飯井槻さまの手早い外交術。(1)
今回からは飯井槻さまの話になります。
では、お楽しみくださいませ♪
見上げれば、雲雀がお空を飛んでいる。
長き応仁の大乱のお陰ですっかり荒廃してしまった京都では、今年も祇園祭は行われておらず、八坂神社に清水寺などの有名な神社仏閣に古式ゆかしい貴族の館、豪奢な各守護大名家の屋敷ですらも、その多くが焼失してしまっていて草生した空き地が目立ち、洛中洛外の区別すらもおぼつかない。
その上、未だ治安が回復する兆しもなく、今日もあちらこちらで武士ならず、町人百姓までもが些細な理由で相争い、落ち着く暇とて無かった。
斯様な物騒な場所に、少数の人数で都入りした飯井槻さまは、守護職国主家の仮屋敷代わりとなっている、都の西はずれの寺に入られたのは今より五日前のこと、それからと云うもの、上は朝廷や幕府に繋ぎを取り金銭による贈答を行い、また有力な寺社にも寄進を行い、その上で、国主家と深志家が強奪していた朝廷や幕府及び寺社所有荘園の返還と、それらの茅野家での管理の申し出を行って了承を受けた。
これらの工作により今後、国主家が嫡男〖松〗の後見人を務めるようにとのお達しが発せられたことにより、事実上、彼の国での政治的代表権は、国主家に代わりその守護代である〖茅野内膳正千舟〗こと、飯井槻が取り行う運びとなった。
官位もこれに伴い引き上げられ、(たぶんに日ノ本きっての名家である藤原一族に連なる身上と、多額の贈答の成果、寄進による影響力のお陰ではあるが)故深志貞春が官位であった【正五位下 弾正少弼】を越えて〖正五位上 大膳大夫〗に叙任される内示を受けたのであった。
「羅乃助よ。此度の働き見事であったのじゃ♪」
「はっ」
飯井槻は、兵庫介率いる茅野勢が倍する勢であった山名大炊の軍勢に大勝した旨を伝える為、一昨日夜半、彼女を追い此の寺に辿り着いたさねを膝に乗せ、時に頬ずりしながら可愛がりつつ羅乃丞の労をねぎらった。
「じゃがの、まあ呉れると云うのであれば貰ってやるがの、これはあくまでわらわに取りては形式的なモノなのじゃ。わかるかの?」
「はあ」
口では斯様に申されているが、絶対に内心では喜んでいるに相違ない。と、雁間羅乃丞は感じていた。
そしてまた、畏れ多くも帝の食膳を司る官職名を、好き好んで取得為さり名乗られようとする主の御気持ちを測りかねてもいた。
さて、彼の国での飯井槻さまによる下剋上達成の前、成功を確信していた飯井槻さまの命により都にやって来た羅乃丞は、即座に活動を開始して朝廷、幕府をはじめとした日ノ本を動かしている御歴々に面談をして、内々に探りを入れ、繋ぎを縁る働きをしていた羅乃丞は、もう一つ、飯井槻さまから仰せつかっていた役目があった。
「ところでの、アレはどうなっておるかの?未だに所在が解らぬかや」
「方々(かたがた)に使いをやり探しておりますれば、今暫しお持ちください」
羅乃丞の言葉に飯井槻はアレは困った者じゃ。といった眉を寄せた呆れた顔をしてから一旦息を止め、それからゆっくりと口を開いた。
「なるほど左様か、また例の悪い癖が出てしまっておるのかの?どうじゃ?」
「恐らく左様に御座いましょう」
「ふむ。アレは仙人にでも成りたいのかの?未だに嫁は取らぬと申しておるそうじゃからの」
「それにつきましては、私にはなんとも申せません」
「ところで修験道の筋は当たったかの?」
「既に。此の寺には幸いと申しますか、修験道に明るい住持も居りますので、その御方にも方々問い合わせて貰っております」
「なれば、そのうち会えような」
「はっ」
そうしてついっと羅乃助は、奉書にくるまれたとある品を飯井槻の前に差し出した。
「これはなんじゃ?」
「飯井槻さまがお好きなモノに御座ります」
「菓子かの」
「変わり饅頭と申しまして、お茶請けに最適かと思い御持ち致しました」
羅乃丞は、こう云ってからサラサラっと奉書を開け、中身を披露したのだった。
では、では。次回をお楽しみに♪




