第11話
森が再び静かさを取り戻して三十分。僕とセシリィとリリナさんは大木に寄りかかり疲れを癒していた。
あの男が魔王であり、僕の友人だった人物であり、今では最強の敵でもある。
セシリィは奴が去ってから五分ほどで目覚めた。セシリィはまだ疲れが残っていたようで、僕の疲れを癒すのも兼ねて、此処でのんびりしている。
「……レムナ、あの魔王は貴方の事を何て呼んでいたの?」
僕が自然の風を受けていると、左隣に凭れ掛かっている、リリナさんが何気なく訊いてきた。
僕は一度無言でこの場を貫こうとも思ったが、追及されるのも嫌なので、『嘘』をつくことにした。
「知らない、僕は魔王の事も知らないし」
魔王こと、僕の旧友とは、地球で中学生からの付き合いだった、よく僕とアイツともう一人の友人を入れて行動を共にしていた。もう一人の友人とは幼い頃からの付き合いだが、今頃は地球でのんびり誰かと過ごしているのだろう。
そう言えば何故、奴は僕と同い年くらいの容姿だったのだろうか、アイツと僕は同時に死んだのか?
まず僕は自分がどうやって死んだのかを覚えていない、だからアイツと一緒に死んだ確率が十分にある。だがそれが事実ならば、僕と魔王は一緒にあの門をくぐったはずだ、しかし僕はあの空間での出来事は鮮明に覚えている、あの時、あの門をくぐったのは僕一人だった。
リリナさんはそれ以上追及はしてこずに、休憩を続けた。
僕は一度欠伸をして、セシリィに目をやる。セシリィは、僕たちが通って来た道を目を細めながら眺めていた。
「どうした、セシリィ?」
「え? 向こうの道から足音が聞こえてくるの」
「足音?」
僕の尋ねにセシリィは答え、その答えにリリナさんが反応した。
耳を澄ませて、音を探る。
セシリィの言う足音はすぐに聞こえ始めた。足音は幾つも重なり合っていた。
数人か。
僕は立ち上がり、音のする方を睨む。もし魔界の残党ならば排除しなければならない。
「……あ」
僕が目を細めて発見したのは、一匹のケンタウロスに跨った一人の人物と、それを取り巻く兵たちだった。
あれはゾネルの都市『ヴァイラ』の軍か。
兵たちは僕たちを見るや、ケンタウロスに跨る人物に耳打ちし始めた。
僕は注意しながら再び観察する。すると目に映ったのは、キャルメだった。
キャルメは、ケンタウロスの後ろで、こちらを何度も見たりしている。
大方キャルメが僕たちの事をしゃべったのだろう。
……まさか、僕とセシリィの魔法、体質についてもか?
「……何故ヴァイラの兵が、……な!?」
「リリナさん?」
急にリリナさんがケンタウロスに跨る人物を見るや、絶句した。
僕は怪訝に思い、もう一度注意深く観察する。
「な……、何であの人が……!?」
絶句。あの人を見た時点で絶句するのも頷ける。それより何故あの人がこの戦場に。
あの人は、ケンタウロスに跨る、真紅のマントを着ている男、神は赤く、少々しわのある人物はヴァイラの王にして、この国の第一責任者『ヴァン・リウス』。
僕たちがそれぞれ違う驚き方をしていると、国王一行は僕たちの前へとやって来た。
「君が、レムナ君かい?」
ヴァン国王は僕に向かって名を尋ねてきた。
「は、はい」
キャルメを見ると、僕たちを悲しそうというか、なんというか、慈悲の意を籠めた瞳で見ていた。
「そうか、それで、そこのお嬢さんがセシリィ君かね?」
一体何なんだ、何故この人は僕の目の前に立っている。
兵士も、僕たちを興味深そうにまじまじと見ている。
兵? そうか、キャルメが僕たちの事をしゃべったのか。この野郎……。
僕の予想が正しければ、この人たちは僕たちを兵へと勧誘しに来たのだ。断ることはほぼ不可能に近いが。
僕は警戒を強めて、いつでもセシリィ達をつれて逃げだせるような体勢を取る。
「はい、そうですが。何故貴方のようなお方がこんな戦場へ?」
「……勘が鋭いね」
「恐縮です」
僕は一歩下がり、セシリィの前へと立つ。
絶対にセシリィだけは連れて行かせない。
