ひょんひょろ侍〖戦国偏〗戦後処理。
いつもお読みいただき感謝に堪えません。
遅くなりましたが続きになります。
それではお楽しみくださいませ。
「戦、どうなったかのう」
道中を急ぐ輿の中から、飯井槻さまはぼんやりそんな言葉を口にした。
「戦上手の兵庫介さまのこと故、必ず勝っておりましょう」
傍らを歩む珠は、律儀に言葉を返す。
「まあの、負けたら仕舞じゃからのう。勝ってもらわねば話にならぬが、されど根が朴念仁なアヤツのこと、わらわの算段を加味せずに大いに勝って居そうで困るのじゃ。ふししし♪」
「はあ」
飯井槻さまのおっしゃることの意味がよく分からない珠は、カラ返事をしてしまう。ふふっと、そんな困り顔の侍女の姿に飯井槻さまは好ましいものを感じ、ついつい御簾の内側で微笑んでしまった。
「それにしても暑いのう」
気怠さ満載の熱気にやられた言葉が、輿の中からまたも聞こえた。
「御簾、少しばかり透かしましょうか」
今度はふみが輿に話しかける。
「ん?まあいいかのう」
「左様でございますか。もし耐えられぬ様でありましたら遠慮のう御声掛けくださいませ」
「ふむ、承知したのじゃ」
輿の中からまたまた気の抜けきった声が、心配する侍女二人の耳に届けられた。
「飯井槻さまは大丈夫でしょうか?」
「わたくしはそれよりも、なんでまた斯様に御忙しい時期に京に御登りになられているのかが気になります」
ふう。
幼馴染で仲良しの侍女二人はため息をついた。
飯井槻様一行の携行人数は六十人。向かう先は戦乱の匂いが抜けそうもない京都であった。
「四郎次郎よ、坊さんは如何ほど集まりそうか?」
「それがこの辺りは人家も少なく寺も中々見当たらず、坊さん探しに皆難儀しておりまするが、先程拙者が受けた報告では、確か一人は確保したと聞いております」
「そうか、皆には苦労を掛けるな」
「なんの此れしき。あなた様が居なければ茅野家は存亡の危機に陥っていたでしょう。弔いの坊主を探索するくらい訳はありませぬ」
紀四郎次郎は戦明けの興奮が冷めやらないのか、上気した顔で淡々と仔細を述べる。
現在、兵庫介指揮下の茅野勢は箕埼表に全域に展開して、茅野家と山名家双方の遺骸をかたずけている。
これらの遺骸は一か所に集められていて、小荷駄隊の小者に侍身分も混じり一緒に幾つかの大きな墓穴を掘っており、やがて遺骸はこの大穴に並べ重ねられ土饅頭の塚になる予定だった。
「とは言っても、これも政の一環なんだよなあ」
兵庫介は顎に手を当て、はあ~~……。っと、溜息をつく。
「今なんと?」
「ん?儂は正直気が進まんのだが、これも謀の一環なのだと申したのだ」
此度の戦では双方合わせて二千二百余の命が冥途へと旅立った。
一戦で、それも半日の戦いで、両家総勢一万にも満たない軍勢がぶつかり合いを行って、これだけの犠牲者が出た戦は儂の知る限り極めてなかろうか、これに怪我人を入れれば、その内どれだけの人数が死なずとも不具になったのか、想像するだに胃がきりりと痛んでしまう。
「意外と、御優しいですな兵庫介殿は」
「なんの、女々しいだけでござる。軍人にあるまじき心根やもしれぬと、常日頃から自分を律しておるが、こればかりはどうにもならん」
確かに儂は戦の策を練ったり、作事のように何もない土地から有を造り出すのは大好物だ。
それはモノを見定め、現状に合うものを考え抜き、これを施工するまでの過程がこの上なく楽しいからだ。そしてこれを実行してしまえば一旦は心が空虚になるが、さりとて興味が薄れるわけでもない。
だから儂は、儂の立てた策によって者の為にせめてもの弔いを致すのだ。
これはあくまでも『穢れ』を『畏れる』為の行事ではない。
自らの行いを律する行為の一環であるのだが、この浅ましき考え方が、儂の胃袋をチクチクと刺激して正直堪らぬ。
結局のところ、儂が執り行おうとしている行事は政云々(うんぬん)が絡もうと絡むまいと、他の人々が執り行っても同じように、ただの自己満足にしかすぎぬのだ。
気持ちの区切りをつけるための行為でしかない。
なんせ儂は、次に起こり得るであろう戦にどう対処していくべきか、それのみが頭の中を大いに駆け巡り、しかもそれを考えることが楽しくてたまらぬ阿呆なのだからな。
だから此度の戦で敵の探索を役目としてきた『さね』様が、その敵に見つかり逃げおおせる際に、身代わりの盾となって儂の馬廻の二人が討死にしたと聞いても、特にこれといった感想も感情も持ち合わせることが出来はしなかったのだ。
直に体験した当の本人は泣きじゃくり、落ち込みまくっているというのにだ。
一個の人間として儂という人間はどうなんだろう。
ああ、腹痛くなってきた。
「どうなさりました?」
「いや、なんでもない。えっと、どこまで話しておったかな?」
「はあ、まあそれならよろしいんですが。ええと、兵庫介殿が此度の弔いが、謀の一環と申されたところでした」
「そうだったな」
兵庫介は下を向き座する床几を眺め、四郎次郎に答える言葉を選ぶために思案をするが、良い言葉が一向に思い当たらなかった。
「まあアレだな。飯井槻さまもそうなんだが、ひょろひょんも乾いた思考の持ち主だということだな」
「とは?」
四郎次郎はついっと兵庫介に向け身を乗り出す。
「有体に申さば、ついさっきまで戦っていた山名大炊とその一派を、こちら側に取り込む手立てのためだそうだ」
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。




