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ひょんひょろ侍〖戦国編〗夢を紡いだ家の行く先(4)

あー。


また遅れてしまった。


す、すいませんm(__)m

 ド―――ン!ド―――ン!ド―――ン!ド―――ン!


 季の松原城は本丸近くの太鼓櫓たいこやぐらが、飯井槻の御成りを報せ鳴り響くなか、大広間に供を伴った衣擦きぬずれの音が静々と聴こえてくる。


 供は、お気に入りの侍女【たま】と【ふみ】…。


 ではなく、彼女としては珍しいことに自身の馬廻を、それも屈強そうなのを甲冑姿のままで四人伴い、ひょんひょろらが控えている縁側の廊下側から現れ大広間に足を踏み入れた。


 そして連れ立つ馬廻は兵庫介らと同様、これまた血にまみれている。


 飯井槻はメジロ舞う染みひとつない艶やかな衣装をまとい、手にはたたまれた扇子せんすたずさえている。


 翻って馬廻たちは、なぜだか両手に丸い化粧箱を抱えている。


 そう、この化粧箱…。


 の深志弾正が催した軍議ぐんぎけんうたげきわに飯井槻の命を受けた狩間羅乃丞が持参した代物で、中身は【戍亥太郎左衛門(茅野家参ノ家老)】・【得能彦十郎(茅野家に密かに仕えている、川廻船問屋)】・【高橋典膳(茅野家に雇われた、元朝廷で典膳の職に就いていた料理人集団の統領)】らの(深志家に内通した者共の)生首を納めた丸箱であった。


 …実際のところ中身の首級しるしは偽物で、謀反人であるはずの料理人の御爺様こと【高橋典膳】が、精魂込めてこしらえた甘い生菓子の生首であったのは記憶に新しい。


 もちろん、(深志に内通していた云々…)は全てうそで、左様信じる様に深志家に自然を装い近付き、または近付かせ、真実の情報とちょっぴりウソの情報を混ぜ込ませて深志方に漏洩して、深志一族を総じて捕える切っ掛けとなり、そして飯井槻様は自分が指示して作らせた精巧な〝生首菓子〟を大層気に入り、〝生首の肉〟をチギリチギリ、口中に放り込んでは「あっま~~~い♪」と御満悦であったが、そのおぞましき光景は周囲の侍女たちにとっては、さぞ気味の悪い光景ではあっただろう。


 そんなこんなで菓子の入れ物として重宝された〝化粧箱〟であったが、何故にこの大広間に参上したのか。


 上座の下で平伏する兵庫介らは頭をひねった。


「まさかまた、首菓子なぞ入れておられるのではあるまいな」


 また飯井槻さまがくだらぬことを企んでおるのであろうな。


 と、兵庫介ならずとも先の事情を知っている茅野の面々は思ったのだが、果たしてその企みとは何なのか、なにより化粧箱の中身がなんなのか想像すたつかず、ただ固唾をのんで待つしか手はなかったのだが、しかしどうして化粧箱が〝四つ〟あるのかとも思った。


 本来なればアレは三つのはず。おかしい……。


 兵庫介をはじめとした面々がいぶかしみながらこうべれているそばを、飯井槻は馬廻衆を従えて通り抜け、静かに上座に腰を下ろした。


そして彼女の目前に畏まった馬廻衆によって、化粧箱が横一列に並べられた。


やがて音もなく蓋が開けられ、朱に染まった白布にくるまれた、紛れもない【四つの生首】が現れたのだ。


 よもや、まこと御首級みしるしであったとは……。


 兵庫介以下の茅野家の面々は、平伏しながら僅かばかり顔を持ち上げ首が化粧箱から取り出され敷かれた敷布の上に並ぶさまをマジマジとのぞき見しながら、飯井槻様はどうなされたのかとその心根を勘繰かんぐった。


 そんな茅野の侍共の気持ちなぞどこ吹く風、飯井槻は上座で微動だにせず、その表情はどこかたのしげですらあった。


「皆、大儀である」


 呼ばわり一人つけていないので、声音は飯井槻自らのものである。


 大広間に参集せし一同は、その心に響くような、それでいて〝ある種の威圧〟を感じる声が壁や天井にしみ込むように通り抜けていくのを肌で感じた。


此度こたびの働き、皆見事であった。特に東の三家、印南殿、神嶌殿と河野殿、それに穂井田様の名を継がれる倉橋殿。此処に並べたるは逆臣添谷の家中に名を連ねたる勇将の首。これらを命惜しまずあげた皆々様のご尽力にはこの飯井槻、感謝の言葉もない」


