表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/150

ひょんひょろ侍〖戦国偏〗重なっていく策謀(7)

此度も遅くなりましたm(__)m

飯井槻は、珠と文がこしらえた湯茶と焼き干餅をたしなみながら考えている。


この、抜き差しならぬ事態に対処する、もしくは勝てる方策はないかとこれまでも昼も夜もなく考えている。


傍目はためには、季の松原の三の郭に籠って以来、飯井槻が毎日呑気に過ごして焼いた干餅を喰い詩歌をたしなみ、現在茅野家が置かれた危機的状況を鼻で笑っているように見えたために、彼女に付き従っている伊蔵や羅乃丞らのすけ、それに百五十人もの将兵達の心を安堵させ、決起にはやろうとする気持ちをおだやかならしめ、物思いにける飯井槻は存じ知らぬことではあったのだが、添谷勢の重囲に陥った茅野勢をひとつにまとめる効果をあげる結果をもたらしていた。


だが、飯井槻は心のゆとりの無さからその事実に気付きもしない。


というか、気付ける心のいとまがなかった。


普段の彼女であったならば郭内を何気なくふらり出歩き、将兵や主だった者のもとに訪れては気さくに語らい、茅野勢の様子や士気の状況、それに敵方の状況を探る手立てを立て戦の仕方はわからぬまでも、勝てる策を立てるか、最低でも茅野家の被害を最小に抑える方策を考え付き、これにあった適任者を選び出して大いに用い実行に移すであろう。


それは例えばどこぞから拾い上げた【ひょんひょろ】であり【鎗田やりた伊蔵いぞう惟頼これゆり】であり【狩間かりま羅乃丞らのすけ公俶きんてき】であり、【さね、こと茅野かやのの実衛門さねえもん】であり、親子ごと臣下に加えた【神鹿兵庫介親利】を適材各所に用いた。


無論、もとより居た重臣や家来衆も分け隔てなく使い、それによって茅野家も家来も新たに配下になったものも滞りなく、茅野家は六郎以来三代に渡り努力を重ねた結果、此の国に於いて第三位の貫高を誇り、実利に於いては此の国随一と呼んでもよい裕福な豪族になりえたのだ。


それは、たとえ他国の者に他領の者、貴賤を問わず親しく交わり言葉を交わすこと抜かりなく、商いを手広く行い味方となりえる者や味方となった者達との知己を得て、それらを多く得ることにより各地の情報を得て茅野家は、三代に渡る栄華を国主様のように無用な戦にかまけることも無く手に入れる事に成功したのだ。


…だが今の飯井槻は、生まれて初めて経験した挫折から立ち直れず、折角の知己や家臣をどのようにいかすべきかの手段すら思い付けないでいる。


そんな状態の彼女が脳内でやっていることと言えば……。




昔、こんなことがあったの…。




などと、亡き父である茅野六郎寿建との幼き頃の懐かしい思い出の世界に浸っていくという、現実逃避だけであった。




……そうそれは、まだ飯井槻が可愛い幼女だった頃の話。




ある秋の日の朝、起き出しの飯井槻はひどくしょげていた。


夢見が悪かったのである。


母を産まれてすぐ亡くした彼女にとって、甘えられる人は父親である【茅野六郎寿建】くらいであった。


だが当時は、現在のお気楽な茅野家と違い親子であっても易々と会える立場ではなかった。


成り行きで成ったとはいえ一応は武家であり、その上、朝廷から勅使をお迎えする事もしばしばな高位の神職でもある茅野の家は、他の家と同じく家格に応じた〝しきたり〟が存在していたからだ。


だから如何に怖く寂しくとも飯井槻は庶民の家と違い、「父上さまぁーー!」と六郎の部屋に転がり入り身にかきついて甘えることも出来ず、泣きたい気持ちをグッとこらえ、一人で自室に設えられている御帷みちょうの中に据えてある、畳を重ねて作られた平安の頃から変わらぬ造りの敷き布団と小さな畳の枕を抱いて、掛け布団かわりの前日に着ていたひとえを頭から被ったまま耐えるしかなかったのだ。


そんな折、不意にだれかが飯井槻の寝所に現れた。


「誰ぞ!」

『六郎に候ぞ』


やってきたのは六郎であった。


「父上!」

『なんぞしたか、千舟』


御帷の外に座り、父はゆるり娘に話しかけてきた。飯井槻の喜びようは、彼女がぴょんぴょん敷布団の畳の上ではねたことからも察せれるだろう。


『怖い夢でも見たか?』


問われた飯井槻はモゴモゴして、何も応えられないでいた。


『ふむ。…よいか千舟よ。夢というは良い時もあれば悪い時もある。それを恐れるというは恥ではない。此処事このこと其方そなたはわかるかな?』


そう言って飯井槻の父親である六郎は、年端のいかぬ幼い愛娘がついと寝所から顔をのぞかせた機を逃さず膝に引き寄せ、軽く背後から抱きしめながら頭を撫でた。


六郎が、飯井槻をあやすときは常にこうしていた。


あたたかな肌のぬくもりが、お互いの衣越しに伝わり合う。


「うーんと、怖いのは武家として恥じゃからか?」

『いんや、怖い夢見は誰にでもあるから、違うの』


さすりさすり、飯井槻の長いぐしを上から下まで慈しむように撫でつつ、六郎は優しく答える。


「ちがうのか?」

『違うな。……ふむ、しかららばこの父と朝餉あさげの支度が調うまで話すと致そうか』

「うむ!そうするのじゃ♪」


飯井槻は破顔して父に搔き付き、御話を早う♪早う♪と急かした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