氷の姫は、十秒すら耐えられない
放課後の屋外訓練場には、夕暮れ前の涼やかな風が吹き抜けていた。
訓練場の端に立ち、銀色の髪を風になびかせるルナティア・フォン・エーデルシュタインは、いつにも増して凛とした、近寄りがたいほどの威厳を放っていた。
すれ違う他の生徒たちが思わず背筋を正して道を譲るその姿は、まさに王立学園が誇る『氷の姫』そのものである。
だが、その涼やかな蒼眼の奥で渦巻いているのは、昨夜ベッドの中で三時間かけて練り上げた、涙ぐましいまでの決意だった。
(……昨日は不覚を取りましたけれど、今日の私は一味違いますわ!)
ルナティアは胸の内で、昨夜策定した極秘計画――『ノエル様密着耐性向上計画・改訂版』の条文を復唱していた。
昨日の練習では、ノエルと背中を合わせた瞬間に理性が蒸発し、足元から大量の氷の薔薇を咲き誇らせるという大失態を演じてしまった。
あの時は咄嗟に『氷華結界』などというもっともらしい名前をでっち上げて誤魔化したものの、このままでは競技祭本番でノエルの足を引っ張りかねない。
そこで彼女が新たに設定した目標は、きわめて現実的かつ段階的なものだった。
第一段階。
背中を合わせてから十秒間は、何が何でも平常心を保つこと。
そして最終段階。
(……訓練中に、結婚式や新婚生活の想像をしないこと!!)
ええ、完璧な計画ですわ。
いきなり無心になろうとするから無理が生じるのです。
まずは十秒。
十秒間だけノエル様の体温を単なる物理現象として処理できれば、私の優秀な頭脳ならすぐに順応できるはずですわ!
ひとり静かに拳を握りしめていたルナティアのもとへ、二つの影が近づいてきた。
同じチームのラウルとエリクである。
なぜか二人は、王宮の近衛兵が上官の前に出るかのような、ひどく緊張した直立不動の姿勢でルナティアの前に立ち止まった。
「ル、ルナティア様。昼休みに仰っていた『戦術上必要なノエルの集中力の波と生活習慣』についての調査報告なんですが……」
ラウルが周囲を窺うように声を潜め、真剣な面持ちで切り出す。
昼の食堂でルナティアが放った異常な熱量の質問攻めを、彼らは『氷の姫による、勝利のための徹底したデータ収集』だと完全に信じ込んでいたのだ。
「あいつ、昨日の夜は寮の机に突っ伏して寝落ちしてまして。俺が毛布をかけに行ったとき、寝言で『うーん……そこは氷の経路が……』って呟いてました」
「あと、ご指定のあった使用ペンのインクですが、黒です。姿勢はやや前傾でした。以上、報告を終わります!」
エリクが眼鏡の位置を直しながら、几帳面に付け加える。
その瞬間。
ルナティアの脳内に、晴天を劈く特大の雷が落ちた。
(…………は?)
(……寝言で!?)
(……氷の経路ですって!?)
それってつまり。
ノエル様は昨日の夜、寮のお部屋で一人きりの時間にも、さらには夢の中に至るまで、私の氷魔法のことを考え続けてくださっていたということですの!?
衝撃のあまり、ルナティアの魂が七人分まとめて天界へと召し上げられそうになる。
(……な、なんという僥倖!!)
(でかしたわラウル様! エリク様!)
(昼休みの段階では単なる情報源などと呼んで申し訳ございませんでしたわ!)
(あなたたちのその卓越した諜報能力を称え、今日この瞬間からエーデルシュタイン伯爵家の特別顧問に任命いたしますわァァァ!! 来季のボーナスは弾みますわよォォォ!!)
