ひょんひょろ侍〖戦国偏〗強襲(3)
「「「御家老さま。久方ぶりに御座る」」」
「これはこれは、印南殿に河埜殿。それに神嶌殿。久方ぶりにござる。して、なに用で御越しあられたのかな?なんなりと申されよ」
左衛門尉は蒼泉殿の大広間の一段たかい上座に座し、御殿に控えし近侍の者も居らぬため取りあえず左右下段に近臣と使者を侍らせ、左腕を金銀糸の刺繍が施された豪華な肘置きに預け、先程までの狼狽え振りを覆い隠す様に余裕たっぷりと云った面持で、むすっとして平伏も致さぬ東の三家を笑顔で出迎えた。
今から合戦でもおっぱじめるかのように、皆、揃って甲冑を身に付けている。
「痛み入る。なれば早速我らが存念、あなたさまに御聞きいただくこととしましょうぞ!!」
くわ!と眼を見開いた印南らは、大口を開けて…。
「我ら東の三家。わざわざ斯様に目通りを願ったのは外でもない!添谷家とは手切れを致す!!左様心得られよ!!」
「本日只今より我ら一同、お前様の敵にてござる!」
「山名をたぶらかし国を売るような不埒者!!とてもではないが左様な痴れ者と同じ旗を仰ぐに能わず!!」
いきなり左衛門尉に怒声を浴びせかけた。
この、突然の三家からの罵声に左衛門尉はたじろぎ、頭の中身がすっかりあらんでしまった。
「ま、待たれよ!!しばし待たれよ!そ、それがし国主様を御守り賜い奉り、国を盛り立てようとする者成り!!それが彼の国の守護職山名様を誑かし、此の国を我が物にしようなどとは許すまじき言動!!いったいナニを証拠に斯様な言いがかりを申される!!」
「…許さんじゃと証拠じゃと?!推参なり!!添谷の小童が!!」
いきなり印南は力任せの拳で床をダン!!と叩き。
「うぬぼれるなよ左衛門尉!!うぬが彼の深志の阿呆どもを退治いたすのに、なんぞ力働きを致したか!!」
「左様じゃ!憚りながら我ら一同、あの憎たらしいまでに強かった深志の皮袋めと壱岐守を打倒するに命惜しまず、我が身を挺して尽力し戦に及びし季に、己はどこで何をし腐っておった!!」
「どうせ、鼻くそでもほじくりながら、此の国を我が物にせんと頭の悪いことを考えておったのだろうて、のう左衛門尉よ」
「くっ!戦しか出来ぬ馬鹿どもめらが…」
左衛門尉は腹が立ち、小姓が捧げ持っている彼の太刀に手を掛けようと腕を伸ばそうとして思いとどまり肩を揺らした。
「ほほう戦馬鹿と我らを愚弄するか、それも良かろう。 が!!うぬは、うぬが小馬鹿にする我らより大いに劣る臆病者だと心得よ!!うぬ程度の頭では出来もせぬ夢を紡いでおる間に、飯井槻殿はうら若き女性の身の上ながら文字通り身一つで深志の皮袋に一族の面々と対峙なされ、見事な策を用いて奴腹めらを一人残らずひっ捕らえ処断なされたのだ!!」
「これがどういうことか判るか愚か者!!うぬが国盗り遊びで呆けておる間に四万もの軍兵を抱えておった深志を躰一つのみで滅ぼしたと云うことじゃ!!」
「先頃では、お前が呼び込んだ山名の大軍を敵地にて完膚なきまでに粉砕為された此の国の大恩人である飯井槻殿を、お前はあろうことか御城に不義の者として閉じ込めておる!!斯様な仕様、香弥乃の神が許すまじ!!左様、御心積もり召され、自身の守りでも固めるが良かろう!!」
「「「どうじゃ!!これでもうぬが此の国を守っておると申すか!!この大嘘つきめが!!」」」
「……は、話にならん…」
