第32話 攻略報告
三層から地上に戻ってくると、ダンジョン前の様子がすっかり変わっていた。
以前は自衛官が何人か立っているだけだったのに、今では腰ほどの高さのゲートが何台も並び、その先には受付らしきカウンターまで設けられている。壁際には見覚えのない機械が増え、天井には監視カメラまであった。
……なんだこれは。
俺たちがダンジョンに潜っていたのはおよそ三週間。
その三週間で、ダンジョン前がいつの間にか空港の検査場みたいになってしまっている。いやそれより厳重だ。なにせゲートを境にしてガラスか何かでダンジョン前が区切られているのだから。
その変わりように唖然としていると、ゲート脇に座っていた見慣れない制服姿の男がこちらに気付いた。
男は明らかに不審者を見るような目を向けると、帽子のツバを浅く持ち上げる。
「君たち、随分若いね。探索者番号を答えなさい」
「は? ば、番号?」
「言えないのか。ならば探索許可証は。速やかに提示しなければ人を呼ぶぞ」
……ちょ、ちょっと待ってよ。なにこれ。
どういうこと? 聞いたことない言葉ばかりなんだけど。それに人を呼ぶって?
もしかして、密入国ならぬ密入ダンジョンでも疑われてるのか?
冤罪だ。
「……こういった管理はいずれやると思ってましたけど、やや早い気がしますね。何か不祥事でもあったんでしょうか」
「俺が知るかよ」
不祥事でも何でもいいが、このゲートからは何が何でも登録者以外は通さないという意思を感じる。この年で、いやいくつになっても犯罪者になるのだけはごめんだ。
そう内心で焦っていると、奥の扉が勢いよく開いた。迷彩服姿の自衛官が、ほとんど駆け込むようにこちらへやってくる。よくゲート前に常駐している自衛官で、声は聞こえないが俺たちのことを説明してくれているようだった。
その様子に、俺はほっと息を吐いた。
「……なんとかなりそうだな」
「別に私は焦ってませんよ。政府公認でしょう」
……ごもっともで。それこそ人を呼ばれれば解決する話だった。
自衛官から説明を受けた制服姿の男は、いつの間にか化け物でも見るような目で俺たちを見ていた。
居心地の悪い視線から逃れるようにゲートを潜ると、自衛官が軽く敬礼して笑顔を向けてくる。
「お疲れ様です。すみません、今は丁度引き継ぎ期間でして」
「あ、いえ、全然。あの人は?」
「異常領域対策庁の現場職員ですね。今後は彼らがダンジョン前を管理しますので、皆様のことはよく申し伝えておきます」
よくよく聞けば、あの人は探索者を管理する部門とのこと。
他にも細々とした部署が新設されているらしいが、全て右から左に流れていった。よく知りもしない裏事情より、ダンジョン前の変わりようの方が俺は気になる。
以前は何もなかった壁際には簡易ロッカーが並び、奥には《更衣室》と書かれた案内板まで増えている。さらに先は工事用の間仕切りで塞がれ、その向こうからは今も工事の音が絶えず響いていた。
……ここを一体なんの施設にするつもりなんだ。
聞くと長そうだから、今は止めておこう。
「それより、帰って来られたということは、三層は……?」
「攻略しました。荷物を預かってもらってもいいですか」
「おお……おめでとうございます!」
自衛官は笑顔で無線機を取り出し、方々に連絡を入れる。
すぐにいつものカゴ台車が運ばれてきて、俺たちはまとめて荷物を放り込んだ。朱音がどさくさ紛れにハコブネを懐に隠そうとしたので、それも容赦なく取り上げる。ズルはいけない。
……やっと終わったって感じがするな。
文字通り、肩の荷が下りた。
「少々お待ちください。今から石田一佐がとんできますので」
「一旦帰らせてもらうことはできませんか」
「確認は取ります。ただ、今回は三階層からの初帰還なので、すぐにお帰しするのは難しいかと」
……まぁ、それもそうか。仕方ない。
ただ、こちらにも譲れない事情はある。
「なら、この二人は先に帰らせてください。俺だけ残ります」
「ちょ、先輩!?」
「そうは見えないでしょうが、朱音は重傷です。これだけは絶対に譲れません」
「重傷?」
自衛官は眉を上げ、力強く頷いた。
「分かりました。私が責任をもって石田一佐に伝えておきましょう」
「ありがとうございます」
俺は本心から安堵の息を吐き、緊張の糸を解いた。
そもそも朱音を病院に診せるために無茶をしたようなものだ。ダンジョンでならまだしも地上で足止めされるなど許せない。話が分かる人で助かった。
だというのに、なぜか朱音が食って掛かってきた。
「何言ってるんですか、今回は色々報告することが多いでしょう。そういうのは私の役目です。私も同席しますよ!」
「やかましい。雪村さん、お願いします」
「お任せください」
雪村さんが朱音の肩に手を置いた途端、朱音と共に影にズブズブと沈んでいく。自衛官がぎょっと目を見開き、こちらを見ていた制服姿の男に至っては軽く悲鳴を上げていた。
「ハコブネの、いえアイテムの所有権だけは私が――ああーっ!」
そう断末魔のように朱音が叫びながら、二人は完全に消えた。
影移動、といったか。
字面から察するに、影の中を移動できるスキルか。魔狼との戦いから見るに瞬間移動ではないようだけど、人目を避けるには便利なスキルだ。
……というかホラー映画かよ。
「あの、今のは……?」
「スキルです。ご存知でしょう」
それ以上の説明はできない。俺も聞きたいくらいなのだから。
自衛官に案内されるまま応接室で待っていると、ほどなくして慌ただしく扉が開いた。入ってきたのは石田さんと、なぜか真壁さんまでいる。どうやら二人揃ってとんできたらしい。