内心では今すぐ二人の胸元に最高位の勲章をねじ込みたいほど大歓喜していたが、外側の氷の姫は、ピクリとも眉を動かさなかった。
「……ええ。ご苦労様ですわ、お二人とも。戦術を構築する上で、きわめて有益な情報ね」
「お、おう! 役に立ったならよかったぜ!」
「やはりルナティア様は、仲間のコンディション把握にも一切の妥協がないんですね……」
涼やかな顔で厳かに頷くルナティアを見て、ラウルとエリクは「やっぱり氷の姫は勝負に対してストイックすぎる……」と勝手に深い感銘を受けているのだった。
*
そこへ、鞄を抱えたノエルがリーゼとともに駆け寄ってきた。
「すみません、お待たせしました! あの、ルナティア様。練習を始める前に、昼に言っていたこれを見てもらってもいいですか?」
ノエルは訓練場の脇にあるベンチに鞄を置くと、中から一冊の分厚いスケッチブックを取り出した。
使い込まれて少し角が丸くなった、革表紙の帳面だ。
「僕のアイデアノートなんですけど……昨日の夜、少し書き足してみたんです」
手渡されたスケッチブックを、ルナティアはまるで建国神話の時代から王家に伝わる聖遺物でも受け取るかのような、極めて恭しい手つきで押し戴いた。
(……こ、これがノエル様の思考の結晶!!)
(黒いインクで綴られた、ノエル様の脳内そのもの!!)
指先が震えそうになるのを必死に抑えながら、ルナティアはベンチの端に腰掛け、そっと表紙を開いた。
ノエルも彼女のすぐ隣に、覗き込むように立つ。
最初の数ページには、以前魔道具工房で話していた、空気中の微量な魔素を集めるための小さな装置の図面が並んでいた。
さらにページをめくると、競技祭に向けたチームの陣形案や、リーゼの風魔法とノエルの剣撃を合わせるための軌道メモなどが、丁寧な文字で書き込まれている。
(……むっ)
ルナティアの眉が、わずかにピクリと動いた。
(このページ、あの風来坊の女の名前が三回も書いてありますわね)
(戦術メモとはいえ、ノエル様の聖典に他の女の名前が刻まれているなど言語道断ですわ! あとでこっそり、このページだけ最高級の魔道糊でぴったり貼り合わせて開けないようにしてしまいましょうか!)
そんな極めて不穏な工作計画を脳内で立案しながら、ルナティアが最新のページをめくった、その時だった。
彼女の白い指先が、ピタリと止まった。
見開きのページいっぱいに描かれていたのは、昨日ルナティアが感情を暴走させて咲かせてしまった、あの『氷華結界』――氷の薔薇の、驚くほど精密で美しいスケッチだったのだ。
花びらの重なりや氷の結晶の角度まで丁寧に模写されたその絵の周囲には、どうすればルナティアの魔力負担を減らしつつ、この氷の造形を『敵の進路を制限・誘導する氷壁』として実戦に組み込めるか、何通りもの構造案と計算式がびっしりと書き込まれていた。
さらにはページの隅に、ラウルたちが報告してくれた通り、寝落ちする直前に書いたのであろう、少しインクが滲んだ『氷の経路』という走り書きまで残っている。
「昨日のルナティア様の魔法、本当にすごく綺麗だったから……ただの偶然や失敗として消してしまうのが、なんだかすごくもったいなくて」
隣でスケッチブックを覗き込みながら、ノエルが少し照れくさそうに頬を掻いて笑った。
「僕にはあんな高度な魔法は使えないけど、配置や構造を工夫すれば、ルナティア様に無理のない魔力消費で、競技祭の切り札にできるんじゃないかなって……昨夜、いろいろ考えてみたんです。どうでしょうか?」
優しい琥珀色の瞳が、期待と少しの不安を混ぜてルナティアを見上げる。
その瞬間。
ルナティアの脳内温度は、氷の魔道士にあるまじき速度で沸点へと到達した。
(…………っ!!)
(昨夜、寮で夜遅くまで描いていた図面って、本当に最初から最後まで、私の魔法のことですの!?)
(私が不埒な妄想の果てに暴発させただけの恥ずかしい氷の薔薇を、『綺麗だったから』『もったいないから』と、寝る間も惜しんでこんなにも一生懸命に……!?)
胸の奥がギュッと締め付けられ、次の瞬間には、七人分の狂おしいほどの愛しさが濁流となって溢れ出した。
(……ああああ、好き!!)
(好きですわノエル様ァァァ!!)
(もう駄目ですわ、このスケッチブックを今すぐエーデルシュタイン家の地下宝物庫の最重要区画に封印し、ゆくゆくは私の棺桶の枕元に一緒に入れてもらいますわァァァ!! 来世も再来世も、この図面を抱いて眠りますわよォォォ!!)