もとは幕府の奉公衆でとは申せ、どだいこやつらは所詮ただの端武者(雑兵)なのだ。政の本当の正しさが解らぬ下賤の者なのだ。
左衛門尉は三家の当主の凄まじい形相に背をのけぞらせ、気圧されながらも心の内では罵倒していた。…罵倒してはいたが、肝心の政云々《うんぬん》が、結局のところ我欲の為にこそ働いていたことに気付かされ、この事が、今すぐしなければならない〝ある決断〟を後回しにする結果となってしまった。
「ふふ。応えられまい!」
「ぬしはただ此の国に吹き荒れる嵐が過ぎ去るのを欲の為、今か今かと待って居っただけの腑抜けじゃからの!」
「なによりも貴殿!!誰の許しを得て国主様しか座すことが出来ぬ上座に悠々と座っておるのか!!了見違いも大概に為されよ!!」
最初に発言した印南を先頭に、河埜と神嶌とが続けざまに添谷家との絶縁を告げ、最後には揃って痛いところを突き云いたい事だけを吐き捨てるように言って、左衛門尉が止めるのを聞かず数十人の伴侍を大広間に引き上げて。
「「「よって我らは兵少なしと云えど、此れより飯井槻どのの加勢に参る!!!」」」
と云い放ち、怒り心頭といった様子で座を蹴って東の三家一同は大広間の間中に立ち、左衛門尉を睨んで竦ませた。
「うぬは知らぬようだから教えといてやる。飯井槻どのは茅野家と山名家は手打ちをしたそうでな、それに此の国のまともな侍は皆、国主家には愛想を尽かして居る。さらには茅野家が朝廷に幕府から此の国の一切を任されたと聞く、うぬの愚かな企みに与する者なぞもう此の国にはおらぬのだ。観念なさるのだな」
左衛門尉はずわっと立ち上がり、そして上座のうえで立ち尽くした。
そこに追い打ちを掛けるように、旧鱶池領がある棚倉盆地と季の松原がある広大な盆地の狭間に聳える山からも、季の松原を取り囲む周りの山々にも木霊するくらいの大音声が鳴り響いたのだ。
その上、城内からも喚声と炸裂音が轟いてきた。
「まことに、まことに!此の国に我の味方はおらぬのか…」
力のない声で、焦点の定まらぬ眼を近臣に向けてすがるように尋ねた。だが、近臣からの返事は無く代りに…。
「神妙に致せ!左衛門尉!!」
ドタン!!
背後から〝使者〟に取り付かれ組み敷かれた左衛門尉は、「だ、だれぞ!」と助けを求めたが、当身で気を喪った近臣と、居竦んで仕舞った刀持ちの小姓では何もできず、後ろ手に縄でくくられた左衛門尉はそのまま大広間の床に転がされ、すぐさま東の三家の管理下に置かれた。
「見事じゃ奇知左衛門♪添谷の使者に化け左衛門尉の身辺に近付き捕縛するとは、さすがはひょんひょろが見込んだだけの男だの♪」
「御褒めに与り光栄に存じ奉る。これ、すべては御社様とひょんひょろ殿の御知恵の賜物に御座います」
いつの間にか【じょろ様】から【ひょんひょろ殿】と呼ばわりが変わってしまった奇知左衛門は、頭を照れくさそうに掻きながら柄にもなく上座の下に筵を敷いた上に座す飯井槻に畏まって応えた。
兵庫介と伊蔵の指揮下、あらゆる方向から聞こえだした軍勢の大音声と“今朝がたから広まり始めた噂”に浮足立った三の郭を包囲する添谷勢の隙を突いて、郭の塀を突き壊し空に向かって焙烙玉を投げて添谷勢の混乱をあおり反撃する気を失わせつつ、一気呵成に蒼泉殿に向けて坂を下り、いまはこうして御殿を東の三家とともに寿柱尼と国主さまごと占拠している。




