ひょんひょろ侍〖戦国偏〗気持ちの測り方。
兵庫介も一個の人間。
こんな事を考えてます。
さてその頃、ひょんひょろは山名家の雑兵姿に身を変えて、兵庫介に付けられた落ち武者姿の武者一人を伴い、散尻になって敗走中の雑兵らに混じって一路、山名大炊が居城【釜天神城】を目指して歩んでいた。
「それにしても山名勢の損害は予想以上でござりますな。まともに隊を組んでいる者は、ほぼ見受けられませぬ」
余り整えられてはいない髭の持ち主に偉丈夫である武者は、箕埼表の合戦場を命からがら逃げおおせた、山名大炊配下の各隊の惨状をつぶさに眺めひょんひょろに感想を述べた。
〘左様。流石は兵庫介殿と云うべきか、少々御社様の思惑とは違いましたが、これも戦故、致し方なしといったところで〙
「それはじょろ様が是から行おうと為される策謀の、支障になる恐れがあると捉えてよいのですかな?」
〘それにつきましては捉えどころにもよりましょうが、これはこれでよいかと思われまするよ〙
「成程、戦も政も人と同じ生き物だと申されるのですな。上手く状況を利用すれば良い。そういう事ですな」
〘その喩え、割と判りやすいと思われまする〙
「つまりは巧くいくだろうと云うのですな。ならば目出度い!」
ひょんひょろのことを〖じょろ様〗と呼ぶこの武者は、根っから気が大らかなのか、それともデカいのか、わはははは‼と大笑いして、ひょんひょろの肩をバンバン叩いた。
「へへへっ♪ 飯井槻さまお気に入りのあなた様が左様申されるなら、間違いはありませぬな。なれば先を急ぐと致しますか!」
更に大笑いした武者は、疲れ果て意気消沈する山名の敗残兵共に対して『気を落とすな!次勝てばよい!』などと、励ましの言葉をかけながらひょんひょろを急かし夕焼けに染まる空を仰ぎつつ、山際だった海岸を離れ、開けた野原に出た表街道筋をいつもの無表情な〖相変わらず顔の様子は伺い知れないが〗ひょんひょろに付き従い、意気揚々と足取りも軽く敵地を歩むのであった。
「兵庫介殿、いや御大将。ひょん殿の供は彼の者でよかったので?」
「うむ、あれくらいサバサバした者の方が此度の一件には丁度良いのだ。それと御大将は止めて呉れまいか。我らの御大将は飯井槻さまただ御一人なのだからな」
戦没者の供養を終えた兵庫介は、本陣である丘の上に戻り一杯の水を欠けて粗末な木の器で飲み、床几に腰を下ろそうとしたところで、不意に話しかけてきた紀四郎次郎の問いに応え、そして窘める。
「確かに。これは失言でした。左様なものですか。されど此度の役目はかなり重要なのでは?」
「まあ、人を直接には殺めぬ戦ではあるかな。だからこそ、あの者の様な肝の太さを持った気軽さが良いとと思い、ひょろひょんと協議の上で側に付けたのだ」
「左様で…すか」
「ふふ。アレはお主の気に入りの配下ではなかったのか?」
「確かにそうではありまするが…」
四郎次郎はどうも納得がいかないらしい。
「それより御大将。この地に砦を設けるのは如何なる理由でありましょうか」
四郎次郎はまた質問する。どうも兵庫介がこの地を占拠して砦を築き、茅野領に取り込もうとしていると思っているらしい。
「なに、これも一連の企みの一環だな。これについては儂の伯父上をはじめ配下の者共が、それ相応の策に応じた用地選定などに散っておるから、左様に気にしなくともよい」
「そうなのですか?ひょっとするとまたこれも、あのひょん殿の発案ですか?」
「まあ、そうだな」
実際の発案者は兵庫介本人なのだが、考え方が余りに浅ましかったので黙っておくことにする。
そしてそんな儂の浅ましい案を受け入れて、面白いことを考えまするなと感心されたのが少し気になるが、あやつのことだ、巧く相手を料理するだろうな。
「それにしても此度の戦の大手柄は、兵庫介殿の采配あったればこそですな。今後とも良しなに願いたい。出来ますれば拙者の如き若輩者に戦の仕方をじっくりとお教え願いたい!」
これを聞いた兵庫介はつい心の内でやれやれと、少しばかり笑いそうになった。
左様に思うか四郎次郎よ。
守護職である国主家と、彼の家を守らんとした奮闘していた守護代である深志を相手にとり、内々で下剋上の企みを推し進めていた飯井槻さまは、視野の狭い儂に対してこう申されたことがあった。
『飛んでおる鳥の目線になって、世の中を見るのじゃ』
確かこんな言い回しだった思うが、ようは軍奉行に成らされたおりに参番家老の戍亥様から云い聞かされた。
『知るところを知れ』
と云う茅野家の家訓めいた言葉と同じように、何事も知り洞察し考察すれば、自ずと進むべきが開ける。とかなるそうだ。
儂にはまだ、そこまでの悟りめいた思考にはなれてはいない。当り前と云えば当たり前なのだが、ここ最近云い聞かされたばかりなのだから直ぐに出来総筈も無かった。
だが、儂の周りで飯井槻さまを除けばただ一人、斯様な思考で世の中を渡っていけそうな男が一人いる。
まあ誰あろう、ひょろひょんのことである。
その当のひょんひょろは、供連れとは言え基本たった一人で敵地に乗り込み、機転と知恵の戦を山名に仕掛け熟さそうとしている。
言ってみればアヤツこそが茅野家第一の勇者なのだ。
そのような考えに至り兵庫介は、先程の四郎次郎の言葉に可笑しみが湧いてきたのだった。
「ところでさね様は飯井槻さまのもとに勝報を伝えに走ったか?」
「半刻ほど前に立ちましたが、どうかされましたか」
「いや、あの方も色々大変であろうなと思ってな」
儂が付けた馬廻を敵情探索中に襲われ二人とも失い、しかもそれが彼女の身を庇いつつ目前で壮絶な討ち死にをされたのだ。
いかに気丈で類まれな胆力を持っていたとしても、若すぎるさね様には堪えたに違いない。
「その御気持ち勘案して、飯井槻さまのもとへ差し遣わされたのですな」
「儂のの血なまぐさい匂いを嗅いでいては後ろめたさが先に立ち、気も益々沈まれるであろうからな。なれば実の姉のように慕われている飯井槻さまにお合わせした方が、心の整理が付けやすかろう」
この言葉を聞いた四郎次郎は、儂の顔に見合わぬ気遣いに甚く感心した様子だが、これも、実際の儂の思いとは丸で違うのだ。
儂は只、そんなさね様が面倒臭かっただけなのだ。
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でわ、またー♪




