33.就職
100/7/13(水)8:30 ファーの街 冒険者ギルド
「さっそくだが冒険者ギルドに来たぞ」
「来たよぉ」
ギルドは朝から賑わいを見せていた。
依頼を確かめる者。売店でアイテムを購入する者。
勤労意欲に溢れる良い雰囲気だ。
俺たちを待っていたのだろう、奥から出て来たお姉さんに挨拶する。
「おはようございます。それでは……っと、そちらの女性は?」
挨拶を返すお姉さんの目は、俺たちの後ろへ注がれていた。
「おはようございます。昨日、野盗から助けていただいたリオンと申しますわ」
宿屋でお金を渡した後も、リオンさんは俺たちの後を着いて来ていた。
ギルドに用件でもあるのか?
「それは災難でしたね。身体はもう大丈夫ですか?」
「はい。ユウシャさんによくしていただきましたので……」
しおらしい態度をとるリオンさん。
外見も服装も良いだけに、その姿には庇護欲をそそられるものがある。
「本当に? 変なことされていませんか? 本人を前に言いづらいかもしれませんけど、正直に答えて大丈夫ですよ」
にっこり微笑むお姉さん。
本気で俺がそんなことをすると思うなら、助けた女性を任せるはずがない。
場を和ませようという冗談だろう。
「その……実は嫌だという私を……やっぱり恥ずかしくて言えませんわっ」
だからといってリオンさん、悪ノリするんじゃない。
そして、お前はそんな恥ずかしがるキャラじゃない。
「ユウシャさん……失望しました。貴方、野盗にさらわれ怯える女性に手を出すなんて」
お姉さんは本気で怒っていた。
お互い冗談で言っているのだろうが、初対面同士で通じるはずもない。
しかも、はかなげな美人が言うなら問答無用で信じるのも当然だ。
怒るお姉さんはちょっと……いや、かなり怖い。
冷や汗が止まらない。何故だ?
ある程度は事実だが、さすがにこれは冗談にならない。
「このビッチめ! ユウシャさんはそんな卑怯なことしないんだよぉ。異世界に舞い降りた正義の化身。それがユウシャさんなんだよぉ!」
なんとか言い訳を考える俺より先に、凄い剣幕でカモナーが抗議していた。
「カモナーちゃん……どうしたの?」
普段ぼんやりしたカモナーの抗議。
しかも、ビッチなどと口ぎたない言葉が飛び出すことにお姉さんは驚いていた。
「どうもしないよぉ。僕はユウシャさんの凄さを言っただけだよぉ!」
カモナーがお姉さんの相手をする間に、リオンさんの背後へと回る。
注意の意味を込めてお尻を思い切り揉み込んだ。
「ひぇあっ」
(さすがに冗談にならないぞ。お姉さんの顔を見てみろ)
(あ、貴方のセクハラも冗談になりませんわよ。ですが、そうですわね。マスターを怒らせるのはよろしくありませんわね)
(マスター?)
(あら? 貴方、知っていて媚を売っているのだと思っていましたけど?)
(媚を売る? お姉さんにか? 美人だから仲良くなろうとしているだけだが)
(はあ……そうですわよね。ですが彼女、ギルドマスターですわよ?)
(……だが受付をやっていたぞ? 冒険者登録もしてもらった)
(知りませんわ。おおかた役職を伏せて紛れ込むことで、現場の生の声を聴きたい。そんなところじゃありません?)
普通の受付とは違うと思っていたが、まさかギルドマスターとは。
鑑定を習得していたリオンさんが言うからには、本当なのだろう。
(もしかして、お姉さんは強いのか?)
(ギルドマスターですのよ? 当たり前ですわ)
どうりで睨まれて冷や汗が出るわけだ。
過去に少しセクハラ気味なことをした記憶もあるが、大丈夫だろうか?