訓練が始まる前にして、昨夜立てた最終段階『結婚式を想像しないこと』はおろか、墓場から来世に至るまでの人生設計が秒速で完了してしまった瞬間であった。
*
「よし、じゃあこの図面の通りに、動きながら氷壁を展開する練習をやってみようぜ!」
ラウルの掛け声で、五人は訓練場の中央へと広がった。
今回の連携は、ノエルとルナティアが背中合わせの陣形を保ったまま移動し、ノエルの合図に合わせてルナティアがジグザグの氷壁を生成。
そこへ誘い込まれた敵を、リーゼの風を受けたノエルが斬り伏せるという手順だ。
訓練場の中央で、ルナティアとノエルが背中を向けて立つ。
コトン、と二つの背中が触れ合った。
「では、いきますよ、ルナティア様」
「……ええ。いつでもどうぞ、ノエル様」
氷のように澄み切った声で答えながら、ルナティアは全身の神経を総動員して自らを律していた。
(……いきますわよ、私!)
(まずは第一段階、十秒間平常心ですわ!)
(一、二、三……よし、いけますわ! 背中に伝わるノエル様の体温を、ただの暖炉の熱だと思い込むのです! 昨日の私とは違いますのよ!)
「じゃあ、まずはゆっくり右へ回り込みながら歩幅を合わせますね。せーのっ」
ノエルが声をかけ、最初の一歩を踏み出した。
その瞬間だった。
ズサッ、と互いの制服の布地が擦れる小さな音とともに、背中越しにノエルの肩甲骨がぐっと動く感触が、ダイレクトにルナティアの背中へと伝わってきたのである。
(…………っ!?)
ルナティアの蒼眼が、カッと見開かれた。
昨日の練習では、二人はその場に『止まって』背中を合わせていた。だからまだ、意識を逸らす余地があったのだ。
しかし今日は『動く』のである。
ノエルが一歩足を踏み出すたびに、背中の接地面が微妙にズレ、離れたかと思えば、次の瞬間にはバランスを取るためにノエルのたくましい背中がより強く、ぐっと押し当てられてくるのだ。
(ちょ、ちょっとお待ちになって!?)
(聞いておりませんわ!!)
(動くと摩擦が発生しますのね!? 布が擦れる音も、筋肉が動く感触も、背中の情報量が静止時の十倍以上に跳ね上がっておりますわよォォォ!!)
第一段階の十秒ルール、開始わずか三秒で木っ端微塵に粉砕。
背中に集中しすぎるあまり、ルナティアの脳からは『人間はどうやって二本の足で歩くのか』という基本的な運動プログラムが完全に消去された。
結果として彼女の身体は、右手を前に出すと同時に右足が前に出て、左手を出すと同時に左足が出るという、作られたばかりのブリキの人形のごとき、世にも奇妙なカクカクとしたすり足運動を開始してしまったのである。
「……ん? あれ?」
背後でギギギ、ガガガ、とでも音がしそうなほど不自然に揺れている気配に気づき、ノエルが不思議そうに足を止めた。
「ルナティア様、大丈夫ですか? やっぱり、後ろ向きに気配だけで動くのはやりにくいですよね」
「っ、い、いいえ! 問題ございませんわ、少し靴底の滑りを確かめていただけですの!」
苦しすぎる言い訳を口にするルナティアに、ノエルは「無理しなくて大丈夫ですよ」と優しく微笑むと、背中合わせの体勢のまま、自分の左手をすっと後ろへ回した。
そして、魔道杖を握っていない方のルナティアの細い手首に、後ろからそっと指先を添えて支えたのである。
「……最初は、こうしましょうか。こうして手に触れていれば、僕がどっちへ重心を移して足を出すか、ルナティア様にもすぐ伝わると思います」
(…………は?)
背中という広大な面積での接触に加え、手首という極めて局所的かつ無防備な部位への、ノエルの温かい指先の接触。
ルナティアの頭の中で、最後の理性を繋ぎ止めていた細い糸が、プツンと小気味よい音を立てて千切れた。
(……て、手首を、掴まれましたわ!?)
(背中を預け合い、手を取り合って、二人で同じ歩調で前へと歩む……)
(……これもう、実質的に大聖堂の祭壇へと向かうバージンロードを歩いているのと完全に同義ではございませんこと!?)
