ひょんひょろ侍【戦国編】重なっていく策謀(1)
すいません。
だいぶ上げるの遅れましたm(__)m
すいません。すいません。
引っ越し中ですいません。
茅野主従は飯井槻を中心にして円形に防御体制を敷き、蒼泉殿の縦に長い大広間の上座寄りに座している。
配下は皆、円陣を象作っているとは云え、此の国の守護職である若い国主さまに対する礼を失しないように上座に体を向け、顔は伏せている。
その人数は十人に満たず、更に鑓田伊蔵惟頼が野暮用と云う名の偵知に抜けているため主である飯井槻を護るのは、薄い一重の人陣でしかない。
これを包囲しているのは、国主様直参の家臣が五十人。添谷家の人数が三十人の都合八十人。茅野家の者共は雁間羅乃丞以下が礼装であるのに国主家と添谷家側が甲冑を身に付けているのとは、好対象となっている。
「内膳正どの、いえ違いましたね。大膳大夫に叙任為されたのでした。これからは大膳大夫どのと御呼びせねばなりませぬ♪」
国主様を横に据え、ようやっと口を開いた寿柱尼は飯井槻の問い掛けには応えず云いたいことだけを述べた。
「相変わらず喰えぬのじゃ」
「御互い様でございましょ」
ずっと笑顔の無官の老女と、ずっと大扇で顔を隠して表情を見せない正五位上の飯井槻との二人の対比もまた、好対象の典型であろう。
「して、都での御首尾は如何でございました?」
「気になるのかや」
「それはもう」
「ちゃんと松五郎さまは新たな国主様と認められ、此の国の守護職にも任命されたのじゃ。それとあとは、はて?松五郎さまが叙任された官位はなんだったかの?」
「ふふふ♪それについてはご苦労様です。でも、それに併せあなた様もちゃっかり上位に御成り遊ばされたようで、なによりです♪」
「もののついでじゃ♪」
「ふーん。此の国の実権をも手に入れる算段ももののついでなのですね、初耳です♪」
「尼さまは世古に疎いからの、もののついでについて御存知ないようじゃ。畏れ多くも御上…」
と云って飯井槻は、恭しく都の方角に向いてから深々と一礼して体をさらり上座にもどし、
「またの、幕府への上申や届け出は身分定まらず者では受け付けられぬから致し方なしじゃ」
「されど、あなた様は国主家の三番家老。身分定まらぬ者ではありますまい?」
「それよ。幾ら我らが反深志の同志の話し合いで国主家の三番家老に任じられたと云えども、それはあくまでも仲間内だけでのこと、それにその頃のわらわの身分は内膳正、この位階の朝廷での役目と云えば御上に朝夕の御膳を御前に運ぶ者。さすがにこれでは格好がつかぬ。よって存じよりの関白殿下にお願い申し上げ位階を少しあげてもろうたのじゃ。これがもののついでじゃ。あくまでも成さねばならぬのは国主家と国主さまの安寧のみ、斯様詮なきことで疑われては困るのじゃが如何に」
「左様な仕様を為さるのであれば、まず主人である松五郎君、いえ、国主さまに御伺いを立てるのが家臣足る筋でござりましょう」
「それでは刻が掛かりすぎるのじゃ。深志の残党か我らに反感を抱く者共が蜂起すればなんとする」
「ものには道理がありまする。我らは何を為すのも一心同体。筋を守らねばなりませぬ」
「じゃからそれでは刻が掛かりすぎるとわらわは申しておるではないか。なにより我が君の身分が不確かじゃから、わらわは都に上り伝手を頼りに大枚を叩いて言上してとった策じゃと先程から申しておるのじゃが、もしや寿柱尼さまにおかれましては事の危急、御理解なされませぬかの?」
