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ひょんひょろ侍〖戦国偏〗ひょんひょろのボンヤリ交渉術(1)

今回から何回か、ひょんひょろの話になります。


でわどうぞ♪


 さて、さねが新たな目的を見付け奮起していたそのころ、山名大飯家との和睦を目指すひょんひょろは、彼を〖じょろ様〗と呼称する歴戦の武者を連れ、山名大飯が本拠【釜天神城】の狭い客舎に通され座していた。


「じょろ様よ。山名の者共は我らを案外すんなり入れましたが、如何なる企みで御座ろうか」

〘はてさて、それは判りかねまする〙


 かの様にとぼけた御仁は、無表情のまま正座をして静かに佇んでいる。


 この御人はどうやら普段からこうらしいのは、事前に神鹿家の当主にして、此度の茅野家の軍勢の総大将でもある〖兵庫介〗殿から聞き及んでいたので、今更驚いたりしやしない。


だが、それにしても先程散々に打ち負かした敵の、未だ負け戦の怨念が渦巻く本拠地の城内の只中に飛び込み、敵である我ら茅野家と同盟を結ぶよう促すなどは、云ってみれば地獄を司る閻魔大王に対して、自身が生前に犯した大罪を水に流して極楽に送って欲しいと、ただそれだけを叶えるため法廷にやって来たようなもので、到底その願いは聞き入れられるとは思えない代物なのだ。


だが、じょろ様は斯様な事はハナから承知済みなのか、それとも相手方の尋常ではない負け戦のことなどは、交渉にさほど重大ではない事柄と気にしてはおらぬのか、じょろ様は依然として泰然と座したままなのである。


本気で上手くいくと思うておられるのか?


いうなれば、山名大飯にとっては主家にもあたる此の国の守護職である山名家其の物を裏切れと云ってるのも同義なのだぞ。


にも拘らず交渉人であるじょろ様は、いつの間に着替え為されたのか、丹念に糊付けされた見たことも無い文様の直垂を纏い、それでいてボンヤリ床に張られた板の目を、さもこの世で一番大事な宝物の様な面持で眺めておられるのだから、俺如きの戦ばかりしてきた武辺者の知恵では、その心の内を伺い知る事なぞ出来はしない。


「ふーむ。眺めれば眺める程、聞きしに勝る不思議な御方だ」

〘はて、なにか申されましたか〙

「いやいや、ただのしがない独り言で御座る。お気に為されますな」

〘左様で〙


 ユラリとも身体を動かさずに話しかけてきた〖じょろ様〗は、矢張りピクリとも動かず真正面を向いたまま言葉を終えられた。


 肩がこる。


 彼は三十過ぎまで幾多もの戦場を駆け巡り生き残って来てでさえ、この様な可笑し気な人物に出会ったことは、ついぞ無かった。


 これまでの人生の中で有象無象の人物といがみ合ったり戦ったり、時には酒を酌み交わしたりしてきたが、この男、その戸の者とも違う。


 一体、じょろ様とは何者であろうか…。


 さてさて、あの一癖も二癖もあると俺が密かに睨んでいる、女だてらに茅野家当主を務め為される〖飯井槻さま〗の御眼鏡に叶い、路傍から拾い出されたと噂される本名も知れぬ謎の男。


 俺は自分でも不思議な気持ちなのだが、じょろ様に奇妙な興味を覚えてしまっていた。


「お待たせいたし申し訳ない。我が主、大飯様が目通りの許可を下された由、急ぎ屋敷まで参られいとのこと、お支度を」


 音もなく現れた初老の武人に、山名大飯との面会の許可が取れた旨を告げられ急かされた。


〘畏まりました。では奇知左衛門殿参りましょう〙


 スラリ立ち上がった歴戦の武者こと〖野中奇知左衛門〗は、彼の臨時の主であるじょろ様に促され、鎧の金ずれの音もけたたましくマダラに生えた顎の無精ひげを撫で、彼に云われるままにザっと身を起こして立った。


「さーて、交渉が上手くいくのかいかないのか、拝見仕るとするか」

〘どうか為されましたか〙

「いえいえ、ただの詮無き独り言にて」


俺はどうやら面白い男に出くわした事だけは確からしい。


そう心の中で呟いた奇知左衛門は、さっさと客舎から表に出ようと草鞋を履くじょろ様と、山名大飯の遣いの者の置いていかれるよう。慌てて玄関先に赴くのであった。


ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。

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