「まぁ、そう警戒するな、私は君に頼み事が有って来ただけだ」
「頼み事?」
僕は訝しげに国王を見る。
「……先に断わっておきますが、軍への勧誘なら帰ってください」
国王を取り巻く兵が、僕に批難の目を送る。僕はそれを気にも留めずに、国王を見据える。
「あぁ、それもあったが、こっちの方が私事としては優先だからな」
「それで、頼み事とは?」
「まずは、森に戻ろうではないか」
「そうします」
・・
ゾネル第一責任者のヴァンは、魔法に優れるという、その中でも土系魔法が得意らしい。
土系魔法は、地面を揺らすことが可能、土を変換させ、自分の魔力に応じて硬度も変化する。
……当たり前の事だが僕には関係ないけどね。
武力にもまぁまぁ優れているというので、手合わせを願いたい気もするが、まずはその頼み事とやらだ。以外にも大事なのかもしれない、私事を優先する国王はそうそういないからな。
僕は緊張しながら、王と対面した。王が入るにはどうかと思われるみすぼらしい、半径十メートル弱のテントには大きな人だかりができていた。
そういえば、王には子供の兄妹がいるという。兄は十歳という若さで、この国の何処だったかの少し大きい街の、王を務めているとか。
妹は、確か世間に姿を見せていない。我が侭で外出をしないのか、親の心配か、どちらかなのだろう。
「……それで、頼み事とは?」
僕の横にセシリィ、僕の後ろには何故かリリナさん、その横にはリリナさんに怪しまれているキャルメ、僕の前には王、その隣には兵一人が立っていた、そしてその後ろには、一人の豪華な衣装に身を包んだ女性がいた。
「あぁ、私とエメナに娘がいるのは知っているな?」
「はい、存じ上げます」
エメナとは、先ほどの豪華な衣装に身を包んだ女性の事だ、王とは十七年前に出会って、家の反対を押し切り、晴れて結婚したとか。
家庭の事情、まさか娘が魔界の住人に連れ去られたとか?
「実は、君に娘の事を頼みたいのだよ」
「は」
僕の頭が一瞬フリーズした。
今何と、僕の耳はこんなにも悪かったのかな、今なんて言った。
「今何と?」
「だから、娘の事を……あぁ、そういうことではなくてだな」
「あ、そうですか」
僕は一安心して、息を吐き出す。
セシリィをちらりと見ると、僕を睨んでいた。何ゆえ……。
「何故安心する」
「あ、いやぁ」
僕は茶を濁した。
「まぁいい、聞いたところによると君は魔法が効かないようだね」
「……はい」
キャルメが話したに違いない。
僕は一度後ろを振り返り、キャルメを見る。キャルメは、僕から慌てて目を逸らすも、リリナさんに睨みつけられて、逃げ場を失くした。
「そうか、なら私としても嬉しい」
「……」
その言葉に少し苛立ちを覚えるも、その怒りは、セシリィが僕の手に自分の手を重ねたことにより、あっさり消滅した。
「実は、私の娘も……魔法が使えないし、効かないんだ」
「え……?」
今度こそ、今王は何と仰ったんだ? 娘も魔法が効かない、と言ったのか。
「娘さんも魔法拒否体なのですか?」
先ほど、魔法拒否体の魔王に遭ったばかりで、これじゃあ不意打ちにもほどがある。
「容姿も君と同じでね、耳も尖っておらず」
「そのことがバレないように外出を禁じている、と」
「ご名答。その通りだよ」
「で、僕に何をしろと」
ここからが本題だ。
「娘はね、外出をしないから世間の事が分からないんだ」
「はい」
「今まで合ったことのある人物は、私とエメナとマサナと世話係の一部だけなのだ」
「はぁ」
「だから、あまり人の事を好ましく思ってるかもしれん」
大体事情は把握した。
「つまり、一緒の能力を持っている僕に合わせて、人の事を良く思ってもらおうと?」
「あぁ、すまないね、こんなしょうもない事情で」
「そうですね」
僕は人の悪い笑みでそう言った。
王はそんな僕を見て苦笑し、兵は僕を非難の目で再び見ていた。
キャルメを勝ち誇った顔で見ると、彼女は驚いた顔をしていた。
ただ思ったのだが、セシリィを一緒に連れて行くのは良いのだろうか。