 左様申し述べ、飯井槻は辞儀をした。


 これに東の三家の御歴々と倉橋は慌てた。


「これはしたり!飯井槻様におかれては異なことを申される!」

「我々一同は皆、此の国の行く末を案じておりました!」

「それ故、我ら一同、此の国の親となられた飯井槻様の御前おんまえに参上したてまつり働き足るは、これ総じて此の国の行く末を憂えるためにてござる!」


「「「礼には及びませぬ!!!」」」


 と、先ず東の三家が礼儀正しく元気よく、上座に正対して深く飯井槻にこうべを垂れた。


武辺者は武辺に素直で宜しい。


それに対して…。


「そ、それがしは!あの、その、そ、そこに居られます兵庫介殿のお陰様にて首級を挙げる恩恵に与れただけでして……。その、あの……」


 この男、また話をするだけで息が上がっているのか。


 兵庫介は自身の斜め前方で対面している倉橋の息絶え絶えの姿をのぞみ、嘆息するしかなかった。


 前日。


 兵庫介は飯井槻に言いつけられた通り、季の松原城下で騒ぐ添谷家の小部隊の群れや、食い扶持や士官先を求めて添谷のもとに参集していた無頼の輩の集団を、飯井槻から与えられた彼女の馬廻を中心に数十人で急遽作られたニワカ作りの小部隊を率いて鎧袖一触で蹴散らしつつ、嵐が過ぎ去るのを待つ農夫のような面持ちで僅かばかりの配下と共に寺に引き篭もっていた倉橋の首根っこをつかんで引き釣りだした。


連れ出す際、倉橋はなんやかやとウダウダ言って表に出るのを拒否っていたのを奴の配下ともども無理やり連れ出したのだ。


やがて彼を主将として配下の奴らも部隊に加えた更にニワカ率を押し上げた一団が、添谷家の名のありそうな武将を護衛していそうな敵勢を求めて町家から町屋を巡って戦い続け、ようやっと夕闇迫る頃合いになって、茅野勢の誰の目にも止まっていなかった独りぼっちで迷子の添谷の将を辛くも討ち取った。


 のだが、討ちとる段になっても、やれ「長巻なぞ恐ろしくて扱えませぬ」だの、「人を刺すなど、やったことなありませぬ!ああ、こわやこわや」などと武士にあるまじき言葉を抜かし続けたために、業を煮やした兵庫介は群を抜く小兵こひょうの体躯ながら倉橋もろとも長巻を腰だめに抱き挙げて頭より上にやおら持ち上げ、地に据え付けられた添谷の将の素っ首を、


「いひぃ~!!」


 と、哭きながらのたまう阿呆を長巻の添え物としてはね飛ばした。


 そのはねた首が今、あらたにあつらえられた化粧箱に入れられ運ばれて、ただいま飯井槻さまの御前に置かれている。


「こんな腰抜けを飯井槻さまは穂井田家の跡目を継がせようとなされておる。一体どういうおつもりであられるのか、興味が湧くな♪」

 

 兵庫介は期待半分、面白さ半分の顔をしてニヤニヤニヤニヤ。


 なにかを話そうとするごとに口ごもっていく情けない倉橋を見つめている。


「なに倉橋どのよ、左様謙遜せずともよい。これに在るはそなたがはねた首ぞ、誰憚たれはばかることがあろうか」

「は、ははぁ~~…」


 それでも倉橋は、やや納得いかない眼差まなざしを残しつつ再び平伏した。


「うん。それで良いぞよ♪それよりも皆近みなちこちこう♪わらわのそばにずずいと寄るぞよ♪なにの♪添谷を軽く捻るのによい案があるのじゃが、そなたらも一口乗らぬかや?」

 

あん?飯井槻さまの口調が幼い頃に戻ってる?


兵庫介は頭上に?を浮かべながら、大広間のはずれに座るひょんひょろを覗き見た。

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