ひょんひょろ侍〖戦国偏〗ひょんひょろのボンヤリ交渉術(6)
ひょんひょろの飯井槻さまに対する忠誠心をお楽しみくださいませ。
「これにて話は纏まったな。…少しばかり表に参らぬか」
西條肥後守は上座に敷かれた粗末な茣蓙から立ち上がり、じょろ様と某に声を掛けてきた。
〘お供いたします。あなたはどうなさりますか?〙
「も、もちろん御伴仕る」
肥後守の側に控えた重臣二人を置き去りにして、我ら三人は掘っ立て小屋を出て本郭を取り囲む土塁に登り、北側の出っ張りに設置された背の低い櫓に上る。
「見よ」
櫓の天辺に上り終えた西條肥後守は、平地ゆえに遠くても見える山名本家領〖久留田郡〗一円をぐるり指差して、じょろ様と某に何がしかを伝えるそぶりを見せた。
〘田畑があちらこちら枯れておりまする〙
「如何にも、半分は枯れておる様に見受けられますな」
我らが国の、飯井槻さまが治める一帯以外がそうであったように、この国の畑も耕されている地は少なく、稲も植わっていない田多く、まるで自分が住んでいる国にいるような錯覚を覚えてしまった。
「左様、この国を治めし山名家は、連年の如く京へと出兵し為さり、お陰で村人は高き年貢に耐えかね逃散、田園は枯れるに任せており申す」
ここにもいたのか〖国主様〗の類似品が。
思わず奇知左衛門は目の前が暗くなり立ち尽くした。
ここに至るまで嫌々ながら山道をひた歩き、眼下に広がる光景を散々バラバラ見て参ったつもりであったが、困ったことに某は武人であるが故なのかどうか、あちらこちらで繰り広げられていた山名本家と西條家の小競り合いに目を奪われ、田畑の様子なぞ終ぞ気付きはしなかった。
「ひゅんは存じておるだろう。何故に西條家が其方ら茅野家に与したのか。何故に多勢に無勢の不利を承知で主家に弓引き謀叛に及んだのかを…」
〘民の為でございました〙
「左様。我らは飯井槻殿と同じ考え故に同心したのだ。敵は勢いを得て益々多勢になりつつあるが、我らは一歩も引かぬ所存だ」
西條肥後守はゆっくりとした落ち着き払った口調で、力強くそう述べた。
「民のため、ですか」
奇知左衛門は足を前に進める度に遠くなっていく西條城を振り返り、何やら思うところがあるかのようにひょんひょろに云った。
「飯井槻さまも左様な考えで本当にあるのでしょうかね?」
何故だか解らぬが、彼にはそれが本当に飯井槻さまの御気持ちとは思えないでいる。
もっとこう、国全体を慮ってのような気がして堪らないのであった。
〘よくそこに御気付きで〙
奇知左衛門のぽわっとした疑問に対し、ひょんひょろは短い言葉で、しかしハッキリと、飯井槻さまと西條肥後守の思想の違いを教えてくれた。
「お二人はどう違うんですかね。そこのところがどうも分からなくってですね」
〘左様ですか。それではあれをご覧ください〙
奇知左衛門はひょんひょろが指示した辺りを望んでみる。
「村ですね。アレが何か?」
〘山名本家方に与する村ですが、違和感はございませんか〙
どう見ても、山名本家領と西條家領の境近くに位置するやや荒廃した村にしか見えない。荒廃して見えるのは、田畑が耕されていない箇所としっかり田植えされている箇所がある故だが、それがなんだというのであろうか。
〘解りませぬか?〙
「田畑の出来具合がまだらとしか某には……あっ!」
〘気付かれましたか〙
なるほど。山名勢が西條家に比べて多数の軍勢を揃えれたわけだ。
じょろ様に促されて気付かされたとはいえ、答えは簡単な話であったのだ。
要は時世をしたたかに眺めていた村々の衆は、戦局が大いに山名本家に傾いたのを見て、銭か年貢の軽減をネタに山名本家に兵となって加担したのだ。
〘人の欲と云うのは時世に揺らぎ測りがたきモノ。故に西條家は程なくして滅び去るでしょう〙
「な、なんですと…。西條家は御味方でしょうに!では何故に肥後守に山名本家との和議を、じょろ様は力強くお勧めにならなんだのか!」
思わず興奮してしまった某は、柄にもなく大声を出してしまっていた。
すると、おかしなことを申す御方だといった風情でじょろ様は不思議そうな顔を為され。…た様に感じられ、少し間をおいて某にこう申されたのだ。
〘総ては御社様の神世の為〙と。
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