もはや十秒ルールどころの話ではない。
ルナティアの視覚と聴覚は完全に訓練場から離脱し、脳内にはステンドグラスから降り注ぐ七色の光と、厳かなパイプオルガンの音色、そして純白のヴェールを被った自分とタキシード姿のノエルが完全に投影されていた。
「いきますよ、ルナティア様。いち、に……今です、前方に誘導用の氷壁を!」
ノエルの力強い合図が響く。
ルナティアは夢見心地のまま、「ええ、誓いますわ……」と呟きかけた言葉を飲み込み、条件反射で魔道杖を振るった。
本来であれば、ノエルのスケッチブックに描かれていた通り、前方の敵の進路を左右に分断する『ジグザグの氷壁』が立ち上がるはずだった。
しかし。
頭の中が大聖堂の結婚式で百パーセント埋め尽くされていた氷の魔道士が、その卓越した魔力制御によって具現化してしまったのは――。
ピキピキピキッ、と美しい音を立てて地面が凍りつき、二人の足元から前方三十メートル先の標的まで、寸分の狂いもなく真っ直ぐに伸びる『純白の氷の絨毯』。
しかもその両脇には、昨日の『氷華結界』の薔薇が等間隔で美しく咲き誇る飾り柱まで丁寧にしつらえられた、どう見ても一点の曇りなき『バージンロード(一直線の花道)』だったのである。
太陽の光を受けてキラキラと神々しく輝く氷の花道を前に、訓練場が水を打ったように静まり返った。
しばらくの沈黙のあと、空中で風魔法の準備をしていたリーゼが、ぱちくりと目を瞬かせて素直な疑問を口にした。
「……えっと、ルナティア様? これ、敵の動きを制限して誘導するっていうより、敵を真っ直ぐ私たちの目の前まで盛大に歓迎して招き入れる花道になってませんか?」
(…………)
……あ。
(……やっちまったァァァァ!!)
リーゼの的確すぎる指摘に、ルナティアは内心で頭を抱えて絶叫した。
(またですわ!! また私の頭の中のハレンチな婚姻妄想が、そのまま氷の造形物となって世間に公開されてしまいましたわァァァ!!)
(なぜ私の魔力はこうも正直に脳内映像を出力してしまいますの!? 氷魔法のバカァァァ!!)
顔面から火が出そうなほどの羞恥心にルナティアが立ち尽くしていた、その時である。
「……いや、待てリーゼ! よく見ろ!」
前衛で構えていたラウルが、ハッと息を呑んで声を上げた。
隣にいたエリクも、眼鏡をカッと光らせて深く頷いている。
「そうか……そういうことか! ジグザグの壁では敵が警戒して足を止めてしまう。だからあえて、一切の障害物がない一直線の美しい道を作ることで敵の心理的な油断を誘い、最短距離で突っ込んできたところをノエルのカウンターで一網打尽にする……名付けて、退路なき『死の花道』だ!!」
「なっ……!? さすがルナティア様、昼休みにノエルの集中力と踏み込みの角度を徹底的に分析していたのは、この超攻撃的陣形のためだったんですね!」
(……死の花道って何ですの!?)
(これは愛と祝福に満ちた生のバージンロードですわよ!?)
斜め上すぎる特別顧問二人の深読みに内心で猛烈なツッコミを入れつつも、ルナティアは滝のような冷や汗を流しながら、氷の姫の完璧な微笑みを貼り付けた。
「……え、ええ。そのとおりですわ、エリク様。あえて退路を限定し、最短で決着をつけるための布陣ですの」
「す、すごいです、ルナティア様! 僕の図面をさらに発展させて、そんな大胆な戦術を思いつくなんて!」
隣でノエルまでが目を輝かせて感心してしまい、ルナティアは良心の呵責と羞恥心で、今すぐ自分が作った氷の柱の陰に隠れて溶けてしまいたかった。
*
「でも、本番でいきなりこの大技を使うのは少しリスクが高いかもしれませんね。まずは、スケッチブックの基本のジグザグ壁から、もう一度だけ試してみませんか?」
ノエルの優しくて真っ直ぐな提案に、ルナティアは小さく息を吐いた。
手首に触れているノエルの指先は、まだ温かいままだ。
ふと横目で見ると、ノエルが本当に楽しそうに、そしてルナティアの魔法を心から信頼した目で前を見据えているのが分かった。
昨夜、彼が眠い目をこすりながら、自分の失敗から生まれた魔法を必死に形にしようとペンを走らせてくれたこと。
その誠実な想いを思い出した瞬間、ルナティアの胸の内で渦巻いていた暴走気味の妄想が、すっと静かな熱へと変わっていった。
