃ♪まともにいくさなど人死にばかり多くなってうかうかと出来ぬぞよ♪なれば、それに見合った戦を成したまでじゃ♪大勢で添谷の〝家〟に押し寄せ大声上げて皆でおどせば、ちぢこまって家の中に籠りっきりになってしまうか、もしくは裸足でどこぞに逃げ出すかの二択ぞよ♪だから、わらわは添谷がどちらに転んでも楽に勝てそうな策を巡らせておいただけなのじゃ♪」


 そして、


「えへへへ♪」


 と、小さな形の良い頭を掻きながら照れたように笑っていたとされている。

 


 





 

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