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ひょんひょろ侍〖戦国偏〗ひょんひょろのボンヤリ過去話(1)

こちらも遅くなりました。


申し訳ありません。


では、続きをどうぞ♪


「まさか斯様に早く、山名本家が和議を承諾するとは思いもよりませなんだ」

≪左様ですか≫


 僅かばかりの留守居の軍勢を急ごしらえの要害に残し、茅野領への撤退のため陣払いを始めた神鹿兵庫介を大将に仰ぐ茅野勢が、緩々だが整然と撤退していく様を眼下に望みながら、ひょろひょんと奇知左衛門は昨日までの敵地であった【荷駒井城】の本郭の土塁に腰をかけ、二人仲良く並んでボケっとしていた。


≪実はこれでも(とき)が掛かったのですよ≫

「たったの十日しか掛かってはおりませぬが?」


 この国を取り仕切る守護職【山名家】との和議を、僅か十日間で成し遂げたひょんひょろ。…奇知左衛門的な言い習わしでは〝じょろ〟様の話ぶりに、彼は「はて?」と頭を傾げた。


「よもや、なにか拙者に隠し事でもありまするか?」

≪いえ、単にあなた様に申し上げ忘れただけにございまして≫


 じょろ様はいつもの様に無表情な様子で、雲ひとつない空を眺め、ポツリとつぶやいた。


「それは是非聞きたいものですな。…聞かせて頂けるのでしょう?」


 奇知左衛門は、やや訝しりながら眉を寄せ、じょろ様に問い掛けた。


≪他言無用に願えるならば≫

「もちの、ろん」


 奇知左衛門は頬を釣り上げニヤリと笑い、じょろ様に対して真剣な眼差しを向ける。


(しか)らば≫


 そう言ってじょろ様は、ここではなんですからと一言云って立ち上がり、我らの様子を少し離れた背後から窺っていた山名家の見届け役の重臣が、自らの配下共を地に座らせ、向うの茅野勢の動向と、此方の茅野家から遣わされた二人の交渉者を交互に眺め、ちゃんと約束が履行されゆく様を吟味していた。


 二人は此の者に、茅野勢の総大将である神鹿兵庫介に約束違えぬように重ねて申し次をしたい旨を願い出、即座にその了承を得たので、一旦本郭を離れ、茅野勢からの繋ぎとして参っていた蕨三太夫の入っている、城門脇の小屋掛(こやがかり)まで降りて行った。




「これはひょろ様、季の松原以来にございます」


 十人程度の手勢を連れた三太夫は、ひょんひょろらが小屋掛に近付くのを察知すると、即座に表に出ると慇懃に辞儀をした。


≪あの時分はお世話になりました≫

「なんの。あなた様のお陰で事は成った様なものでござる。して此度は何用でございまするか?」


 ニコニコ笑顔の三太夫は、斯様な熱き処ではなんですからと、ひょんひょろと奇知左衛門を丁重に扱いつつ、小屋の中へと(いざな)おうとした。


≪されば、一つお頼みしたいことがあるのですが≫

「ほう、何でございますかな?」


 小屋の出入り口に掛けられていた(むしろ)を掴み、二人が入りやすいように撒くっていた三太夫は、その手を止め、ひょんひょろの言葉を聞く姿勢を取った。


≪周囲に誰も近付けぬよう。お願いいたしたく≫

「仕った」


 ひょんひょろの言葉を聞くや、三太夫は手勢に目配せして小屋を自然な形でくるりと取り巻かせ、二人を小屋の中に入らせると、自身は一人の配下と共に、サラサラと地面に先の尖った石で線を引いて小石を幾つか並べ、簡易な五目並べの体裁を造り遊びに興じ始めた。




調(ととの)いましたようです≫

「流石は兵庫介様の手の者ですな」


 眼をそれと無く輝かせ、奇知左衛門は蕨隊の無駄のない動きと配置に感嘆の声を上げる。


「では、恐れながら続きをお願いいたしたく」

≪畏まりました≫


 そう言ってじょろ様は、横に長い口をゆっくりと縦に広げて、話を紡ぎ始めた。




 事の始まりは三年前。


 深志家が台頭し出した頃合いの事である。




 この時分の茅野家は、父である〖茅野六郎寿建〗様を三カ月前に亡くした飯井槻さまと、旦那である当時の茅野家当主〖茅野右近大夫兼寿〗様とが、仲睦まじく互いに補い合いながら家勢を保ち、家中を盛り上げながら(まつりごと)を執り行っている時期でもあった。


ある日、そんなおしどり夫婦に夜遅く碧の紫陽花館に参る様、急遽呼び出されたひょんひょろは、いつもの様に無表情に身支度を調えると、主の待つ館へと馳せ参じたのだ。


「夜分の呼び出しにも拘らず、よく来てくれたね。ひょんひょろ」


 高台(こうだい)の小皿に魚油が盛られ、これに浸された紙縒りに火がともる薄暗い奥書院の上座に丸い茣蓙(ござ)を敷き、折り目正しくきちんと正座して来るのを待って居た寿兼は、目元も身のこなしも涼やかな若い当主で、齢は数えで〖二十五歳〗であったという。