とにかく、一刻も早く誤解を解かねばならない。
「お、お姉さん。誤解です。ただのアメリカンジョークです。俺とリオンさん。それだけ仲良くなったというだけですからっ」
俺は権威をかさに着るのは好きだが、権威には弱い。
リオンさんも一緒に誤解を解くよう、その脇腹をなでるように促した。
「ひあっ。あ、あの、すみません。本当に大丈夫ですから。それより、家族も仲間も失って行き先がありませんの。ギルドで何か仕事を紹介していただけないかしら?」
「本当ですか? それなら良いのですが……」
疑わしそうに俺たちの顔を見つめるお姉さんだったが、納得したのかリオンさんへと向き直っていた。
「リオンさんは冒険者ですよね? 見覚えがあります。そのまま冒険者を続けるわけにはいかないでしょうか?」
リオンさんも冒険者に登録していたのか。
その時にお姉さんを鑑定したのだろう。
「今回の件もありますし……元々戦闘は不得手でして。血を見るとか荒事は駄目なんですの」
嘘をつけ。嬉々として俺をいたぶっていた癖に。
「ひぁっ」
(ちょっと。いちいち私のお尻をさわるのやめてくれません?)
(嘘をついた罰だ。それに、しおらしくするなら、少しもじもじする位がちょうど良いだろう?)
「リオンさん? 読み書きや計算などはできますか?」
「はい。こう言ってはなんですが、頭は回るほうだと思いますわ」
「それなら、リオンさんにはギルドの職員見習いとして働いてもらいましょうか。もっとも働きぶりが駄目ならそれまでですよ?」
野盗にさらわれたという哀れな立場を利用して、直接ギルドマスターに売り込みする。
ギルドに来たのはこれが目的だったのか。
道中の俺とカモナーの会話から、お姉さんに会うことを聞いていたのだろう。
(ギルド職員になってどうするんだ?)
(もともと私はデスクワークが本職ですわ。冒険者、日雇いの肉体労働なんて私の性に合いませんもの)
まったく一言多い奴だ。
「ひぇあっ。だ、だから貴方やめなさいっての」
もっとも美人が受付をやってくれる方が俺としても好ましい。
「頑張ってくれ。応援している」
俺は心からリオンさんを応援する。
知り合いがギルドにいれば、何かと融通を聞かせてくれそうだしな。
「ふん。私が出世したら覚えておきなさいな。ゲイムさんには難易度の高い依頼だけを指名してあげますから。せいぜい死なないようにすることですわ」
つまり、高難易度、高報酬で割の良い仕事をまわしてくれると。
そういうことだ。
指導役だろうギルドの人と一緒に受付に入るリオンさん。
「あんな美人がギルド職員になるだって?」
「マジかよ。受付してもらおうぜ」
「俺が先だ、俺が!」
その前には、早くも下心満載の男たちが並んでいた。
「それじゃ、カモナーちゃん。ユウシャさん。クランハウスに案内します。着いてきてください」
お姉さんが、ギルドマスターが直接案内してくれるのか。
俺への期待を感じるとともに、プレッシャーを感じる。
粗相があってはならない。
親しみを感じていたお姉さんだが、いざ偉い人だと聞くと少々気を使うな。
「はいっ。よろしくお願いします」
「あいおー」
だというのに、あいおーってお前……
まあ、カモナーには甘いみたいだから良いか。
その後、お姉さんに連れられて郊外のクランハウスまで移動する。
「ここがクランハウスです。街から歩いて1時間。右手には平原が広がり、左手には自然豊かな森が広がる、素晴らしい立地ですよ」
ガイドさんのように案内してくれるのは良いが、すぐ近くに森が広がるのはマズイだろう。
魔物の接近に気づきづらい上に、森から襲われては対応するのが難しい。
街道からも外れているので付近を人が通りかかることもない。
誰だよ。こんな場所にクランハウスを建てた奴は。