(……そうですわね。ノエル様がせっかく私のために考えてくださった大切な戦術ですもの。まずは一度、完璧に成功させてお見せしなくては、氷の姫の名が廃りますわ)
ルナティアは軽く目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
今度は十秒数えることもしない。結婚式の幻影も追い払う。
ただ、背中に伝わるノエルの重心の移動と、手首に触れる指先のわずかな力加減、そして彼の呼吸のリズムだけに、自分の魔力の波長を純粋に重ね合わせていった。
「いきますよ、ルナティア様。いち、に……三っ!」
ノエルが地面を蹴る。
今度はカクカクとしたすり足にはならなかった。
ノエルが右へ踏み出せば、ルナティアは流れるような足さばきで左へと回り込み、二人の背中がまるで最初から一つの生き物であったかのように滑らかに旋回する。
「今です!」
「――咲きなさい!」
ルナティアが杖を一閃する。
冷気が地面を走り、今度はスケッチブックの図面と一分の狂いもない角度で、薔薇の装飾を伴った三枚の氷壁がジグザグに隆起した。
標的の魔道具がその壁に阻まれて軌道を曲げた瞬間、リーゼの追い風を背に受けたノエルが、氷壁の側面を足場にしてタッと跳躍する。
夕陽を反射したノエルの剣が美しい弧を描き、標的の中心を見事に捉えて両断した。
「……できた!!」
着地したノエルが、ぱっと振り返る。
額にうっすらと汗を光らせながら、少年のように無邪気で、眩しいほどの満面の笑みをルナティアに向けてきた。
「ルナティア様、今の見ましたか!? 完璧です! 氷壁の角度もタイミングも、僕が思い描いていた以上でした!」
「おおーっ! すげえぞ二人とも、今の連携ならどんな相手でも抜けるぜ!」
「魔力の無駄も全くありませんでした。見事です!」
ラウルとエリクが歓声を上げ、リーゼもパチパチと拍手を送る。
自分の放った氷が、ノエルの考案した通りの形となって戦場を彩り、そして誰よりもノエル自身の剣を輝かせることができた。
その事実が、ルナティアの胸の奥を、いつもの激しい暴走とは違う、じんわりと優しく温かい幸福感で満たしていく。
彼女は手首に残る温もりを確かめるようにしながら、今度こそ作り物ではない、とても柔らかな微笑みをノエルに返した。
「……ええ。ノエル様の描いてくださった図面が、素晴らしかったからですわ」
夕暮れの茜色の光の中で、二人はどちらからともなく見つめ合い、小さく笑い合った。
*
――と、そんな美しく爽やかな青春の一ページで終わるはずがないのが、七人の最狂ヤンデレを宿す伯爵令嬢である。
練習が終わり、片付けを始めた帰り際のことだった。
ノエルが大切にスケッチブックを鞄にしまいながら、何気ない調子でこう言ったのだ。
「今日の実際に動いてみた感覚をもとに、今夜もう少しだけ図面を書き直してみますね。だからルナティア様、明日もまた、最初から手をつないで歩幅を合わせる練習から始めましょう!」
(…………っ!!)
しんみりとした感動の余韻に浸っていたルナティアの脳内に、再びけたたましい警報が鳴り響いた。
(今夜もまた、寮のベッドに入る直前まで私の魔法のことを考えてくださる!?)
(しかも明日は、手首ではなく『手をつないで』練習を始めると仰いましたの!?)
せっかく芽生えた清らかな達成感は一瞬にして吹き飛び、ルナティアの頭の中では早くも『ノエル様密着耐性向上計画・第三版(手指接触および長期保持対応型)』の策定が猛スピードで開始された。
(……手首ですらバージンロードを建設してしまった私が、指先を絡めて手をつないだりしたら、明日は一体何を建造してしまいますの!?)
(訓練場のど真ん中に、氷の大聖堂でもそびえ立たせてしまいますわ!!)
(こうなったら今夜は、屋敷の廊下にある大理石の柱をノエル様に見立てて、一晩中手をつないで歩く特訓をするしかありませんわね!!)
もし屋敷の侍女たちが目撃したら、お嬢様が過労でついに正気を失われたと泣いて医師を呼びに走りそうな特訓を決意しながら、学園最強の『氷の姫』は、
「……ええ、楽しみにしておりますわ、ノエル様」
と、誰よりも優雅に微笑んで帰路につくのだった。
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