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ひょんひょろ侍〖戦国編〗夢破れた家の顛末(2)

いつもすいません。


遅れましたm(__)m

 御花畑には風が、夏場の時期には珍しく柔らかく心地よく涼やかな風が吹いている。


《流石は、先代の国主家の当主がぜいかせて造り上げた新御殿でございますな、夏の暑さしのぎには格別の場所にございます》


 新御殿の立地に妙な関心を示したひょんひょろは、さっき喋った自分の言葉なぞどこ吹く風で、新御殿周辺を包み込むように流れていく季の松原の山風の向きを探っている。


 こうなってはこやつ、相手がわらわと云えども易々と答えを教えて呉れそうにはないの。


 と飯井槻は、物心がつく以前の幼き頃よりフラフラ現れては、なにするでもなく彼女のそばに従い、そして不意にどこぞに消えてしまうふるくからの〝友人〟に好意を持った表情を見せつつ、困った者じゃ♪と心の中で可愛らしい悪態をついたりした。


 そう、飯井槻の眼を通して映るひょんひょろは、異様に高い背丈を器用に折り曲げておっとりニコニコしながらうこぎ茶をすする、如何いかにも人畜無害そうな〝人成らざる者〟であった。


 その上、人外の身の上でありながらこれといった目ぼしい特技などは持っておらず、精々見る者たちとの優先度・親密度によって名前が微妙に変化したり見た目が変わっていたり常に顔の様子が分からなかったりするくらいで、あとは知恵を駆使して飯井槻の助けを自ら進んで執り行うくらいで、ときたま《散歩に参ります》と述べてどこぞへぶらり出かけていくことが、行先は知らぬが実に楽し気で、どうやらそれがこの得体が不確かなモノの唯一の道楽であるらしかった。


 つまり他の人から見て容姿が違って見える以外、大して〝人〟と変わらぬ〝人成らざる者〟なのだ。


「ふししし♪お主は風に愛されて居るのやも知れぬな♪先程の風より幾分か冷たい風になりよった♪」

《お陰様で暑い日には恩恵にあずかれまする。それにしても風通しも良く、夏の高い御天道様おてんとうさまの暖かすぎる光を巧く避ける造りになっておりまする。これが寒い冬の暖かならざる光のもとであれば、これまたうまく御天道様の高さを考慮して光を御殿に取り入れ温かく過ごせるような構造をしていまして、なかなかに凝った造りをしておりまする。兵庫介さまにお見せしたら、さぞ小躍こおどりしてお喜びになるでしょう》


「左様であろうの♪あやつであればこの新御殿をはるかに上回る要害、いやさ、御殿を作り上げるくらいは容易たやすかろう♪」

《左様。御殿造りは未だ不得手ではありましょうが、京なりに赴かせ学ばされればきっと、この新御殿はおろか蒼泉殿をも上回る華麗な御殿を築造なされるでしょう》

「ことモノづくりには目のない男じゃからのあやつは♪じゃが、わらわの失策のせいもあるが、これからが本番である時分にあやつに左様な贅沢をさせる訳には参らぬ。きっちり働いてもらわねばのう♪」

《手厳しいですな。御自身にも御家来にも、それに…》


 ひょんひょろの続く言葉を手をかざしさえぎって、飯井槻はにこやかに茶を飲んで桑の実を二個三個と、口にポンポン放り込んだ。


「しての、此度こたびの一件であやつはなにを思い付き何を成したのじゃ?」

《すべては、兵庫介さまの発案から始まりました》


 山名本家と和解することとなった神鹿兵庫介のもとに、飯井槻が季の松原城内に〝幽閉〟されたことを報せる手紙が届いた直後、一読した兵庫介は軍勢の整頓を急がせるとともに、一通の手紙ともう二通の手紙をしたため一通めをひょんひょろのもとへと遣わし、残り二通をそれぞれ参爺さんじいあてと、深志家の武将から茅野家の武将へと鞍替えした垂水たるみの源次郎げんじろう正辰まさときあてに遣わした。


《わたくし宛の内容は、御社さまの身の潔白を示す噂を流して欲しいということでござりました。それも出来るだけ早く。とのことでございました》

「うわさ?」

《左様、噂にございます。噂についての具体的な言及はございませんでしたが、手紙には『深志を追い詰めた飯井槻さまのような手の込んだものは望まぬ故、簡単で分かりやすく、それでいて大いに添谷左衛門尉を狂わせる噂にしてくれ』とのことにございました》

「ほう、わらわの真似をしたのか。考えたの兵庫介♪」

《飯井槻さまが目を付けられた生長の早い御仁にて》


 桑の実をポイっと、まるで岩肌にぽっかり空いた洞穴ほらあなのように大きく、それでいて本物の洞穴のみたいに先の暗い歯のない口をひらけて待って居たひょんひょろの口中に放ってやった。


「最後のじゃ♪」

《有り難きしあわせに存じます》


 一個だけ喰われず取り残されていた水菓子を、さも物欲しそうにしていたひょんひょろに与えた飯井槻は投げ与えたのだ。


 はたから観れば大変に不調法で不躾ぶしつけな光景だが、飯井槻から見て付き合いが長く、また一番の友人であるひょんひょろであるが為に、この様なまるで気心の知れた幼友達か気のおけぬわらべ同士どうしたわむれのような、そんな夫婦とも恋焦がれ合う相手とも違う、そう他人には解らぬ仲の良さを御花畑の草木そうぼくに見せつけながら、ひょんひょろの話を続けるよう飯井槻は催促さいそくした。


 もちろん今見た光景は、他人には御花畑でくつろぐ飯井槻のお遊びに仕方なく付き合ったひょんひょろが、緩やかな放物線を描いて落下する桑の実を両手で受け止め、手首を利かせて自身の口にポイっと入れて見せる芸当を披露した。


 と、みえたことだろう。もしくはそれ以外の遊びにも見えたかもしれない。


 飯井槻はさして気にしていない様子だが、こと、背の高さ以外のその姿像すがたかたちが見る人によって見誤られると云うのは、割合と便利な能力であったのかもしれない。




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