12話 結界への思い入れ
目の前ににいるのは五メートル程の巨大ゴーレム、この部屋では飛び跳ねるだけでも頭が付きそうだ。そんな巨大ゴーレムが体の大きさから考えても、まだ大きいだろう拳を俺に向かって振るってくる。
前後左右が一メートル程の小さなゴーレム達に囲われてしまっているので、回避するならその集団に突っ込むか、頭上に飛び跳ねるかだ。だがそれをすればどっちにしろゴーレムの集団にまとわりつかれて動きを止められ、二発目の大きな拳を喰らう事が予想できる。
そんな事を考えている間にも、上から重そうな拳が落ちてくる。
逃げれば状況は悪くなるだろう。なら、ここで立ち向かうべきだ。
俺はそう判断して、人狼との一体化をする。頭には狼の耳が、腰には狼の尻尾が生える。人狼の[剛力]と、俺の[防具操作]の両方の能力を[覚醒]にて引き出す。魔力の消費が激しい為に長時間は使えないが、これで俺は馬鹿げた力を出すことが出来るようになった。
身を縮めて腰を捻り、右手を後ろへ回して力を溜める。
少ない時間で済ませたこれらの動作は、巨大ゴーレムの拳が俺の体に触れるまでに間に合った。眼前まで迫った壁の様な拳に向かって、気合の声と共に拳を放つ。
「うらぁぁぁぁぁぁ!!」
お互いの力は拮抗すらせず、巨大ゴレームは拳を砕かれて吹っ飛んだ。部屋の壁でワンバウンドした後、その重い巨体は重力を伴って落下し、大きな音を立てて地に伏せる。下敷きになったゴレーム達は潰れて唯の石ころになった。
巨大ゴーレムが動きを止めた今、このチャンスは逃せない。
ゴーレムに飛びつかれないように大きく山なりに飛び越え、巨大ゴーレムの頭の裏に降り立ち、左の拳を打ち込んで大きなひび割れを作る。巨大ゴーレムが俺に向かって壊れていない方の手を伸ばしてくるがもう遅い。最後の一発。力を込めた右の拳が巨大ゴーレムの頭部を破壊する。
頭の無くなった巨大ゴーレムは伸ばしていた手を地に落とし、動かなくなった。
これで後はチビどもだけだな。こいつらなら[剛力]も要らないだろう。
一体化を解き、俺は群がって来るゴーレムを破壊するために地面に降りっ立った。
巨大ゴーレム討伐から約三十分後。
「お……終わった」
天井に複数設置されている、薄っすらと光る石が照らす中、俺はゴーレムから生まれた瓦礫の山の上に立っていた。
どんだけ数いるんだよ!!疲れるわ!!
ゴーレムとの戦闘は始まりから大変だった。
ゴーレムは部屋から出てこないようで、俺が入ろうとすると巨大ゴーレムまでの道を開けて避けた。足場が出来てちょうど良いと思い、いざ中に入ってみると巨大ゴーレムが走って近づいてくるわ、ゴーレム達が扉を閉めて戻る事も出来ないわ。かなりビビった。
とりあえず後ろが壁で逃げられないのは不味いと思って巨大ゴーレムに向かって走った。すると後ろのゴーレム達がドンドンと退路を断っていく。
あれ?敵に囲まれるより壁が後ろの方が良かったんじゃね?という思考に至り、クルリと反転。ゴーレムに突っ込むと一気に何十匹も飛びかかってやたら重かった。
そして気付く。こいつらは飛びついて来ることしかしない。つまり足止め要員じゃね?と。振り向き、覆いかぶさるゴーレムの隙間から見えたのは、巨大ゴーレムがサッカー選手の如く足を大きく後ろに振っている光景。
纏わり付くこいつらを払う手段は思いつかない。そのままゴーレムごと回し蹴りで吹っ飛ばされ、入って来た入り口の扉に激突。結構痛かった。
しかし、纏わり付いていたゴーレムは砕け散った。このまま反撃だ!!と思ったのに。巨大ゴーレムは空中の俺を片手でキャッチ。そこから野球選手のように振りかぶって部屋の中央に投球。その場のゴーレム達は綺麗に避けてくれたお蔭で、俺は顔面から地面に着地する事に。凄い痛い。
良い肩してますね!!ストライクですよ!!と脳内で嫌味を言いながら立ち上がり、走って近づく巨大ゴーレムを睨みつけた。
そして冒頭の戦闘シーンになったのですよ。
本当に疲れた。しかし、これもフィアの為。あの扉の向こうにある装置を壊してやらねば。
俺は入り口と逆の位置にある扉を開けて部屋を移った。
そこで気付く。鍵がかかってない、と。
もしや、ずっと扉は開いていたのか?だとしたら、ゴーレムを無視して突っ切っていたら……俺の無駄な努力よ!!
