ひょんひょろ侍【戦国偏】重なる策謀(3)
飯井槻さまは、ただいま現在【季の松原城】に居た。
京より発ち戻った飯井槻さまは、自身が経営する廻船問屋の大船に乗り此の国に帰参を果たしたあと、自身の居館である【碧の紫陽花館】に立ち寄らず、国内の河川の交通を管理している【得能家】の川舟で國分川を遡上して季の松原の地に辿り着き、【季の松原城】の郭の一つを兼ねている【茅野屋敷】にも立ち寄ることも無く、そのまま【西端城】から駆け戻った鎗田伊蔵惟頼が指揮する都合百五十人の【戍亥家・得能家】から掻き集めた合同軍に守られ、季の松原城で東の出郭を兼ねている【捨て郭】の、屋敷というよりも番屋が相応しい建家に居を構えることを決めた所為だった。
御社(飯井槻)さま御自身の手兵は、伊蔵と狩間羅乃丞のほか、馬廻をいれても十人にみたない。あとは御社さまの身の回りの世話をする、仲の良いいつもの可愛らしい侍女二人のみだ。
「相も変わらず御社さまは、また無謀なことを冷然となされようとしておる…」
伊蔵や同輩であるひょんひょろらが、常日頃から飯井槻さまのことを呼ばわるときに使う【御社さま】との通称を口の端に乗せて、いつもの四周に御簾が降ろされた神輿のような輿に揺られゆれて、季の松原城の石段をゆるゆる上られていのに付き従っている。
想うに、御社さまはまず間違いなくなにか悪だくみをしている。そしてあの形の良いまん丸眼を爛々《らんらん》と輝かせ、周囲には目もくれず、すっと前だけを見据えて輿に乗っておられるのだろう。
でなければ、単身。といっていい程度の小勢のみを引き連れて季の松原城のうちで郭と名のつく中では一等狭い地の、それも堀切で仕切られた実戦向きの出丸に赴かれはしまい。
御簾のお陰で真の御様子は伺い知れないモノの左様察した伊蔵は、半ば呆れ、半ば驚嘆していた。
もしかすると、あの深志一族を一挙破滅へと追いやった、二の郭御殿での宴席のアレを再演するつもりなのではないか。
と、伊蔵はついつい飯井槻の思惑を勘ぐってしまう。
「…御自身を進物のように敵の真ん前に御身すすめられ、いったいなにを企んでおられるのやら。もし、先代さまが生きておられたら、如何様に申されるのか……」
伊蔵は自身にとりても大事な御仁であった元僧侶、【茅野兼寿】様の気持ちになったつもりになり、空に思考を走らせたりした。
もちろん、既に身負かられた故人の気持ちなどわかるはずはなかったのだが…。
そうでなくとも、自身の命なぞなんのその。御社さまの御為ならば、率いる茅野の軍勢と倍以上の兵数差があったととしても果敢に挑みかかり、数々の合戦で戦慣れしている彼の国の山名の軍勢を撃破粉砕し、いまもまた、山名氏との和議を有利に導くために戦場となった狭い地形と小山の連なりを利用して、簡易ながら幾つかの要害を連結式に急造し、山名氏に対して無言の圧力をかけていると伝え聞く、御社さまに忠義心篤い神鹿兵庫介殿。
もしも彼の御仁が、此度の御社さまの一件を耳にすればどうするだろうか?
……どうもこうもない、おそらく兵庫介殿はなにもしそうにないのだから…。
あの、見た目に寄らず意外に多才な武人は、此度の一見を聞いたとしても、きっと眉をひきつらせ渋い顔で誰に言うでもなくブツクサ呟きながらも結局、御社さまから告げられるお話にそれなりに得心され説得されて終い。なれば致し方なし。と勝手に納得した挙句、飯井槻さまの御為にやるしかないかと心ひそかに決心して、額に汗をにじませ四苦八苦しながら託された事業をなんとはなしにやり遂げてしまうのだろう…
神鹿兵庫介親利。
あの御仁はそういう御人なのだろう。
そして、いつの間にか伊蔵そばに寄って来ていた狩間羅乃丞と目を合わせ、頷き合いながら、これから御社さまこと飯井槻さまになにをさせられるのかと不安を感じつつ、羅乃丞は手にしている唐渡の品なのに、なぜだかイヤに真新しい宋銭をチャラチャラさせ、伊蔵は伊蔵で帯刀している野太刀のこじりを両の手でイジリイジリ。
兎にも角にも、ひょんひょろ組の二人は久しぶりの再会を果たし、御社さま、飯井槻さまがナニをはじめても、言い出しても良いように、今後の対応について額を突き合わせ話し合うことを決めた。




