カルテ01 山田が語る 聞こえルンです
「こちらへどうぞ」
クリニックのスタッフに案内されて、男性が診察室へ入ってきた。
山田修さん、42歳。
近くの町の電器店で、修理専門の仕事をしているという。
初診時の問診票には、幻聴を思わせる症状についての記載があった。
これまでにも何軒かのクリニックを受診しているようだ。
「どうも、山田さん。院長の中山です。よろしくお願いいたします」
訪れた人を不安にさせないためにも、私はあくまでも明るく、にこやかに対応するよう心掛けている。
山田さんは私をまっすぐに見て会釈をし、
「よろしくお願いします」
と、とても礼儀正しく挨拶をした。
外見から見れば、大きな悩みを抱えているようには見えない。
しかし、普通に見えても、人知れず心に負担を抱えている人は少なくない。
祖父から受け継いだこの古い医院で、私もそんな人たちが少しでも楽になれるよう、診療を続けている。
山田さんも、きっと何かに悩んでいるのだろう。
そう思いながら、私は山田さんの言葉を待った。
「私は電気屋で、長年家電の修理をしてきました。その……声が聞こえるんです。家電の声が聞こえるんです」
私は山田さんの言葉を遮らない程度に、ゆっくりと相槌を打った。
「ほぅ……家電の声ですか」
「はい、その……必ずという訳ではないのですが、特に古いものと言ったらいいのでしょうか。人と接した時間が長い家電ほど、私に語りかけてくるのです」
「いまも、その……」
山田さんが部屋の隅を指さした。
「そこの白い布を被った、PM-750Cの声が聞こえます」
私は山田さんが指さした、部屋の隅にある祖父が使っていた机の方へ目を向けた。
私が子供の頃、祖父がカルテ用のパソコンを置いていたような記憶がある。
よく見ると確かに、机の下に白い布をかけられたプリンターとパソコンらしきものが置いてある。
あまり気にしたことはなかったが、捨てるに捨てられず、そのままになっているうちに私もすっかり忘れていた。
「プリンター? あぁ、あれは昔、祖父がこの医院をやっていた頃に使っていたものでして。きっと山田さんが来られたことで、お声がけしたのかもしれませんね」
あくまでも冷静に、相手の話を頭ごなしに否定しないよう、言葉を選んで返答する。
「先生、ちょっと失礼」
山田さんはそう言うと、ポケットから小さな四角い布のようなものを取り出し、机の上に置いた。
「……? これは、座布団ですか?」
「はい。実は、うちのバル……携帯が外に出せと言いますので」
「なるほど。いえ、構いませんよ。撮影や録音を希望される方もいますから」
山田さんはそう言って懐から携帯電話を取り出し、綺麗な銀色の刺繍が施された座布団の上に、そっと載せた。
「分かったから、ちょっとだけ医者と話をさせてくれ……」
ポツリと携帯電話に話しかけると、山田さんは私の方を向いた。
「なるほど、おしゃれな形の携帯ですね。裏側が丸いから、確かに座布団が必要ですね」
なんとなくそう思ったことが、口から出てしまった。
「いえ、バル……っと、この子は硬いところが嫌いなんです。そのまま置くのは、とても嫌がるんですよ」
「そうなんですか」
「なので、仏壇の……いやいや、何でもないです」
ここらで一度切り上げるとするか、私は山田さんの症状について、もう少し詳しく話を聞こうとした。
その時だった。
突然、山田さんがうろたえるように下を向いた。
「山田さん、どうしました?」
「えっと……仏壇の奴じゃないし……」
山田さんを見ると、机の上に鎮座している携帯電話の方を見て、それに答えているようだった。
「仏壇?」
よく見ると、その座布団は確かに、仏壇でよく見る「おりん」の台座のクッションに使われているものとよく似た柄と大きさだった。