飯井槻と言い争う寿柱尼の右の口元が、ほんの僅かだが“ギュッ”と釣り上がった。
…が、その表情の異変はすぐに戻り。
「しからば大膳大夫殿よ。何故そなたが国主さまの補佐をしつつ、実のところ此の国の舵取り役をするとのこと、尼は左様に聞き及んでおるぞ。まさかそなた、下剋上でも企んでおられるのか?」
「ほうほう下剋上とな。不思議じゃな。わらわからしてみれば寿柱尼さまの方が国主様を誑かせて傍に置き、更には兵を集めること物々しく、いまや国主様を擁立するに多大なる功績を果たしたと自負するわらわに、あろうことか刃を向け要らぬ詮議をかけて脅しておる。世相から見れば尼さまこそが下剋上を企む御仁ではないかの?」
「さにあら…」
「だまらっしゃい!」
飯井槻は突如怒号を発し、寿柱尼は思わず口をつぐみ怯んだ。
「よく周りを見られよ寿柱尼さまよ!わらわに随行する人数少なく皆が皆礼装じゃ!無粋な戦の武装なぞ、たれ一人としてはおらぬ!左様に無力なわらわに尼さまは白刃煌めかせ難癖をつけ、甲冑身に纏いし武者を侍らせ、あろうことかまだ政に疎い国主さままで連れ立つとはなんじゃ!世の童ですらこの光景、仕様を見れば、あなた様こそが下剋上を企てるしれものじゃと云うであろうが如何か!」
「なっ!」
おもわず寿柱尼は座を蹴って腰を浮かせた。
この動きに併せて寿柱尼方の将兵たちも色めき立った。対峙している茅野の者共も身構える。
「ふししし♪心配召されるな戯れ言よ戯れ言じゃ。尼さまよ。左様気色張らずにここは落ち着かれよ、落ち着かれよ♪」
飯井槻はいつもの含み笑いをしつつ両手で構えている大扇から右手を離し、ひらひらと手招きに似た仕草で寿柱尼にひとつ落ち着くよう促した。
色を取り戻した寿柱尼は扇子を懐から出してさらりと広げ、パタパタと自らの頬を扇ぎはじめた。
「さての、わらわが国主さまに御謀叛を、いやさ下剋上なりを企んでいるなどとあなた様に申したのはたれなのか、それを今後話し合わねばならぬが…」
デン!
「御社さま、年の所為かしょんべんが殊の外長うなりましたこと面目次第もございませぬ!」
全身赤黒く血に染め上げた鑓田伊蔵が、大広間の北の縁側に裸足で跳び上って云いはなった。
彼の姿はまさに異様であった。
手にする長巻は刃先が曲がり、その刃ものこぎりのようにギザギザになってして、しかもその刃と刃のギザギザな部分の細かい隙間に人からこそげられた肉がこびりつき、禍々《まがまが》しい。
左手には、苦悶の表情を浮かべ絶命した侍の首が三つ、髻を斬りザンバラになった髪を掴んで携えており、また腰には、同じようにザンバラ髪の毛を紐のように帯に結ばれた首が、まるで千成瓢箪のように列なっていたのだ。
既に小脇に抱えていた二筋の鑓も、途中で使い潰している。
そんな幽鬼じみた男が、落とした首どもから垂れる血を大広間の床に線引きしながら主である飯井槻のもとに向かい歩を進めるのである。
寿柱尼以下の人々が固唾を飲み、その身を固め動かなくなってしまったのも道理であろう。
「伊蔵よ、遅いと思うたらそなた血尿か?鉄臭くてかなわん♪」
「ははっ!やはり年の所為か先程から止まりませぬ」
「左様か、なれば養生せねばなるまいの、では長居は無用帰ると致すかの♪」
飯井槻と伊蔵の危ない会話のあと、飯井槻の目配せを承った羅乃丞は、
「たちませーい!」
と、茅野衆に号令をかけ、国主・添谷衆が度肝を抜かれた一瞬の隙に館外へとトンズラした。




