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ひょんひょろ侍〖戦国偏〗ひょんひょろのボンヤリ交渉術(4)

ひょんひょろのボンヤリ交渉術(4)になります。


ひょんひょろのボケっと感をお楽しみくださいませ♪


 奥書院の中はさっきから概ね静まっている。


 それもその筈である。


 じょろ様は茅野家の使者として訪れたくせに、目前の重臣は勿論、肝心の山名大炊にも眼もくれず、何も話さず何も応えず、ボンヤリ板目を見たり天井に渡されている梁を覗き見たり、心ここにあらずと云った失礼極まりない態度で座したままであるのだ。


「大炊様の御下問であるぞ。何故返答せぬのか!」


 じょろ様の態度に流石に堪忍の緒が切れたのか、鎧一式に汚れのない、恐らくは城で留守を任されていたと思しき重臣が、ザっと身を乗り出し、じょろ様の前に仁王立ちで立ち上がり眼下に据えて詰問される。


 怒るのは無理もない。いやあ、それは当然と云うべきかもしれない。これがもし堪え性のない武将であればコイツなんなのって退席するか、はたまた刀を振りかざして脅しにかかるか。


 とりあえず碌な未来が待って居る筈がないからなぁ。


「作左衛門、そこまでじゃ。身を引け」


 作左衛門と呼ばれた初老の重臣は、しかしコヤツが…。と反論しようとしたが、背後の床几に座する主人、山名大炊からの語気を強めた再度の指示に従い、これに一礼して自分の床几へと戻って行った。


 こりゃ、そのうち斬られるかもしれん。


 大炊ともう一人の、確か玉谷惣兵衛とかいった機知にとんだ剛の者が押し黙っている中、残りの三人の重臣と、傍で控えている近習の怒りに満ちた視線が只一人の呑気者、じょろ様に突き刺さっているのだ。


「御使者よ、もはや季節は夏。夕暮れとはいえ陽もだいぶ陰って参った。そこもとたちもさぞや疲れたであろう。此処はどうであろうか、明日にでもまた此方に伺って貰い、そして我が主君に口上を述べられては」


 今にも戦場になりそうな場の空気を察したのであろう。玉谷が落ち着きまくった声音で以て、じょろ様にやんわりと退室を促して参った。


「ふむ、それは良い考えじゃ。御使者よ、そうなされよ」


 そう言って席を立とうとした大炊と、後に続こうとした惣兵衛に対してじょろ様は、突如口を開きこう申された。


〘お腹すきませんか?〙


 と。





 はふ。ほふ。ずずーーっ!


 夏だと云うのに温かい湯が注がれた、(ほし)(いい)の湯漬けがたっぷり入った木の器を拙者を除く両家の上位の侍共がしっかり抱え、我も忘れ、じょろ様が持参した料理人の爺さんが作った〖猪肉とフキの豆味噌煮〗と〖糠味噌漬けの大根〗をオカズに、空虚しか存在していなかった胃袋に向け一気呵成、息もつかせず楽し気に食事に勤しんでいたのだった。


「うむ、うむ!このフキ美味じゃ!」

「おう!この猪肉の甘味で滋味深いことったらないの!」

「大根もそうじゃ!我が家では味噌汁にしか使うとらなんだが、斯様な使い方もあったのじゃな!」


 それまで我らに険悪極まりない態度を示していた重臣共が、一人だけ匙でチビチビチビチビ。湯漬けをゆっくり口に運ぶじょろ様そっちのけで、大いに出されたオカズの感想を口にしていた。


「ふむ。飯井槻殿のお手並みしかと拝見させていただいた」


 山名大炊は何に気付いたのか、竹を削った簡易な箸をこれまた簡易な作りの白木の膳に置き、じょろ様に正対して口を開いた。


「左様でございますな。されど、飯井槻殿の願いをこちらが素直に聞いてやる筋合いではございません」

「その通り。流石は惣兵衛解っておる」


 禅問答のような会話を大炊と惣兵衛は交わし、惣兵衛をはじめとした重臣共は皆膳部に箸を据え、ザッと威儀を正してじょろ様に目を落とした。


「茅野家はこれを機に我らと同盟なり和議なりを結びたかろうが、そうはいかぬ」

「我らは此度の戦に敗れたとは申せ、未だ多くの兵を養って居るのだ」

「次は勝てると思うな茅野の者よ。我らは前より増した軍勢を催し、きっとお主らの国に楔を打ち込む所存じゃ」


 先程まで飯が美味い美味いと云って居った重臣共が、怒気を孕まぬ落ち着いた口調で我ら二人に云った。


「聞いた通りだ茅野の使者よ。我らとて主家の命があるのでな、それが全てなのじゃ。さて今宵はこれまでと致そうぞ。惣兵衛、城外までの案内(あない)は任せた」

「仕った」


 山名大炊に向き直り承知の言葉を述べた惣兵衛の一言で、この会談は終了となった。


 失敗か。


 じょろ様は退出の平伏もそこそこに立ち上がり、シュルシュル衣擦れの音を残して奥書院を出て、惣兵衛に導かれるまま城外の空堀端まで何も言わず進んでいかれたので、某も会談の感想を伝える事も出来ず、仕方なく後に続いた。


「もうここらでよかろう」

〘左様ですか〙


 堀傍で向き合ったじょろ様と惣兵衛は一礼して、お互いに別れの挨拶をする。


「次に会うのは戦場かも知れぬが、もし此方に与するか、何か緊要な事柄が在れば、この惣兵衛を先ず尋ねられよ。ではこれにて」


 こう言って玉谷惣兵衛は、身に付けた千切れ千切れの鎧を左右に揺らせ足早に去って行った。


〘さて、ご飯は美味かったですかな奇知左衛門さま〙


 じょろ様は、すっかり暗くなった空堀を渡り切り城に繋がる小道を歩きながら某に聞いてきた。


「そりゃ、あの爺さんが作ったオカズですからねぇ、旨いことは美味かったですがね…」


 だが肝心の会談は、こっちの話もさせてはもらえなかった。


 これは完全な失敗ではなかろうか。そう感じられて仕方がない。


 にも拘らず、この不思議な御人であるじょろ様は、どういう訳だが落胆した様子もなく、寧ろ楽し気に感じてしまうのはどういった訳であろうか。


〘では次は、西條家に参りましょう〙

「はあっ⁈交渉失敗の報告に帰らないで、このまま山名に反抗した家に行くんですか?」

〘左様。では急ぎまするよ〙


 頭の中が?だらけの奇知左衛門は、しきりにこめかみ辺りを揉み込みながら意味も解らず致し方なしとばかりに、この背がやたら高いひょろっとした男に付き従うほかなかった。


ここまでお読みいただき、有り難いです。


でわ♪

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