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ひょんひょろ侍〖戦国偏〗箕埼表の戦い・後編(二) 終幕

兵庫介率いる茅野勢と、山名大炊が率いる山名勢との激突をお楽しみくださいませ♪


「見えた」

「見えたぞ」


 箕埼表の東側で海側の樹上に隠れ敵情を観察していたのは、参ノ陣を預かっている紀又兵衛久政の配下である。彼らは目前を通り過ぎる新たな山名勢の進軍具合や隊列などの様子を、繋ぎの者に伝え走らせた。





「山名勢、もはや八半里先!」


 紀又兵衛の近くに立つ武者が彼に現状を報告する。


「構えよ」


 又兵衛は兵庫介らの軍勢と同じく竹柵の内側に軍勢を控えさせ、手順通り敵襲に備えさせていた。


 だが彼ら参ノ備を構成する多くの将兵は、小戦(こいくさ)にこそ出たことはあったが、この様な大戦(おおいくさ)に関わった事など又兵衛と一部の者を除き、これまで一切なかった。


 自ずと彼らから緊張の色に包まれた表情が見て取れ、心なしか手や足も震えている。


 しかも一足先に少しばかり西側の山中では、戦に有利な高所を取り合う合戦が始まっていたのだった。


「おい、お前ら! とっくに他の備の奴らは戦って敵を押し戻しているそうだ。負けたくなかったら気合を入れやがれ!」


『『お、おう』』


 全く気合が入ってねぇ。


 だがこちらの気の入れようなどお構いなしに、山名勢は粛々と行軍を進め、更には第一陣が徐々に横隊に拡がり小者が矢盾を揃え、主人である武者の身体を覆い隠していく。


「来るぞ!」

(はな)ァーて!』


 喚声を上げ突進を始めた山名勢に、参ノ陣の将兵は先ず拳大の(いし)(つぶて)を布でくるみ手で回転させ遠投を行う。


 次々に放られた石は弧を描き構えられた盾や人に当たってはいくが、どうにも命中率が悪くその上纏(まと)まりもないので、どうにも敵の足を止めれそうにない。


 しかも敵は駆けながら弓矢や石を我らに打ち込んで来るのだが、これが見事なくらいに正確で


『放て!』


 お次は弓矢の登場だが、これも石礫同様で矢は的が絞れず盾に突き刺さるか、はたまた敵の足元や頭上を襲うのまであり、どうにもこうにも話にならない。だがな。


「もう少しだ。来い!」


 又兵衛が云うが早いか、ドッと山名勢が将棋倒しになった。しかも後続をも巻き込んでその人数は鰻登りに増えていく。


「へぇ。ただ地面に張り巡らせた縄なのに存外巧くいくもんだ」


 又兵衛は兵庫介から授けられた悪戯に甚く感心しつつ、自ら率先して鑓を振るい大笑いしながら倒れた敵を仕留めていく。


「皆の者聞け!斯様に戦は簡単であろうが!」


 又兵衛はそう言ってまた大笑いした。


 これを見た陣内の者共はこれに釣られるが如くに大笑いして、緊張が(ほぐ)れ、続々現れる敵勢に落ち着いて対処できるようになっていった。





 この頃、箕埼表東側の戦いは膠着状態に陥っていた。


 二千五百弱の兵力を三手に分け波状攻撃を繰り返す山名勢は、再攻勢から一刻半、表街道側に陣取る茅野勢の柵を僅かばかり西に押した意外は、これと云った成果もあげられず、表街道筋以外の包囲陣は、牽制の攻撃を延々と繰り返しているのみであった。


 しかしこれは無理もなかった。命がけで竹柵の一部を破壊するか引き倒しても、直ぐに代わりの柵が後方に現れ、引き倒す直前には入れ違いに柵が組み込まれてしまい防備に穴が生じず、結果的に平野部の茅野勢を、僅かに下がらせていただけだったからである。


 そうなってしまった原因の一つが、兵庫介が構えさせた柵の仕組にあった。


 実のところ柵は横から見ると〖丄〗のような形をしており、しかもそれぞれ個別に組まれて地に据えられ、この内側に盾が等間隔で並べられる構造となっていた。


 この形が示す様に天辺の竹に縄をかけ杭で地面に打ち込めば、鍵爪を掛けて多少引いたくらいでは倒すことは出来ようはずもなく。また押して倒そうとしても、柵内から兵の抵抗に遭う事は必死で、簡易な構造ながら防御力と云う観点から見れば、中々に優れた造りの工作物であったのだ。


 このため、大炊や惣兵衛が目論んだ早期の表街道柵の攻略は遅々として進まず、二人を其々(それぞれ)の意味で苛立(いらだ)たせる結果をもたらせた。


「まだか、まだ攻め抜けぬか」

「もう(しば)しの辛抱にござる」


 業を煮やした大炊に呼び出された惣兵衛は、懸命に主をなだめたものの、貴種の貴種たる故の性癖からなのか、大炊の気分がさほどには待ってはくれないことを、惣兵衛は経験上から見抜いていた。


