ひょんひょろ侍〖戦国偏〗ひょんひょろのボンヤリ交渉術(3)
前回の続きになります。
でわ、どうぞ♪
ひょんひょろら、茅野家から遣わされた使者である二人は、奥書院に入室してきた山名大炊家の四人の重臣らに四方を囲まれて、部屋の真ん中で以前平伏を続けている。
彼ら重臣は、無論彼らのみでやって来たわけではない。
側には、彼らの日常の世話をする近習が一人付き従い、彼らのために板間の上に床几を広げ座らせ、役目が終わるとそのまま右後方に下がり、ひとたびただならぬ事態が生ずる時があらば、すぐさま立ち上がり主である重臣を護れるよう、常に腰を浮かせた中腰に近い体勢で刀を直に左手に持ち、静かに佇んで座していた。
つまりは床几に座する具足を纏った重臣共に見下ろされ、その上包囲までされていたのである。
付き従ってきたのは小姓ではないのか。
奇知左衛門はこの一種独特な、云わば隠すつもりのない殺意につばを飲み込む。
彼の兵庫介様から直に此度の戦での活躍を称賛されたあと、お主は武芸に通じ兵法にも明るい。その点を鑑みて此度の護衛の役を任せるのだ。頼むぞ。などとおだてられ誉めそやされてじょろ様に付きしたがって参ったものの、斯様に狭い部屋で四方を取り囲まれてしまっていては、どうにもならぬ。
もし交渉がうまくいかず、奴らが白刃煌かせ襲い来る時には、せいぜい冥途の土産に二、三人、道連れに出来れば上出来と云ったところだな。
勿論その場合、じょろ様には悪いが御守りする事なぞ敵う訳もなく、共に死んで頂かねばならないが、それも侍に生まれし定めのようなもの致し方あるまい。
それに噂で聞いた今は亡き深志弾正が新屋敷にて、一人白洲に座らされ、小石に脛を荒らされながら耐え忍んだ神鹿兵庫介様の余りにもひどい扱われ方に比べれば、まだ全然マシな対応のされ方だからな。戦って死ぬくらいはどうとでもあるまい。
奇知左衛門は一人覚悟を決めた。
そうしていると今度は、彼の板間に触れるくらいに下げた頭の上を打つように、ドスン、ドスンと、床をしっかり踏みつけ歩む誰かしらの足音が上座側から響いてきた。
どうやら、じょろ様の交渉相手である〖山名大炊小允豊高〗が、これまた近習二人を連れて直接廊下から上座側に通じる引き戸を開けて部屋の入り、四方に座する重臣共が具足の擦れる音を響かせ上座に向かい首を垂れて、山名大炊が据えられた床几に座するまでの間、大敗を喫した主と云えども無下には一切せず、ちゃんと無私の敬意を以て対応している様が、何となくではあるが重臣共から感じられた。
「茅野家の遣いの者よ。面を上げられませい」
たぶん、山名大炊の近習の者が発したであろう指示に従い、じょろ様と某はゆるりと頭を上げ、とはいかず。幾度かの呼ばわりを経てやっと面を上げた。
いくら都で暗躍を繰り広げる山名本家筋とは遠い関係であるとはいえ、やはりそこは幕府内での権力者の血筋を引く者。どうしてどうして生半にはいかないようである。
「して茅野の者よ。わしに何用かな」
落ち着いた口調で先に口を開いたのは、意外にも傍に控える重臣や近習ではなく山名大炊当人であった。
「何か云いたきことがあって参ったのであろう。遠慮のう申してみよ」
「大炊様!」
気軽に話しかける山名大炊の重臣の一人が、激しい戦働きによってであろう、散れ散れの草刷りを揺らして山名大炊に押しとどまるよう言葉を挟んだ。
「今更、構わん」
「ですが…」
「構わんと申して居る」
「…ははっ」
発言を制せられた重臣は、やや腰を床几から浮かせていたが押しとどめるのを諦めたのか、トスッと再び床几に尻を据え直した。
はて、この重臣どこぞで見かけたぞ。
奇知左衛門は見覚えのあるこの重臣を、こちらの意図がバレぬ様に密かに横目で窺った。
ああ、あの折の勇敢な武者か。
彼が思い至ったのは箕埼表での戦の最終局面で、突如予期せぬ奇襲を受け狼狽する山名大炊の本陣に対して、横にそびえ立つ山の崖の細流を幾本も使い突撃を敢行した〖神鹿勢〗の焙烙玉の炸裂の中、見事主君を助け出して姿をくらませた騎馬武者の姿が、ありありと思い起こされたのだ。
確か名は、玉谷惣兵衛とかいったか。
「うん?」
気付かれたか。
奇知左衛門の視線を感じたのか、殺気を微かに纏った視線を向けた惣兵衛が、スッと衣擦れの音も発することなく首だけを回して奇知左衛門の様子をマジマジと見つめる。
「どうした」
「何でもありませぬ」
惣兵衛のおかしな態度を訝しんだ大炊が問うた為、なんとか切り抜けた。
「して、茅野の御使者よ。狩衣姿とは、また面妖ではあるが。わしに申したきことがあれば遠慮のう申してみよ」
会談の仕切り直しであろうか、大炊は再び口を開きボンヤリしながらも威儀を正して座するじょろ様に、訪問の趣旨に関する問いかけをまた行った。
だがここで奇知左衛門は、不思議なことに気付かされた。
じょろ様の衣装は真っ白い狩衣姿であったかな。と。
違ったような気がしないでもないが、どこにも赴かず、ずっとこの奥書院にいたのだから着替える事なんて出来はしないか。
そう一人で納得した奇知左衛門は、いつもと変わらぬ無表情のまま、まっすぐ前を見ている感じのじょろ様が如何なる発言をするのか、興味津々で注視するのであった。
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