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ひょんひょろ侍【戦国編】重なっていく策謀(4)

またまた遅くなりました。すいませんm(__)m

日照がドシドシと、だれも頼みもせぬのに勝手気ままに暑くなって来た六月(旧暦・西暦では七月)の今日この頃。


二十日前、表向きには此の国で下剋上を謀ったとされた深志一族と、それにくみした中小の土豪らの一党もことごとく斬られこの世を去った。


そして数年前から精神を病み、自分自身を室町は足利将軍家に成り代わったつもりになっていた為に深志家に隠されていた先代の国主さまを、国主家の一番家老の添谷家と、あらたに中老職から家老職に昇格した茅野家、それに守護職しゅごしきからはずして隠居させたのだか……。


現在、国主家の新たな添谷家(寿柱尼)に茅野家(飯井槻)、代わって新たに国主家くにぬしけの当主になった齢十二歳の嫡子ちゃくし松五郎まつごろうぎみを抱え込みたてまつっているのは、一番家老の添谷家であった。


「はてさて、困ったことになったの」


茅野家が参爺さんじいが一角、即ち参の家老にして軍事の一切をつかさどる老将【戌亥いぬい太郎左衛門たろうざえもん惟寿これひさ】が、茅野家が本拠地【あお紫陽花館あじさいやかた】の御納戸おなんどの隅にしつらえた、密儀を執り行う小部屋の板敷きの上に甲冑姿のままあぐらをかきつぶやいた。


「まことまこと。どうしたものか思案のしどころじゃな」


そう相槌を打ったのは、戌亥より僅かばかり年長の背の低いまるっこい肉付きの丸い顔をした人の良さげな爺さま。……茅野家の壱の家老にして内政担当の【石上いそのかみ弥治郎やじろう匡寿まさひさ】が、今まで農作業していました的な薄汚れた野良衣のらぎを身にまとい、そして如何にも困った表情をシワだらけの顔面一杯に浮かべて、“パシッ!パシッ!”と膝を手のひらで打ち据えながら苦渋のいろを覗かせる。


「それにしても、添谷家もあなどれぬ。よもや、家の分裂が策略であったとはな。いやはや、一歩気付くのが遅すぎた。わしとしたことが、迂闊うかつであったわ」


左様にトツトツと言葉を区切りながら話すのは、茅野家が弐の家老にして外交の一切を飯井槻から一任されている彼女のおいの【茅野甚三郎】。彼もまた苦虫をまとめて噛みちぎったような、なんとも言えぬ口元が歪んだ表情をして、どこかの”家”と交渉でもした帰りなのか、晴れた空色の鮮やかな直垂ひたたれを着用したまま戌亥同様あぐらをかきつつ座している。


「で、お主らに問う。飯井槻さまは依然、季の松原の三の郭にこもられたままか?」


そう戌亥が二人に聞く。


「左様。依然としてこもられたままである」


と、甚三郎はこたえる。


「して、季の松原には添谷家の軍兵ぐんぴょうが千人ほど集まっておると聞くが、まことか?」


戌亥はさらに問う。


偵知ていちさせた者のしらせでは、御城のまわりだけでも、千人は下らないだろう、と、聞き及んではおる」

「ふむ」

「さらにはまた、隠した兵も居るらしく。季の松原の御城のなかの、そこかしこにうずまされ、また、あちこちの町屋に、御城を取り巻く城塞群にも、ひそかにひそませておるらしい」


「お陰で飯井槻さまは幽閉同然の身の上、なんとも悩ましいことじゃ」


石上いそのかみが憔悴しきった面持おももちで溜め息まじりに云い放ち、今度は膝ではなく脳天を“ぴしゃり”とやった。


「それにしても何故なにゆえ好き好んで、我らが飯井槻さまは三の郭にお隠れなされたのじゃろう?」


と、石上は云い。


「わからん」


と、戌亥は云い。


「予想も、つかぬこと」


と、甚三郎も同調し、続けてこう言った。


「しかしながら、左様に、思案がつかぬことよりも、重大な事実が御座る」

「「それは??」」

「噂に、御座る」

「「あの噂…か」」


甚三郎の発言に、おもわず二人はうなずき納得する。


此の国の守護職、国主家が支配する季の松原を中心として広がり始めている“茅野家は下剋上を企んでいる”とする、おそらく添谷家が流したであろう厄介ではた迷惑な【噂】であった。


「あながち間違いではないから、困ったことじゃ」

「左様、面倒なことよ。」


石上と戌亥は嘆息をつく。斯様な噂を流されては、飯井槻さまを救うどころではなく、それどころか茅野家そのものの存亡に関わるからだ。


「我らを滅ぼす大義名分を握られた、か…」

「そうさの、深志を叩き潰す口実に我らが流した【下剋上】の噂の策を、今度は添谷が利用するとはの…」


しかも飯井槻は事実上、季の松原城内にとらわわれた格好である。巷ではこの状況をみて。


『下剋上の噂は誠で、茅野家は深志家に取って代わり此の国の主足らんと企んだため、国主さまと添谷家によって詰問されたので致し方なく少なくない兵と共に三の郭に立て込もっているに違いない』


左様な“噂”が上がってきたとしても、それがまことしやかに此の国の津々浦々に浸透したとしても、そしてその結果、此の国中の武家が敵となったとしてもおかしくないのだから。


無論、そうなったとしても茅野の家名と香弥乃大宮に仕える神職の地位は、飯井槻のともども彼らもまた保証されるか、悪くしても飯井槻の立場だけは残りはするだろう。


だか、その代わり、武家としての茅野家の地位はなくなり築き上げた領地もなくなり、僅かばかりの”神領”のみが残るだけになるだろう。


「ひょんひょろは、いずこにいるか?」


三人のなかの誰かが呟いた。


やつめなら、斯様なときに面白い解決策を見いだす手掛かりを持っておるかもしれない。


そんなことをつらつら思考している彼らのもとに、悲報と、この際は呼んでよい知らせが届いた。


神鹿兵庫介率いる茅野の本軍が【西端城】を駆け足で抜け、一路季の松原方面へと続く表街道を急進中というものであった。

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