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ひょろひょん侍〖戦国偏〗碧の紫陽花館にて。

娘侍さねの話になります。


でわ、どうぞ。


「御社様、いないの?」

「左様に御座います実衛門様。実は三日前に京の都に所用でお立ちになられまして、折角勝利の御知らせに伺ってもらいましたのに本当に申し訳ございません」


 飯井槻さまから直々に碧紫陽花館の留守を託された侍女頭の妙義(みょうぎ)殿は、心から申し訳なさそうに悲しげな表情を浮かべて、さねこと実衛門に詫びを入れたのだが、当のさねはあからさまに肩を落とし落胆して、館の玄関口である式台の石の上にペタリと尻餅を搗き座り込んでしまった。


「ど、どうかなされましたか?」


 妙義は、いつもならばニコニコされ元気いっぱいである筈のさねの、その心根の豹変ぶりに驚き、へたった少女の手を握ってそっと身を寄せると、御身に何か困りごとがあったのかと優しい口調で問うてみた。


「あっちは元気じゃし、身体もそれほど疲れておらぬし大事ないのじゃ。それより早う御社様のもとに参りたいのじゃ、どうすればよい?」


 だが妙義の問いかけに、さねはただ飯井槻さまの元へ参りたいとのみ言い募るのみで、妙義はそれ以上事情を問い質すことが出来ず、せめて御飯なり食べていかれるよう説得したところ了承を得たので、傍に控える侍女たちに任せず自ら彼女の手を取り携えて、館の御台所の間に案内することとした。


 なにはともあれ、さねは飯井槻さまの遠縁に当たり茅野一族に連なる御身分で、またその寵愛を受ける身の上でもあるので、仇や疎かには出来ないという事情もあったのも、妙義が心を砕く所以でもあった。


「四之助、四之助は居りますか?」


 妙義は御台所の間にさねを座らせ、一人、実際に料理が拵えられている大台所場の土間へと、四之助を呼ばわりながら足を向けた。


「妙義様、如何なされました」


 大台所場の土間に膝を付き畏まる料理人の中で一人、妙義の呼びかけに答えながら顔を上げる若者がいた。


「おお四之助そこに居ったか、夕餉の支度中相済まぬが食事の支度を頼めぬかや?」

「それは構いませんが、なにかありましたので?」


 訝しがる四之助を見て妙義は大台所の板間に座して手招きし、四之助を招き寄せ事の次第を伝える。


「左様ですか、畏まりましたが一つ提案があります。お聞き届け願えまするでしょうか?」

「? 構わぬ申されるがよいぞ」

「されば少し御耳を拝借」

 

 そう云って四之助は真剣な眼差しで妙義に御伺いを立てた。





「…ほう。左様な心遣いを彼の御仁がのう。想像もしませんでした」

「はい、私もその点に関しては同意に御座います」

「ではその御仁の御依頼通りに為されませ。四之助殿、頼みましたぞ」

「ははっ!」





 其の頃さねは一人、御台所の間の床板に敷かれた丸茣蓙に胡坐をかいて座し、あの箕埼表を旅立つ際のことを思い出している。


 あの時、半日にも及んだ山名勢との戦が終わり皆一息ついたころ、茅野家が軍勢の総指揮官を任じられている兵庫介から遣わされた使者に、口伝ながら是非にと請われたが為、彼女は御社様《飯井槻さま》に軍勢の大勝利をお伝えするため、即座に旅支度を整え供回りも連れず駆けだしたのだ。


 もうこんな辛い思いをするなら、たった一人の方が身軽でいい。そして出来るなら此の現実から早く逃れたい。それにはなんでもいいから働くしかない。与えられた役目を一所懸命果たすしかない。


 そう、彼女にはこうする他に道が無いように感じていた。


 さねは考える。何故あの時、彼らは死の間際まで自分の身を案じ、幾度敵兵にめった刺しに鑓を突き立てられ皮膚破れ肉が裂け、(はらわた)を野山にぶちまけようとも、一切臆せず自分を逃がそうと奮闘してくれたのかも彼女にはよく分からない。新たに西から現れた山名勢の存在を兵庫介様にお知らせする為なのか、それともあっちを逃がす為であったのか、彼らが死んでしまっていては何も分からない。


 頭の中がモヤモヤする。胸が痛い苦しい。どう挽回しよう。どうしよう。どうしよう。


 堂々巡りを繰り返す思考の闇の狭間で揺れ動くのは、大事な部下である馬廻の二人を失ってしまった、兵庫介の心情を察する気持ちであったのだ。



「さね坊、飯だよ」

「ささ、さね様。四之助特製の団飯でございます。遠慮なさらず御召し上がりになって下さいな」


 四之助と妙義は笑顔を浮かべて、杉板に載せられた食事を差し出してきた。


(だん)(めし)…?」


 それはさねが大好物のかなり大きめの(にぎり)(めし)と、葱や菜物の具沢山な豆味噌汁に大根の香の物であった。


「こちらは以前兵庫介様から依頼され託された、さね様の御心回復薬に御座います」


 さねはその言葉を聞いた途端。頬を伝わせ大粒の涙をとめどなく流し始めたのであった。


ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました♪

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