思わず手を地に付けずにはいられなかった。
しばらく凹んだが、立ち直って顔を上げた。よく考えたら部屋の安全も確認せずに何やってるんだって話である。
俺はドアを閉め、入った部屋を観察し始めた。部屋は小さく、前の部屋と同じように天井には光る石が幾つかあり、目の前には三つの扉があった。中央の扉は他とは違って金属で作られていた。中央には魔法陣のようなものが刻まれており、更に二つの錠が掛けられている。だが、左右の扉は特になにもされていなかった。おそらくだが、左右の扉の奥に鍵があって取って来るような仕組みだろう。
だがしかーし!!ゲームじゃ無いのだよ!!こんな扉は蹴破ってくれるわ!!……この発想が三十分程前に欲しかった。馬鹿みたいに戦った自分が恥ずかしい。
という訳で、身体能力を全開にして蹴ってみた。すると魔法陣が光り、蹴りの威力が弱められた。扉の中央に大きな凹みが出来るだけに留まってしまった。
きっとこの魔法陣は力を弱める効果でもあるのだろう。ならば───
「次は威力増すか」
そうつぶやいて人狼と一体化。[剛力]発動しようとした時だった。
「ここは今使っているっす。トイレならお隣をどうぞっす」
上擦った少女の声が扉の向こうからした。
誰だよ。ってかトイレだとしたらどうしてこんな頑丈な作りなんだよ!!
「絶対トイレじゃないだろ!!俺の用事はきっとここだ!!怪しいもの!!だからお邪魔します!!」
「待つっす。入ってはダメっす。こ、ここは呪われた部屋っす。入ったものは物言わぬ存在になってしまうっすよ!!いいんすか!?」
「お前しかっり話してんじゃん!!」
「しまったっす!!」
動揺を露わにして少女が失敗を嘆く。その間に俺は扉を[剛力]+[防具操作]の組み合わせの全力使用によって扉を蹴破った。
扉をふっ飛ばした先。その部屋の奥にはベッドに机、椅子、本棚、そして宙に浮く魔法陣の描かれている大きなクリスタルがあった。
そして扉の脇には一人の少女がいた。その少女は褐色の肌に琥珀色の瞳を持った可愛らしい顔をしており、薄紫色の髪を後ろで一つに束ねて、メイド服を着ていた。ペタンと座り込んでこちらを見ている。
その少女に向かって俺は尋ねた。
「あれ壊したら結界が壊れるんだろ?」
「ち、ちちち違うっすよ~。そ、そんなわけないじゃないっすか~。あれは……そう!!鏡!!ただの鏡っすよ!!」
目をキョロキョロと泳がせながら、ダラダラ汗を掻いている少女。
絶対嘘だろ。
「正八面体の回転する青い鏡って凄い使いにくいだろうな」
「そ~んな事ないっすよ。動きに合わせて自分も動くだけでまるっと解決っす!!」
「位置的に中腰だよな?」
「か、屈みながら使えば……」
「屈みながら動きに合わせるのか?」
「そうっす!!」
「嘘つくな!!」
うっ!!と唸って、手をバタバタさせる少女。
どんだけ嘘下手なんだよ!!もっとましな嘘はなかったのか。
「あのさ。嘘でももっとましな嘘つけよ。ここで武器を作るために採ってきた特別な鉱石とかさ」
「ぷふ~。そんなわけないじゃないっすか。周りにそんな物作る道具があるように見えるっすか?」
口に片手を当て、目を細めて笑ってくる。凄いイラッとする。まともな意見なだけに凄いイラッとする。
「……とにかく壊すぞ」
若干ふてくされながらそう言ってクリスタルに向かって歩きだす。
「ま、待つっす!!話を聞くっす!!」
少女はそう言って足と腕を回して俺の背中に飛びついてきた。そして訪れる柔らかな二つの感触。