「なるほど。その携帯なら、おりんのクッションがジャストフィットですよね」
思わず口にしてしまった。
山田さんは「あぁ」というような顔をすると、携帯電話に謝り始めた。
「ごめんて。新品で買ったんだから、仏壇で使ってないって」
どうやら携帯電話と何かやり取りをしているらしい。
こうした様子だけを見ると、幻聴などの知覚の異常を疑うことはできる。
ただ、現時点で原因を決めつけることはできない。
まずは落ち着いて話を聞く必要がある。
しかし、このまま山田さんのペースで話が進んでしまうと、肝心の診察がいつまでたっても始まらない。
「すみません、山田さん。私が余計なことを言ったようで、申し訳ありません」
山田さんはハッとこちらを向き、申し訳なさそうに謝った。
「いえ、お嬢……この子はとてもワガ……繊細で、タオルやスポンジでは、なかなか納得してくれなくて」
「なるほど。ただ、山田さん。時間もありますので、そろそろ本題に入りましょう。よければ、これを使ってください」
私はそう言って、ほとんど使うことのない血液採取用のポジショニングピローを差し出した。
山田さんはそれを携帯電話の横に置き、しばらく黙って見つめた。
「……だめだそうです」
あぁ、なるほど。そりゃそうだ。
何か携帯電話にずっと怒られているような山田さんを見ながら、カルテをいったん閉じて、静かに山田さんに語りかけた。
「山田さん。家電から声が聞こえるというのは、今、心や体にかなり大きな負担がかかっているからなのかもしれません」
「確かに、毎日すごく怖くて、耳を塞ぎたくなりますよね。でもね、山田さんがおかしくなったということではありません。心や体の調子を崩すことは、誰にでも起こり得ることですから。一緒に、どうすれば楽になれるのかを探してみませんか?」
医学的には、実際には存在しない声を聞く「幻聴」や、周囲で起きていることに自分への特別な意味を感じてしまう「妄想」なども可能性として考えられる。
ただし、今の段階で症状を決めつけるわけにはいかない。
まずは山田さんの話を聞きながら、どのような状態なのかを慎重に見極める必要がある。
どうすれば前向きに話を進められるか。
私は頭の中で考えを巡らせながら、山田さんを納得させる方法を探していた。
強引に話を進めれば、かえって時間がかかることになる。
山田さんは少し落胆したような目で私を見つめ、少しずつ話し始めた。
「最初は、僕もそう思っていたんです。でも、そうじゃない気がした。……ここの病院で4件目です」
「あなたも、前の先生たちと同じで、あまり真剣に聞いてくれない」
ここで否定してはいけない。私はそう判断した。
この人は、かなり長い期間、この症状を我慢してきたのかもしれない。
そう考えると、頭ごなしに否定するのは得策ではない。
これまでの経験からも、患者さんの訴えを簡単に否定するべきではない。
だからといって、患者さんが感じていることをそのまま事実として肯定するわけにもいかない。
まずは信頼関係を築くことだ。
「山田さん、私にはあなたのように家電の声は聞こえません。だから、あなたがどれほど苦しいのか、本当の意味で理解するには少し時間がかかるんです」
「だから、私があなたの話を理解するための時間を、少しだけもらえませんか」
「今日はまず、今の状態についてもう少し詳しくお聞きしたいと思います。そのうえで、必要であれば薬を使った治療も考えましょう。今日は無理に結論を出さず、来週また、体の様子を私に教えに来てください。一緒に考えていきましょう」
山田さんは、じっと私の言葉に耳を傾けていた。
微動だにせず聞き入っている。
少し間を置いて、静かな口調で話し始めた。