 その横には同じく茣蓙に座し、ひょんひょろを黙って見詰める御社様。…飯井槻さまがいた。


≪兼寿様は、元は茅野の地より遠く離れた国の草深い山村に建てられた、彼の善光寺に連なる寂れた寺の御住持をしておられました≫



「まさか斯様に早く、山名本家が和議を承諾するとは思いもよりませなんだ」

≪左様ですか≫


 僅かばかりの留守居の軍勢を急ごしらえの要害に残し、茅野領への撤退のため陣払いを始めた神鹿兵庫介を大将に仰ぐ茅野勢が、緩々だが整然と撤退していく様を眼下に望みながら、ひょろひょんと奇知左衛門は昨日までの敵地であった【荷駒井城】の本郭の土塁に腰をかけ、二人仲良く並んでボケっとしていた。


≪実はこれでも(とき)が掛かったのですよ≫

「たったの十日しか掛かってはおりませぬが?」


 この国を取り仕切る守護職【山名家】との和議を、僅か十日間で成し遂げたひょんひょろ。…奇知左衛門的な言い習わしでは〝じょろ〟様の話ぶりに、彼は「はて?」と頭を傾げた。


「よもや、なにか拙者に隠し事でもありまするか?」

≪いえ、単にあなた様に申し上げ忘れただけにございまして≫


 じょろ様はいつもの様に無表情な様子で、雲ひとつない空を眺め、ポツリとつぶやいた。


「それは是非聞きたいものですな。…聞かせて頂けるのでしょう?」


 奇知左衛門は、やや訝しりながら眉を寄せ、じょろ様に問い掛けた。


≪他言無用に願えるならば≫

「もちの、ろん」


 奇知左衛門は頬を釣り上げニヤリと笑い、じょろ様に対して真剣な眼差しを向ける。


(しか)らば≫


 そう言ってじょろ様は、ここではなんですからと一言云って立ち上がり、我らの様子を少し離れた背後から窺っていた山名家の見届け役の重臣が、自らの配下共を地に座らせ、向うの茅野勢の動向と、此方の茅野家から遣わされた二人の交渉者を交互に眺め、ちゃんと約束が履行されゆく様を吟味していた。


 二人は此の者に、茅野勢の総大将である神鹿兵庫介に約束違えぬように重ねて申し次をしたい旨を願い出、即座にその了承を得たので、一旦本郭を離れ、茅野勢からの繋ぎとして参っていた蕨三太夫の入っている、城門脇の小屋掛(こやがかり)まで降りて行った。




「これはひょろ様、季の松原以来にございます」


 十人程度の手勢を連れた三太夫は、ひょんひょろらが小屋掛に近付くのを察知すると、即座に表に出ると慇懃に辞儀をした。


≪あの時分はお世話になりました≫

「なんの。あなた様のお陰で事は成った様なものでござる。して此度は何用でございまするか?」


 ニコニコ笑顔の三太夫は、斯様な熱き処ではなんですからと、ひょんひょろと奇知左衛門を丁重に扱いつつ、小屋の中へと(いざな)おうとした。


≪されば、一つお頼みしたいことがあるのですが≫

「ほう、何でございますかな?」


 小屋の出入り口に掛けられていた(むしろ)を掴み、二人が入りやすいように撒くっていた三太夫は、その手を止め、ひょんひょろの言葉を聞く姿勢を取った。


≪周囲に誰も近付けぬよう。お願いいたしたく≫

「仕った」


 ひょんひょろの言葉を聞くや、三太夫は手勢に目配せして小屋を自然な形でくるりと取り巻かせ、二人を小屋の中に入らせると、自身は一人の配下と共に、サラサラと地面に先の尖った石で線を引いて小石を幾つか並べ、簡易な五目並べの体裁を造り遊びに興じ始めた。




調(ととの)いましたようです≫

「流石は兵庫介様の手の者ですな」


 眼をそれと無く輝かせ、奇知左衛門は蕨隊の無駄のない動きと配置に感嘆の声を上げる。


「では、恐れながら続きをお願いいたしたく」

≪畏まりました≫


 そう言ってじょろ様は、横に長い口をゆっくりと縦に広げて、話を紡ぎ始めた。




 事の始まりは三年前。


 深志家が台頭し出した頃合いの事である。




 この時分の茅野家は、父である〖茅野六郎寿建〗様を三カ月前に亡くした飯井槻さまと、旦那である当時の茅野家当主〖茅野右近大夫兼寿〗様とが、仲睦まじく互いに補い合いながら家勢を保ち、家中を盛り上げながら(まつりごと)を執り行っている時期でもあった。


ある日、そんなおしどり夫婦に夜遅く碧の紫陽花館に参る様、急遽呼び出されたひょんひょろは、いつもの様に無表情に身支度を調えると、主の待つ館へと馳せ参じたのだ。


「夜分の呼び出しにも拘らず、よく来てくれたね。ひょんひょろ」


 高台(こうだい)の小皿に魚油が盛られ、これに浸された紙縒りに火がともる薄暗い奥書院の上座に丸い茣蓙(ござ)を敷き、折り目正しくきちんと正座して来るのを待って居た寿兼は、目元も身のこなしも涼やかな若い当主で、齢は数えで〖二十五歳〗であったという。


 その横には同じく茣蓙に座し、ひょんひょろを黙って見詰める御社様。…飯井槻さまがいた。


≪兼寿様は、元は茅野の地より遠く離れた国の草深い山村に建てられた、彼の善光寺に連なる寂れた寺の御住持をしておられました≫


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