くっ!!突然だと!?なんて破壊力だ!!仕方ない。少しだけ待ってやろう。
「おお。待ってくれるっすか。ありがとうっす!!」
それから少女は、一つしか無い椅子に俺を座らせて話を始めた。
初めはくだらない嘘が多かったので、色々省いて要約すると。
この少女はフィアの使用人で、今まであのクリスタルをフィアの為に守っていたらしい。
そして、あのクリスタルを壊すとやはり結界は壊れるそうだ。だが、壊すとあの屋敷の主であるフィアの魔力が一気に無くなるらしい。それを防ぐにはしっかりとした知識と技術をもった者が正しく壊さなければならないとか。しかし、それができるやつはそうそういないらしく、だからこれだけ無駄な時間結界を張り続けていたらしい。
「あのさ。もう壊すだけで良くない?」
「何言ってるっすか。いくら時間をかければ戻るからって言っても、あの【無限多重の魔女】フィア・ネイロン様も、魔力が少なければ唯の魔法師と大して変わらなくなってしまうっすよ」
「【無限多重の魔女】ってなんだ?」
「なっ!?知らないっすか!?」
詳しく聞いてみた。
この世界では、魔法は魔法陣を描くことによって発動する。そして、魔法使いは称号の獲得によって空中に魔法陣を描くことが出来るようになるらしい。それは二重や三重と重なっていくごとに強力になっていくらしく、普通なら称号によって限られた数の魔法陣しか出せないらしいが、フィアはそれを魔力が続く限りいくらでも重ねられる称号を持っているらしい。
あいつってそんなに凄かったのか~。でも、そんなに凄い魔法師なら結界壊れたら自分の魔力が無くなる事くらい知っているんじゃないか?それでも俺に破壊を頼んだんじゃないか?きっとそうだろう。
「あのさ、実は俺ってフィアと友達なんだよ」
「へ?何を言ってるっすか?結界の中にいるフィア様と友達になれるわけ無いじゃないっすか」
「いやいや。使用人ならこの鎧に見覚えないか?あいつに貰ったんだよ」
「ま、まさかとは思ってましたが……覇道の鎧っすか?」
やっぱり知ってたか。俺の姿を見てビビらないからおかしいと思ってたんだよ。だが、好都合。このまま説明してやろう。
俺は異世界転生からフィアとの別れまでを掻い摘んで話し、ついでに自己紹介してやった。
「そうだったんすか。フィア様は確かにもう出たがってるようっすね」
「ああ。だからもう壊さないか?俺もある程度力を取り戻すまでは手伝うからさ」
「う~ん。そうっすね~」
少女はしばらく瞑目して考えていたが、決意を固めたように目をカッと見開いて口を開けた。
「良し。分かったっす!!覚悟決めたっす!!あの扉を蹴破る程の力を持つミクモさんも手伝ってくれるなら、きっと大丈夫っす!!これからよろしくっす!!」
「おう。任しとけ。よろしくな。えっと……名前何?」
テンション上がって話合っていたが、名前を知らなかった。
「ああ。申し遅れたっす。私はルイン・ネイロン。フィア様の使用人であり、従兄弟っす」
「あれ?血縁関係なのにメイドやってんの?」
「本家と分家の力関係っすよ。とはいっても、幼馴染みなんでほとんど友達みたいなもんっすよ」
本家と分家か。この世界では家の力関係とかが結構残ってるのかもな。
「へ~。そうか。俺とも友達になってくれるか?」
「勿論っすよ。ここで長年一人は寂しかったっすから、友達大歓迎っす。ルインでいいっすよ。こっちはジンさんって呼んでいいっすか?」