「先生、薬はいりません」
そう言って、山田さんはポケットから何種類かの薬を取り出し、私に見せた。
これまでに処方されたものなのだろう。
薬の名前を確認すると、精神症状に対して処方されることのある薬が含まれているようだった。
「試しに何種類か飲んでもね、効かなかったんですよ、先生」
「眠くなって、頭がぼーっとしても、声は消えないんです」
そう言うと、山田さんは、ある家庭で修理した冷蔵庫の話をし始めた。
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修が最初に家電の声を聞いたのは、今から15年ほど前のことだった。
当時、修は今の電器店に勤め始めたばかりだった。
もともと機械いじりが好きで、家電の知識だけは人一倍あった。町の小さな電器店でアルバイトとして働き始め、そのまま社員になった。
ある日、修は冷蔵庫の修理を頼まれた。
出迎えてくれたのは、50歳くらいのおばちゃんだった。
「もう、何回も修理してもろてるんですけどねぇ……」
購入して5年も経っていない冷蔵庫だという。
突然、パネルのボタンがカチカチと勝手に鳴り始め、そのうち冷えなくなった。
メーカーに修理を依頼したものの、基板交換や調整を3回も繰り返していた。
それでも直らない。
修は事前に型番を聞き、過去の修理事例も調べていた。
同じ症状は、どうやら珍しくないらしい。
修理料金について説明すると、おばちゃんは頷いた。
「これで駄目やったら、もう買い替えますわ」
すでにメーカーには、安い冷蔵庫なら1台買えてしまうほどの修理代を払っているらしい。
「メーカーさんから、何か言われませんでした?」
「コンセント抜いて、10分くらいしてから入れたら治るって」
「……それで?」
「一応、動きました」
修は何とも言えない顔になった。
それを修理と呼んでいいのか。
しかし、今は動いている。
しばらく様子を見るしかないと思った、その時だった。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
「……これですね」
誰も触っていないのに、操作パネルのボタンが鳴り始めた。
修はすぐに冷蔵庫へ近づいた。
幸い、おばちゃんは修理伝票や交換部品の記録をきちんと残していた。
基板。
別の基板。
そして、また基板。
「……本当に、基板ばっかり交換してるな」
これだけやって直らないなら、基板そのものが原因ではない。
「今日は原因だけでも突き止めます」
「お願いしますわ」
修はまず、冷蔵室を開けた。
パンパンだった。 ……冷凍室も。野菜室も。
「……すごいな」
「メーカーの人、中のもの減らしてくださいって言いませんでした?」
「言われましたけどねぇ」
おばちゃんは悪びれもせず答えた。
確かに詰め込みすぎれば冷気の通り道を塞ぐ。
ただ、パッキンに問題はない。
今回の症状は、それだけでは説明できなかった。
修はコンセントを抜いた。
「1時間くらいかかりますよ」
「ええよ、ええよ。ゆっくりやってください」
修は中のものを少しずつ出し、基板を外せるスペースを作った。
工具箱からテスターを取り出し、交換されたばかりの基板を確認する。
電源系統 制御系統 センサー系統。
数値を追っていた修の眉間に、皺が寄った。
「……おかしいな」
何度測っても、どこかがおかしい。
「どっかで短絡してる……?」
場所が分からない。修は基板を見つめた。
新品の基板までおかしくなっている。
ならば――。
「基板じゃなくて別の所がショートしてるな」
その瞬間だった。
<そうだな、よく判ったな。霜取りセンサーだよ>
「そうだよなって……え?」
修の手が止まる。今、何か聞こえた?
