ひょんひょろ侍〖戦国偏〗飯井槻さまの手早い外交術(2)
飯井槻さまは笑顔も愛くるしい絶世の美少女で〝未亡人〟ですが、下剋上偏でもその片りんを見せましたが、〇〇〇な人でもあります。
では、どうぞ♪
「ほほう、なるほどの。これは珍しく甘美な良き品じゃ」
飯井槻は羅乃丞が寛げた奉書の中身を見て、さも満足げに微笑んだ。
「職人たちを取り寄せるのには、中々に苦労致しました」
「左様であろうの、かほどの品、わらわは終ぞ見たことがないからの」
飯井槻は一枚の真新しい銅貨を手に取って、しげしげと眺め見る。
「での羅乃助よ。これにどう時代を付けるのじゃ?」
「さればご覧あれ」
そう言って羅乃助はさらにもう一枚の奉書包みを取り出して、飯井槻の御前で寛げた。
「ふしししし♪見事に手垢が付いたように錆びておるの♪」
「左様に御座いまする。見事に錆び申しておりまする」
飯井槻は二つの宋銭を詳しく見比べ、手触りも確認する。
「しての」
「はい。これは鋳造を依頼した職人たちが機転を利かせまして、お酢に付け錆びさせました」
「酢?」
「左様に御座います。酢に付け置き掻き混ぜること一日か二日、さすれば斯様な品になりました」
「酢のみでのう」
「流石と申しましょうか、金物を扱う職人ども。よう錆びる奉納も存じておりました」
ふーん。と、飯井槻は目を見張り、しっかり時代がつけられ本物と見まごうばかりとなった銭を手のひらでクルリと回し、握りしめた。
「如何ほどできたのじゃ」
「先ずは十貫文ほど。粗銅さえ揃えば如何様にも増やせましょう」
「ふむ。余りに沢山流せば目に付きやすいからの、程ほどにせねばなるまいが、そこはそれじゃ。あい判った。粗銅は得能家にでも稼がせてこよう。それに価値の低い壊れ銭も回すと致そうぞ」
「畏まって御座りまする」
その後、飯井槻と羅乃丞は銭の鋳造職人たちの保護と情報流失の監視の徹底について議論し、とりわけ、彼らの安定した生活の保障と逃散の可能性についても話し合った。
「さての、先ごろの下剋上騒ぎのおりには、当家の金をたんまり使うたのでの。勿論、全て回収予定じゃし出来るであろうが、これからのことを考えるとの、些かそれだけでは足らぬからの」
自分から国中を巻き込み仕掛けておいて、今更他人事のように〝先ごろの下剋上騒ぎ〟は無いものだと思いつつも、羅乃丞は飯井槻さまが仰っている内容が痛いほどわかる為、ここはひとつ黙っておくこととする。
もしもこの場にいるのが兵庫介様ならどうなされるか、云うまでもないであろう。
「この日ノ本には、さほど銭は御座いませぬから」
既に日本で公に銭が鋳造されなくなって久しい。今や此の日ノ本で大手を振って流通し信用を得ているのは皆、海を隔てた唐渡の銭。しかもとうの昔に滅び去った国である〖宋〗の銭なのだ。
「左様じゃ。故に大内殿や、古の平氏は唐に交易を持ち掛け、銭も購入する品に加えて持ち込んだから、あのように御大尽になれたのじゃ。じゃが…」
「我らには唐と繋がる有益な湊も無ければ、交換する物産も数が品目も足りない」
「およそ隆盛する国はの、豊かな土地と人だけではダメなのじゃ。民に食わす飯もいれば衣服もいる、守り侵す軍勢もいれば有益な情報も不可欠なのじゃ。そしての、それを支えるのは…」
「銭に御座いますか」
「左様じゃ。先立つものがあったればこそ、前へと案じて進めるのじゃ♪」
ふしししし♪
飯井槻は、いつもの様に悪戯っ子じみた含み笑いをひとしきりする。
「此の銭は内緒の銭で、云わば私鋳銭の悪銭じゃがの、いずれは豊かな土地となるであろう我が国と、其れを治めるわらわがの、如何にもと云ったしたり顔で価値を保証することでの、只の銅で出来た売り買い道具があら不思議。あっという間に信用を得て真銭になるのじゃ♪」
「それならば、今の銭も道具ではありますまいか?」
「流石は羅乃丞、よくぞそこに気付いたの♪道具は信頼の裏付けがあって、そして使うてこそ価値が出るのシロモノなのじゃ♪」
そう言って飯井槻は、二枚の私鋳銭と、自らの懐から取り出した真の宋銭でお手玉をはじめ、にこやかにホイホイっと、これまで膝の上で黙って聞いていたさねと二人で遊び出していたのだった。
「細川殿の便りはまだかのう♪」
と、笑顔で言いながらである。
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