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ひょんひょろ侍【戦国編】重なる策謀(7)

 縁側の板の狭間はざまから遮二無二しゃにむにき出されたやりは、板を二枚空に舞わせて地面に落としたあと、異変に気付いた伊蔵が瞬時に前方に跳んだ背後で〝ガチリ〟と刃をぶつけ合い交差した。


「ぐ…!」


 伊蔵に一瞬で間合いを詰められた若侍は左腕を根元からひねられ身体は裏返り、そのまま送り襟締えりじめをくらい瞬時におちた。


伊蔵は気絶した若侍の襟首を右手でつかんだまま、左側方ひだりそくほうにある板戸ごと、横殴りに斬りつけてきた長巻なかまきを防ぐ盾となした。


「…気をうしえば痛くはあるまい?」


味方によってぱっくり裂かれた腹からは内蔵を押さえる筋肉の圧力が一気に消え、若い臓物が自然じねんに押し出されドッと垂れた。


若侍を斬りつけた長巻の長く厚い刀身は、そのまま殿舎の柱に当たり跳ね返り、その跳ねた長巻の柄を伊蔵がつかむや、そのまま引いて姿を見せた甲冑武者の腹を蹴って奪いとった。


無様に仰向けに倒れた武者の首を伊蔵はまるで山葡萄やまぶどうの実をもぎ取るが如く易々と斬り飛ばし、わざと殿舎の天井にぶち当て畳の上にまりみたいに転々と転がした。


伊蔵とその周りは、彼に殺害され打ち捨てられた二人の噴出した血肉に赤黒く染められ汚された。


「うわあ!」

「ああ!ひぃ!」


どたどたと背を向け、伊蔵を討ち取らんと身構えひそかに囲んでいた侍衆の中から、命惜しさに逃亡を始める者が幾人もあらわれ、その包囲がみるみる崩れる。


「貰い受ける」


伊蔵は縁側に戻り、板敷きから突き出されたままの二本の鑓を引き抜き左脇にガッと抱えた。板敷きの下からは持ち主だった二人の侍の悲鳴が轟き、軒下の地べたから這いずり出て、後ろも振り返らずにやみくもに逃げだした。


伊蔵はこれを追った。追われた二人はただ生きたいが為だけに泣きわめき御殿の裏庭を駆けずりまわり、未だ交戦の意思を棄てぬ者共の集まりに助けを求めてワッと飛び込み、散々に隊列を掻きみだした。


 この混乱のただ中に伊蔵は、鋭く長巻を振るって斬り込んだ。


 飯井槻のもとに辿り着かねばならぬ。ただそれのみを叶える為だけの命をした吶喊とっかんであった。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~




「伊蔵め、しょんべんがこと外長ほかながいのう。もはやあやつも年かの♪」

御社おやしろさま…。斯様なときに、はしたのうございます」

「なんの♪いつも通りのわらわじゃ♪いらざる忠言いたすな♪♪」


 羅乃丞らのすけの心配なぞどこ吹く風。飯井槻はまだ大広間に居座っている。


 それもキチンと背筋を伸ばし正座して、御顔の前にいつもの大扇をかざされて、である。


無論、正面からはその表情を一寸たりともうかがい知ることなどできない。


その肝心の正面には一段高い畳敷きの高座がもうけられており、そこに年老いた尼と如何いかにも高そうな衣装を身にまとった幼げな顔立ちの少年が共に並び座していた。


 ただ、未だ幼さを残した年のせいなのか、それとも生来の性格の故か、少年はジッとしておられず、常に手をいじったり足をもじもじさせたり落ち着かぬのとは違い、尼さんの方は眉根まゆね一つ動かさず、その表情は柔和にゅうわ微笑ほほえみをたたえているのだが、それでいてじっとまなこまばたきひとつせずゆるり、飯井槻を見下ろしている。



「ふしししし♪それにしても寿柱尼じゅけいにさまはなかなか、隅に置けぬ御方よのう♪」



 飯井槻は相変もわらず大扇を御顔にかざしたまま微動だにせず、しかしながら声音だけは楽し気に畳敷きに向かって声を掛けた。 


 既に蒼泉殿の大広間の上座である畳敷き以外の場所は、寿柱尼の息のかかった武者共が四周に座して取り囲んでいる。


 飯井槻以下の、総勢十人に届かぬ僅かな人数の茅野衆に立ち退く先は、もはや大広間にはなかった。




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