<霜取りセンサーの位置が悪くてさ、しかも防水が甘いもんだから、壊れてんだよ>
「…………」
修は冷蔵庫を見た。
誰もいない。
もちろん、誰かが喋っているわけでもない。なのに、今の声は――。
確かに、この冷蔵庫から聞こえた。
<メーカーのやつらは、エラーコードが出たら基板交換することしかできないレベルだからな>
<お前みたいに、交換した部品から別の場所にたどり着く奴なんて、今どき珍しいんじゃね?>
修は思わず、手に持っていたサービスマニュアルを落とした。
「…………」
おそるおそる周囲を見回す。
テープレコーダー。
無線機。
小型スピーカー。
どこかに仕掛けがないか、工具箱まで確認する。
「……イタズラ?」
<悪戯じゃねぇよ。頼むからさ、捨てられる前にセンサー交換してくれよ。ついでに防水も強化してくれ>
修はしばらく動けなかった。
冷蔵庫が喋っている。
そんな機能、この冷蔵庫にはない。いや、どのメーカーにもそんなものはない。
<なぁ、頼むよ。このままじゃ俺、夢の島行き確定だよ。なんとかしてくれよ。センサー交換だけでいいからさ>
夢の島。
その言葉に、修は妙な現実感を覚えた。
目の前にあるのは、もうすぐ廃棄されるかもしれない冷蔵庫だ。
修は恐る恐る、小声で話しかけた。
「……なんで喋れるんだ?」
<そりゃまぁ、普通じゃね? お前らも喋ってるじゃねぇか>
「いや、普通じゃないぞ」
<まぁ、お前の世界じゃそうなんだろうな>
冷蔵庫は少し間を置いてから続けた。
<でさ、修理できるのか、できないのか。どっちなんだよ。一体、お前は何しに来たんだ?>
修は黙り込んだ。
自分の頭がおかしくなったのか。
何かの隠し機能なのか。
誰かの悪戯なのか。
そんなことは、今はどうでもいい。
少なくとも会話は成立している。
そして、目の前の冷蔵庫は、自分の故障箇所を具体的に指摘している。
「……分かった。センサーだな」
<そうだよ>
修は立ち上がった。
「確認してみる」
野菜室の天井にあるカバーを外す。
パネルを固定しているビスを4本外し、ファンモーターのコネクタを抜き、パネルを取り外すと冷却器のフィンが現れた。
「うわ……」
フィンには、ぎっしりと霜が付いている。
そして、その上に結束バンドで固定された小さなセンサーがあった。
修は指で位置を確認する。
「これだな……」
<そうそう、それそれ>
センサーを取り外してみると、アルミカバーの一部が剥離していた。
その隙間から内部に水分が入り込んだ形跡がある。
修はセンサーをじっと見つめた。
「……マジか」
<だろ? 大企業の名前の上に胡坐をかいて、モノづくりの基本を忘れるどころか、原因も突き止められずにユーザーに負担を強いる。そんなクソみたいなことやってられねぇよ>
「…………」
その時、後ろからおばちゃんがひょいと顔を覗き込んできた。
「どうですか?」
「うわぁっ!」
突然声をかけられ、修は飛び上がった。
おばちゃんも驚く。
「突然ごめんなさいね。集中してるところ悪かったわね」
<気にすんな。それより、この兄ちゃん一発で原因突き止めたぞ。よかったな>
修は、取り外したセンサーを持ったまま固まった。
「…………」
「どうしました?」
<おい、電気屋の兄ちゃん。あと頼みがあるんだが、聞いてんのか?>
「うぁ……あの、声が……そのセンサーのですね。冷蔵庫が言ってですね……これがセンサーで……」
「は?」
<兄ちゃんよ、おばちゃんに言ってくれよ。中身捨てろってさ。パンパンなんだよ。食わない物は捨てろって>
<あと、座薬は食いもんじゃねぇから冷やすな>
「いや、あの……声が聞こえません?」
「え? 何の?」
「…………」
そこで修は気づいた。
聞こえているのは、自分だけだ。
「いえ……そうじゃなくて。センサー故障のようです。これ、座薬、じゃなくてセンサーです」
「は?」
「いや、あの……これが壊れていました。本当に聞こえません?」
おばちゃんは、センサーと座薬と意味不明なことを言う修を見て、完全に困惑していた。
「えっとすみません、あの……これを交換したら、多分直ると思います。一旦、抵抗値を測りますが、今日は応急処置で乾かしてみます」
「交換にはどのくらいかかるの?」
<部品代なら1000円しねぇよ>
「だそうです……」
「え? おいくら?」
<1000円しねぇって。それより中身整理しろよ>
「……あの、中身じゃなくてですね。1000円くらいです。それと、メーカーが交換した基板ですけど……壊れてます」
