ひょんひょろ侍〖戦国偏〗涙よりしょっぱい団飯。
さねの回の続きになります。では、お楽しみくださいませ♪
「いきなり泣かれたら困りますよ。さね坊?」
四之助は嗚咽し団飯を掴みかねているさねに、そっと食事が載せられた杉板を持ち上げて勧め、頬張らせた。
「さね坊の身に何があったのかは存じませんが、只今はその事は忘れて、私が調理した飯を腹いっぱい食べてください」
ぐずぐず。声を抑えて泣いていたさねは、四之助の優しい言葉を聞き、うん。と、一つ頷き大きな団飯を両の手で掴み、かぶりついた。
「…おいひい」
さねは、もしゃもしゃ咀嚼して息も碌々つかず、頬張っては飲み込み、時折大根の香の物を口に入れ味噌汁を飲み、何もかも忘れたみたいに食事を続ける。
「さね様、左様お急ぎになりますと喉を詰まらせますよ」
侍女頭である妙義はさねを気遣い、飲みやすいように温めにした白湯入りの素焼きの茶碗と鉄瓶を、コトンと彼女の傍に置きながら言った。
「ふまぬ」
口一杯に食い物をごちゃまぜにしたさねは礼を述べ、団飯片手に傍らの茶碗を持ち上げ一気に飲み下す。
けほ、けほ。
気管に食い物が白湯と共に入ってしまったのか、さねは咳き込みこれを見かねた妙技が背中をさすり、四之助は彼女の口からこぼれた食べかすをサラリと紙に包み、誰にも悟られぬように自らの懐に隠した。
さて、そんなこんなでさねの食事は短時間でサラサラ進み、最後の団飯の欠片を白湯とあてに飲み込んで、彼女の食事は滞りなく終了したのだった。
「一息つかれましたか実衛門様」
お代わりした白湯を口中に入れ、息を着いたさねはコクンと頷き妙義の言葉に同意を示す。
「妙義殿に四之助殿、あっちの様な詮無いものに斯様のお心遣い、甚く感謝いたしまする」
こう言い終わるとさねは、御台所の間の板間に三つ指を付き、深々と二人に対して辞儀をした。
「も、勿体のうございます。お、御手をお上げください!」
「左様で御座います!お礼を言われるのであれば兵庫介様におっしゃってくださいませ!」
「わかった。そうするのじゃ♪」
「「へっ⁈」」
不意に放たれたさねの元気な言葉に、妙義と四之助は呆気にとられ、思わず気の抜けた声を発して驚いてしまっていた。
「其方らの言う通りじゃ。今更悔いても、もう人の命は元に戻りはせぬのじゃ、じゃから、あっちはウダウダ悩むのを止めた」
いつもの屈託のない笑顔に戻ったさねは、満腹になった腹をポコポコ叩いては擦りつつ、やがて喉が渇いたのか、鉄瓶に残されていた僅かばかりの白湯だった水を茶碗に水から注いで、くっと飲んでぷはっと息を吐いた。
「気がお戻りになられたようで、誠に良うございます」
「そうですね。いつ会っても気が晴れやかなのが、さね坊のいいところで御座います故」
あっははは。
未だ事態が飲み込めない。いや、そもそも何故にさねが悲し気に泣いていたのかもよく分からなかった二人は、カラカラ乾いた愛想笑いを固まった笑顔で繰り出すしかなかった。
「での妙義殿、御社様は京の都のいずこに参られたのじゃ?」
パン!
両手で胡坐をかいている膝を打ち身を乗り出し、俄然仕事にやる気を見出したさねが問う。
「は、はい。細川右京太夫様の御屋敷に向かわれたと思いまするが…」
爛々とした眼で眼前まで迫ったさねの気迫に押され、知らぬ間に仰け反ってしまった妙義は、これまで何人に聞かれようとも漏らさなかった機密を、ついつい話してしまった。
「わかったのじゃ♪あっちも其処に参る♪」
そう云うや、さねは懐にしまってあった真新しい草鞋を取りだして、屋敷の玄関に置かれた履き潰した草鞋は焚きつけにしてくれとのみ言い残して、裸足のまま表に飛び出してしまって行った。
「なんと気変わりの速いこと。まるで飯井槻さまのようじゃな」
「茅野家の女性は皆、あのような御方ばかりなのでしょうか?」
ふう。やれやれと、お互い顔を見合わせ溜息をして、それではとだけ言い残し、二人は肩を揉みながら自分たちの持ち場へと戻って行った。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。