 とは申せ、これでも他の御歴々と比べれば、随分気の長い御人ではあるのだが…。


僭越(せんえつ)ながら、(それがし)が攻めることをお許し願いたい」

「やってくれるか。じゃが伏兵は大丈夫なのか」

「いま街道筋を攻めおる隊と交代するだけの事、よしんば敵が現れ攻め寄せたと云えども直ぐさま馳せ参じます故、御心配召さるな」


 惣兵衛はこれだけ言い残し、後方で待機中の自軍に戻るや、自らが率いてきた兵三百を引き抜き、表街道攻略中の隊を後方へと差し向け柵に攻めかかった。


「今だ。旗を振れ!」


 兵庫介は床几を立ち借り物の軍配を振るや、丘の頂上から長い竹の先に結わえられた茅野家の旗印【白地に赤餅】が、大きく左右に()られた。


「者共、かかれ!」


 紀四郎次郎の雄叫びと共に、予備に留め置かれていた兵三百が(ひと)(かたまり)となって丘から駆け下り、前方へと一気に倒された柵を越えた。


 山名勢の包囲の一角が突き崩された。


「しまった!」


 惣兵衛は叫び直ちに馬首を返し迎え撃とうとしたが、兵庫介はこれを阻むように表街道筋を中心とした柵陣から、猛烈な反撃が開始され身動きが出来なくなった。


 この間も、四郎次郎以下の将兵は脇目もふらず山名大炊の本陣を目指す。


 そして前線の、それも突破された山名勢を中心に動揺が走り浮足立った。


 すかさず空いた穴をさらに広げて敵を叩く為、兵庫介自らが主だった者に言い聞かせた通りに、後方支援をこれまで行っていた小者二百人と、柵を守備していた武者二百人を繰り出して柵内の味方とを呼応させ、彼の陣頭指揮のもと、茅野勢を柵外から圧迫していた敵を前後左右から攻撃させた。


 これにより丘を東側から攻撃していた山名勢は事実上崩壊した。


「むう。じゃが戦はこれからじゃ!」


 大炊が見たところ、敵は予備をすべて投入し、果ては荷駄を預かる小物までも投入して攻勢に打って出ている。であれば、総予備軍を兼ねている後方の軍勢と、大炊自身が握っている本隊の軍勢を合わせれば押し返すことも可能だ。


 幸い、惣兵衛の軍は周囲の軍勢をも取り纏め、茅野勢の正面柵内からの反撃をしのぎ押し戻し始めている。


 今しかない。


 そう決断した彼は、本隊から将兵四百を引き抜き、それを四郎次郎の軍勢から本隊を守る為、機動防禦を始めた後方の部隊をすり抜けさせるように突進させ、開いた穴を拡大しながら山名勢を駆逐している茅野勢のさらに後方に展開させて押し戻し、手薄になったであろう丘まで一挙に陥れようと目論んだ。


 丘さえ取れば、あとは軍勢を左に旋回させるだけで、例え大将首が取れずとも茅野勢を背後から包囲殲滅出来るのだ。


「うむ、これで勝った」


 大炊が胸をなでおろし、前線の督戦を行おうと愛馬の足を前に一歩進めた時。


『『殿様ァ!助太刀に参ったぁァアア‼』』


 南の山肌の緩やかな坂から、突如として右左膳を先鋒とした神鹿勢三百が幾筋もの濁流となって大喚声を上げ戦場に突入してきた。


「うふふ♪ 斯様な戦だったら頭の古いワシにもわかるわい」


 傍らには、道案内の役目を兵庫介から請け負ったひょんひょろを伴い、神鹿勢総大将の神鹿十兵衛は巧みに馬を操り戦場に舞い降りるや、大炊を守るため即座に陣形を変換した山名本隊と、今まさに衝突寸前となった軍勢をさらり左右に別れさせた。


 直後に山名本隊は爆炎に包まれた。


「おお! 久方ぶりに聞く霹靂(へきれき)()は格別じゃの!」


 左膳以下の騎馬武者から投げ込まれたのは、神鹿家御自慢の爆発物である〖霹靂(へきれき)〗である。


 この一斉投擲による地面を揺るがすほどの爆音が、この合戦に終止符を打った。


 我が身を(かえり)みず、爆炎の中で落馬した主を救い出した惣兵衛は、大半の配下を失いつつ辛くも戦場を離脱して山中へと消え、残された山名勢は追い打ちを掛ける茅野勢によって、西の軍勢もろとも総崩れとなった。


 合戦による山名勢の遺棄死体は二千を越え、対する茅野勢の損害は二百余であった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


次回をお楽しみに♪

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