「で? いくらかかるんですか?」
明らかに、おばちゃんの機嫌が悪くなった。
「……21000円ですね」
「はぁ、またぁ?」
<そら、短絡してるところに新しい基板付ければ壊れるわな>
「あのぉ……本当に聞こえませんか?」
「何が聞こえるの?」
修は恐る恐る冷蔵庫を指差した。
「……こいつです。喋ってるんです」
「何それ。気味悪いわね」
<あと冷凍庫の一番奥な。茶色いタッパーあるだろ。あれもいい加減どうにかしてくれよ>
<いつ入れたんだよ。俺にも分かんねぇんだよ。もう何年も動かされてねぇぞ>
<それからドアポケットのジャムな。蓋が開かねぇからって放置はないだろ、何年前のだよ>
修は完全に固まった。
「どうしました、何か変な音がするの?」
「いや……異音ではなくてですね。」
<それとな、冷凍庫の一番下にある謎の袋。あれ何だ? 俺にも分からねぇんだよ>
「…………」
<頼むから一回、中身を整理してくれよ。俺だって冷やすにも限界があるんだよ>
修はゆっくりと目を閉じた。
聞こえている、間違いなく聞こえている。
そして――。
<あとさっきのセンサーな。あれ、本当に交換してくれよ。俺、まだ働きたいんだからさ>
修は目を開いた。
目の前には、ただの冷蔵庫がある。
その横では、おばちゃんが不思議そうな顔をしている。
<あとさ、これだけは絶対に伝えてくれ、先代の奴から受け継いだんだけどさ>
<冷凍庫のさ、豚肉のパックあるだろ。あれ消費期限、昭和63年なんだよ。捨てろよ!>
「で、ですね……何言ってんだろ。あまりに集中しすぎて、幻聴が聞こえたのかもしれません」
修はセンサーを乾かし、抵抗値を測った。
修の頭の中と同じく数値は少し不安定だった。
だが、応急処置としては使えそうだった。
「とりあえず、これを取り付けて片付けますね」
そう言って、修は急いで冷蔵庫を組み立てた。
「どうもありがとう。助かったわ」
「また部品が揃えば、ご連絡します」
修は工具を片付けながら、最後に思い出したように言った。
「それとですね。冷蔵庫に物を詰めすぎると、冷風口を塞いでしまって、冷えが悪くなる場合があります。できるだけ整理してもらえると、冷蔵庫も喜ぶと思います」
「そうねぇ」
「それと……」
「まだあるの?」
「出来れば食品以外のものは入れない方が良いと思うんです」
「はぁ」
「あと、冷蔵庫が言ってたんですが、昭和63年の豚肉のパックが入っているので、捨ててほしいと……」
「……冷蔵庫が?」
「はい」
「昭和?」
「はい」
「…………」
おばちゃんはしばらく修を見つめた。
「わかりましたから、帰ってください」
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・
「その後どうなりましたか?」
「数日後にセンサーと基板交換をしに行ったのですが、その時はもう聞こえませんでした」
「いえ、昭和のお肉の方は?」
「そっちですか?」
修は少し呆れたように答える。
「そっちは判りません。まだ冷蔵庫が動いているなら、あるのではないでしょうか」
「そうだと……すごいですね」
一通りの診察と相談を終え、中山はカルテを閉じた。
「今日は興味深い話を聞かせてもらって、ありがとうございました」
「いえ、こんな話でよかったんですかね」
「ええ。少なくとも、あなたがどんなことで悩んでいるのかは、よく分かりました」
中山は少し考えてから続けた。
「薬を出しておきます。ただ、必ず飲まなければいけないということではありません」
修は少し驚いた顔をする。
「出来れば、一度飲んでみてください。飲んでみて何か変化があれば、それも教えてほしいです」
「分かりました」
「それと、また何か変化があったら、いつでもここに来てください」
修は立ち上がり、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。今日はありがとうございました」
部屋を出ていく修を見送りながら、院長の中山は、ふと自分の家の冷蔵庫の中身がどうだったか不安になった。
敷島製パンの食パンを気に入って食べてはいるが、どうしても消費期限までに全て食べ切れず、1~2枚残った袋を冷凍している。
今まで気にもしていなかった。
だが、無意識に何袋も放り込んでいるかもしれない。
もしかすると自分の冷凍庫にも、いつの間にか「超熟」されている食パンがあるのではないか。
そう思うと、今日は帰ったら冷凍庫を確認しなければならない。
中山は、急に落ち着かない気分になった。




