ひょんひょろ侍〖戦国偏〗重なっていく策謀(9)
今回は土曜日に間に合った♪
褒めて下せぇ、御代官様♪
ごろん。
無様に板間に転がり、煤塗れ、蜘蛛の巣塗れの兵庫介と、身体に纏う汚れすらなく、颯爽と片膝立ちで畏まっている〝さね〟こと娘侍の実衛門が、ポカンとしている飯井槻と二人の侍女に向かってニッカリ白い歯をみせて笑っていた。
その有様たるや。
まるで悪戯好きの悪ガキどもが、気の置けない友達の家に親の目を盗んで屋根裏から忍び込んだようであった。
「お主らはアレかの?盗人かの」
呆れ顔を一瞬させて飯井槻は、自身の背後で天井を踏み抜き落ちてきたくせに得意げな様子のちび介二人に対して、クスッと微笑みながら問いかけた。
飯井槻に取りて、いきなり人が天井から現れ降って来るなぞ、どこぞの御大尽の宝物を狙う盗人にしか見えなかったからだ。
「いんにゃ♪御社さまこそが、此の国一等の盗人じゃ♪♪」
「飯井槻様さまには大いに負けるが、まあ、云われてみれば儂ら一同、みな盗人だな」
ニヤニヤ笑いをやめない大バカ二人組は、声を揃えて「「此の国を盗もうとして居る大盗人!!」」と、飯井槻を呼んだ。
「ふふ……」
と、飯井槻は俯き、何か吹っ切れたように照れくさそうに笑った。
そして、
「ふしししし♪そうじゃ、そうじゃったの♪♪確かにわらわもお主たちも稀代の大盗人じゃな♪♪」
父、茅野六郎寿建ゆずりの含み笑いを楽し気に見せた飯井槻は、
「して兵庫介よ、わざわざわらわの軍勢を置いて現れ出でたからには、さぞや面白き悪戯を見せてくれるのであろうのう♪♪」
にんやり、口の端を持ち上げて飯井槻は、さっきまで頭をもたげていた自己嫌悪をスッカリキッカリ心の中の闇の引き出しの彼方へとしまい込んだ。
「ふししし♪兵庫介さま、やっぱり御社さまに企みがバレておるのじゃ♪」
「そうだろうな。まあ、しょうがないか」
どうも飯井槻の言葉の解釈を勘違いしてしまっているらしい兵庫介とさねは、仲良さげに顔を見合わせヤレヤレといった表情を見せた。
「ふむ、なるほどの」
瞬時に兵庫介の意図を理解した飯井槻は、この時を以て彼女は自身に言い訳ばかりする小人物から〝正気に返った〟と云っていい。
「ぬしらの忍び込みよう、そして突如わいた新町屋城の大音声からして、さては兵庫介め、わらわの軍勢をどこぞに置き去りにして、その身ひとつのみにてわらわのもとへ駆け参じたのじゃろうなと思うたのじゃ♪なんせ、添谷家はおそらくこの季の松原に通じる道々に兵を配しておるじゃろうからの、そこに突然城から声音が響きおるなぞ有得ぬ事じゃ♪んで、となればのあの新町屋城に籠りおる大兵共の素性も察しが付く。先ず間違いなく〝新町屋に住まう町屋衆〟に周囲の田んぼを耕す〝百姓衆〟であろうとな♪」
そうして集めた偽兵で以て世間を騒がせておいて、身が軽く、しかも以前に季の松原城に忍び込み大手門に火を点けた実績のある〝さね〟を口説き、密かに城内に侵入し騒ぎのせいで狼狽えた添谷勢の間隙を突きこうして飯井槻の部屋へと舞い落ちたのだ。
そうであろう?っと、飯井槻はニマニマしながら兵庫介に尋ねた。
どうも飯井槻と云う人物は、外部からの質の良い刺激で頭脳が活性化する性質の持ち主であるらしかった。
「流石…。仰せの通りにござる」
「ほれほれ♪御社さまは何もかも御見通しじゃ♪」
腹を抱えてさも嬉しそうに〝さね〟はカラカラ笑い。兵庫介は敵わぬと云った表情をして苦笑いを浮かべている。
そんな居心地の良い、なんとも楽しい空気感の中、飯井槻はさらに兵庫介に問う。
「ふししし♪御褒めいただき光栄じゃの♪…じゃがの、お主よ、まだわらわに隠して居る事があろう。例えばそうよの、お主の新たな領地に組み入れた棚倉盆地の方からかの♪」
かつては添谷家の三番家老であった【鱶池金三郎元清】こと、【汚爺様】の領地であったが、深志家が飯井槻の策略によって滅んだあと、これに与していた汚爺も一緒に滅び……。
…より正確には、深志一族のように国主家に対する謀叛人とされ族滅とはならず、母親である寿柱尼の尽力によって僧俗に戻され、今はどこぞの寺で生き永らえる事が許された身の上になったのだが、領地は召し上げとなって茅野家の領地となっている。
その新たな領主は、神鹿兵庫介。そのひとであった。
「よくお気づきで…」
やれやれ。
といった面持で、兵庫介は大きなため息をついた。そこを娘侍のさねが笑いながら、まるで幼子でもあやす様に蜘蛛の巣の絡まった髷をなでなでして慰めている。
「しての、兵庫介にも企みがあるのは判ったのじゃがの、その策が始まる前にぬしらにチト、頼みごとがあるのじゃが聞いてくれるかの?まだ季はあるのじゃろ?」