「おう。いいぞ。改めてよろしくな」
「こちらこそ改めてよろしくっす」
こうして話し合いの末。クリスタルの破壊は決定した。
壊すのはルインが希望したので譲ってやった。きっと今まで守ってきた分の思い入れがあるのだろう。
ルインは空中に魔法陣を描き、そこに肘辺りまで突っ込んだ。すると魔法陣が割れ、入れていた部分が硬い石のような物で覆われ、ゴーレムの手のようになっていた。
ルインはその手をクリスタルの前で振り上げ、
「い、いくっすよ!!」
「おう!!」
「ほんと~うにやっちゃうっすよ!!」
「おう!!」
「ガツンと決めちゃうっすよ!!」
「さっさとやれよ!!」
かなり躊躇っていた。
「お前やる気あんのか?」
「あるっすよ!!ただこう……思い入れと言いますか、自分の努力を壊すようでやり辛いんすよ」
「フィアを守る為に始めたのにクリスタルの守護が、フィアを苦しめるようなことになったら本末転倒だろうが。フィアに会いたくないのか?壊した後に欠片でも拾って我慢しろ。な?」
「う~。わかったっす。覚悟決めるっす」
そう言ってルインはもう一度手を振り上げ、
「さようなら!!私の百五十年!!」
「ごめん。軽く我慢しろとか言って!!」
クリスタルは砕け散った。同時に罪悪感も湧いた。
とにかく。これでフィアは開放されたはずだ。速く会いに行って喜ぶ顔が見たいものだ。
考えている内に、ルインは腕の魔法を解き、クリスタルの破片を全てメイド服のポケットに入れ終えていた。
「よし。じゃあフィアのところまで行こうか」
「ああ、待ってくださいっす。荷物があるっすよ」
そう言ってルインは部屋の奥の家具を指し示した。
「荷物って家具か?あんなもん全部はさすがに運べないぞ?」
「大丈夫っす。これでも私は魔女っすよ?」
ルインはニッコリと笑うと指でパチンッと高い音を鳴らした。すると少しの間を開けて、部屋の左右から扉が蹴破られる大きな音がした。
「な、なんだ?」
「ふっふっふ。これが私の得意魔法っす!!ジンさんが来たばかりの時は驚いてて操作出来るのを忘れていたっすけどね!!」
そう言ってルインが部屋の入口を指さした。そこには六本の腕を持つ三メートル程のゴーレムが二体。右腕が大きな槍になっている四メートル程のゴーレムが二体。計四体のゴーレムがいた。
「もしかしてあれってお前のだったのか!?」
「そうなんっすけど……おかしいっすね?入り口側の部屋のゴーレム達が来ないっす」
……犯人は俺です。
「そ、そうなんだ~。すごいな~。ゴーレムを使えるなんて~」
「ん?なんだか声が震えてないっすか?」
「そんな事は無いよ~。きっと勘違いだよ~」
「そうっすか?まあいいっす。家具運びはろくちゃん達に、天井の石はやーちゃんにお願いするっす」
六本腕のゴーレム達が器用に家具を抱えていき、槍のゴーレムが槍の先で石を落として拾っていく。
ろくちゃんって……あのごつい六本腕かよ。それでやーちゃんが片腕が槍の全体的にカクカクしたやつか……名前が無駄に可愛いな。本当無駄に。
「さあ。ジンさん行くっすよ。入り口の部屋にはとても大きなゴーレムがいるっす。ってジンさんは通ってきたから勿論見て───」
ルインの声が急に消えた。ゴーレムに気を取られている内にルインが入り口の部屋の扉を開けてしまったようだ。
しばらくの静寂の後、魔法で手をゴーレムのように変えると俺を殴ってきた。
俺は一度謝罪した後、黙って殴られる事にした。




