ひょんひょろ侍〖戦国偏〗ひょんひょろのボンヤリ交渉術(2)
ボンヤリ交渉術の続きとなります。
お楽しみくださいませ♪
「…しばし待たれい!」
ふん‼とばかりに、未だ戦塵すら拭わぬ血しぶき塗れの具足を身に付けていた取次の若い侍が、城内にある山名大炊の屋敷の御書院で臨時ながら我が主となった〝じょろ様〟≪注・ひょんひょろのことである≫に向かって、苦虫を十匹ほど噛み潰したみたいな、なんとも憎らしい苦々しい顔をしながら、唾でも吐き捨てるようにして持ち場に去って行った。
「なんともはや。とっくに済んだ戦の勝ち負けなぞ今更気にしおってからに」
野中奇知左衛門は、若侍の無礼な態度に呆れかえりながら、自身も吐き捨てるように言い放った。
〘これこれ、左様に申すものではありません〙
いつもと同じ表情の読めぬ茫洋とした態度で、律儀に正しく胡坐をかいたじょろ様は、茅野家の正式な使者でありながら敷物すら与えられず、御書院の板間に直座りで、いつ現れるのかもしれぬ山名大炊を待たざるを得ない状況に置かれているのだ。
「そう申されましても…。いやいや、これは某が軽率で御座いましたかな」
〘おやおや、何かにお気づきになられましたか?〙
じょろ様はくいっと口角を一瞬上げ、奇知左衛門を見やった。…ように彼には思えた。
「いえね。これはあくまであっしの感ですがね。もう既にじょろ様には交渉の決着の行く末が御見えになっておるんじゃねぇかと、左様に考えましてね」
〘どうお考えになりました〙
此の寡黙な異様に背の高い御仁にしては珍しく、僅かではあるが身を乗り出して奇知左衛門の話を聞く姿勢を取って来た。
「そう勢い込まれても困りますが、そこまでおっしゃるのでしたら某の存念を御話いたしましょうかね」
箕崎表の合戦から砂埃がついたままのよれた髷をいじくりながら、奇知左衛門はいつもの自分らしくもなく、大仰な言い回しでじょろ様に自身が感じたことを述べる始めた。
一つ。先ず山名大炊家は、太兵を擁しながら寡兵の茅野家に大いに戦に敗れたのに、これと云った詮議も無く扱いは粗略なれど、突如遣わされた使者を受け入れたこと。
二つ。その上で、本来であれば取次の者を立て交渉の段取りを行うべきところ、なにを考えているのか当主である山名大炊自らが席巻するとの事であること。
三つ。以上の山名大炊家の行動から推察するに、彼らは我らの派遣を上辺は兎も角として内心では喜び、色々と条件は付けては来るではあろうが、大凡に於いて、こちらの思惑通りに交渉は進むのではないか。
この様に奇知左衛門は、素直に思ったことを臨時の上司に話してみたのだが、それに対するひょんひょろの態度は彼の想定を超えたものであったようで。
〘成程。あなた様はもしか致しますと、戦ごとより斯様な仕事の方が向いているかもしれませんね〙
またも僅かに口角を上げて、如何にも喜んでいるように感じたじょろ様に、当の奇知左衛門は当惑してしまっていた。
「いやいやいや!総ては某の戯言で御座る。せめて何かしら突っ込んでもらわねば、怖くてこのように畏まくった場にはおれぬ様になってしまますわい!」
まさか、自分の話なぞを気に入るとは考えもしなかった奇知左衛門は、両手を頭上で激しく振り振り、今の無し今の無しだから‼
っと、自己否定に打って出てしまっていた。
〘左様に踊らずとも構いません〙
いや、別に踊っていたわけではないのだが。
奇知左衛門は、曲がった髷を撫でながら少しだけ笑みをこぼした。
〘ですが、左様に上手くいかないのが外交交渉の醍醐味でして〙
「へえ、そのようなものなんですねぇ」
奇知左衛門は半ば感心し、半ば疑問を持ちつつ、ひょんひょろの言葉を受け止めていた時。
ドタドタドタドタ…。
我らが座している御書院に繋がる渡り廊下あたりから、複数人の足音が身に付けているであろう具足の金具が擦れる甲高い響きと共に近付いてきた。
ふん。山名大炊がやっとこさ御出座しか。
そのように思った奇知左衛門はすぐさまじょろ様の様子を窺うと、彼は普段の無表情にサラッと顔を戻した(ように感じて)途端、無言のまま板間に向かって首を下げて平伏したので、奇知左衛門も是に倣って深々と平伏したのだった。
でわ、次回をお楽しみに♪