「その……風光明美で良い場所ですね」
「そうでしょう? 私が選定しましたからね。のんびり余生を過ごすにはピッタリの場所ですよ」
お姉さんかよ。そして余生って。
こんな人気のない、モンスターの溢れる場所に老人が住もうものなら、翌日には余生が終了している。
「周囲の柵が壊れているよぉ。ボロイよぉー」
だからカモナー。失礼な物言いをするんじゃない。
もう少しオブラートに包みなさい。
「それはもちろんです。モンスターに襲撃されて以降、そのままですから」
そしてお姉さん、それは胸を張って答えることじゃない。
しかし、クランハウスの案内をギルドマスター自身が行う。
あまつさえ自慢げに紹介までするとは。
もしかして──
「郊外のクランハウス。街に対する防波堤として建設されたと聞きましたが、これって誰の発案なのでしょうか?」
「え? えーと、その、偉い人の発案ですよ」
「……ギルドマスターとかですかね?」
「っ!? ど、どうなのでしょう? そうかもしれませんね」
つまり、郊外のクランハウス。
この成否によっては、お姉さんの立場は危うくもなり、盤石にもなる。
すでに一度失敗している。
次に失敗すれば、ギルドマスターの立場はないだろう。
逆に成功すれば、ゴブリンを撃退して長期間クランハウスを維持すれば、ギルドマスターの立場は安泰となり、俺への信頼もうなぎ登りとなる。
ギルドマスターから直接の褒美も期待できるわけだ。
なら、やるしかない。
「まず周囲の柵の修理。それとグリさんの小屋を建ててもらえないでしょうか」
「柵ですか? どうせ修理しても壊されますよ? あまり無駄な出費は……」
そうは言っても柵の有る無しはやはり違う。
野生の魔獣は近寄らなくなるだろうし、侵入するにも柵を乗り越える、壊すのに手間取る間に何匹かは倒せるのだ。
クランハウスの建物は木造2階建て。
こちらも荒らされてボロボロだが、雨露は凌げそうなので後で良い。
「次からは自費で修理します。初回だけでも修理をお願いできませんか?」
「仕方ありませんね。グリフォンの小屋はどの辺りに建てますか?」
「自宅のすぐ隣で。大きさやデザインなどは職人の方にお任せします。グリフォンが快適に過ごせるよう少し大きめでお願いします」
俺に建物の知識は無い。
専門家に任せるのが一番だ。
加えて──
「カモナー!」
「ふわあーグリちゃんグリちゃんグリちゃん……ん? ユウシャさん呼んだぁ?」
街から出てすぐにグリさんと合流したカモナー。
それ以降、グリさんの背中にしがみついたまま離れようとしない。
「カモナー。グリさんの小屋を職人たちが建ててくれる。グリさんと一緒に残って何か意見があれば伝えてやってくれ」
後の意見は使う本人。グリさんとカモナーに任せる。
「ふわーい……あれ? ユウシャさんはどこか行くの?」
ギルドマスターと一緒というのは気を使うものだ。
就活の真っ最中なのもあって、俺は礼儀にうるさい。
俺の方が偉くなるまで、クランハウス防衛でお姉さんに借りを作るまでは、あまり接触しない方が気楽で良い。
お姉さんの相手は、そういう権威を気にせず意見を述べるのは、カモナーの方が適任だろう。
「俺は周辺を調べてくる」
「あいおーユウシャさんがんばれー」
「ああ。それでカモナー。新しく召喚したアルちゃんだが、少し貸してくれないか? レベル1のままではマズイだろう。少しレベルを上げてやる」
アルちゃんはというと、カモナーと一緒にグリさんの背中の羽毛に埋まっていた。
「あーい。それじゃアルちゃん。僕の代わりにユウシャさんの役に立つんだよぉー」
「アウッ」
グリさんの背中をトコトコ降りたアルちゃんを連れて、当然俺と一緒のサマヨちゃんの3人でクランハウス近くの森へと探索に向かった。