俺の顔を見るなり、二人はほっとしたように表情を緩めた。
どうやらかなり心配を掛けていたようだ。
俺としては、まだ目の隈が取れていない二人の方が気になる。
少しは休めるとか言ってたのになぁ。
「すみません、先に座らせてもらってます」
「ああ、いや、気にすることはない」
二人は気を取り直して椅子に座ると、軽く息を吐いた。
軽い挨拶を交わしたあとに、真壁さんが笑みを浮かべる。
「まず、無事に戻ってきてくれたことを心より嬉しく思う」
しかし、すぐに難しい顔になった。
「とはいえ、九重くんが重傷だと聞いた。こちらの紹介で治療をと連絡を入れたのだが、断られてしまってね。実際のところ容態はどうなのだろうか」
「動ける程度には回復したと思いますけど、実際は病院に診てもらうまで分かりません。なにせ少し前にお腹を槍で貫かれたばかりですから」
そう正直に答えると、真壁さんたちが目を見開いた。
そこまでの怪我とは思っていなかったのかもしれない。
いや、俺たちが重傷を負った事実に驚いているように見えた。
「詳しく聞かせてもらいたい」
俺は頷いて、三層に到達してからのことを順番に話した。
三層は樹海が広がるエリアだったこと。
そこで遺跡を見つけ、ハコブネを手に入れたこと。
狩猟民族のワーウルフと敵対したこと。
そいつらに朱音が重傷を負わされたこと。
ワーウルフを追い詰めたらボスが現れたこと。
一つ一つを詳細には話さず、本当に要点だけをざっくり伝える。
途中忘れていて詰まった箇所もあったが、二人は口を挟まず最後まで話を聞いてくれた。
一気に喋ったせいで喉が渇いた。お茶が冷たい。うますぎる。
「……なるほど。三層は二層と全く別の生態系のようですね」
石田さんが顎に手を置いて、こちらを見る。
「モンスターの強さはどの程度でしょうか。特にそのワーウルフというのが気になりますね」
「二層から降りたばかりなら、楽に倒せるのはいないと思います。ワーウルフは一番の強敵ですよ、知性があって群れで行動している。ゴブリンと似ていますけど、一体一体が比にならないくらい強いです。俺でも三体が限界でしょうか」
……リジェネを使わないという前提なら、だけど。
ただ、一期生や自衛官がリジェネを使えるとは限らないのたから、そう言っておいた方がいいだろう。俺なら十体相手にできるとか言ってワーウルフを過小評価されたらたまらない。
予想以上の効果を発揮したのか、石田さんが顔を引きつらせた。
「み、三橋くんでもですか。他にはどんなのが?」
「蜘蛛とか百足とか、人の十倍近い巨人とか、ですかね。ただこいつに知性はないです。どっちかというと獣に近い。ああ、木に登るのはいいですけど、絶対空には顔を出さないようにしてください。鉄みたいな鳥が飛んできて、一瞬で切り刻まれますよ」
「……聞けば聞くほど厄介ですね。どう攻略すればいいのでしょうか」
「三層にはスライムがいます。こいつらには明確な攻略法があるので、まずは奴らでレベルを上げた方がいいかと。攻略法はあとで共有しておきますよ」
「本当ですか。それは非常に助かります」
とはいえ、スライムは遺跡にしかいないと思われる。どうせ一層や二層と同じく入り口はランダムだろうし、自衛官や一期生がそこにたどり着けるかは出たとこ勝負になってしまう。
俺たちはボスを倒しただけで、三層の全てを知ったわけではない。もっと安全にレベルを上げられる場所やモンスターがいる可能性だってある。
その辺りは、これから地道に調べていくしかない。
「……遺跡、と言ったか。それは人がいた文明の名残があったということか?」
真壁さんの質問に、俺は少し考えてから首を振った。
「分かりません。壁画みたいなものは見つけましたけど、モンスターだって建物を建てたり絵を描いたりする可能性もゼロじゃないでしょう。二層のゴブリンですら集落を作っているのですから」
「それはそうだ。ただ、遺跡というからには何かを見つけたのだろう? ハコブネ……もしや、ノアの方舟に掛けた名前か」
「ええ、まぁ。そういえばハコブネが何か言ってませんでしたね」
ハコブネという呼び方が俺たちの間で通りすぎて、もはや普通に使っていた。これでは初めて聞く人には意味が分からないだろう。名前が大仰だから真壁さんも妙に構えている気がする。
……あれ、ダジャレなんですよって言いにくいな。
とはいえ、説明しないわけにもいかない。
俺はハコブネが小袋で、不思議なアイテムであることを話した。
その瞬間、二人が揃って息を呑む。
「凄まじいな。魔石だけでもダンジョンの価値は高いというのに、よもやそのような遺物まで出てくるとは。もはや計り知れない」
「ですが、非常に有用であることは間違いありませんよ。これはまさしく大発見でしょう」
「……有用過ぎるのも考えものなのだよ、石田くん」
「何を言うのですか。便利であることに越したことはありません。話を聞くに我々現場にこそ欲しい遺物です。他にも似たようなものは見つけましたか?」
興奮している石田さんを見て、俺は朱音を思い出した。
そういえば、アイテム関連の所有権の話は自分がやる、と断末魔に叫んでいた。特にハコブネに対しては並々ならぬ執着を持っていた気がする。
「用途は分かりませんが、遺跡から回収したテント含めて色々持って帰ってます。けれど、そういった話はうちの朱音としてください。一旦は預けますけど、勝手に触ると多分めちゃくちゃ怒ってきますよ」
「それは……」
「だそうだ。落ち着きなさい、石田くん」
真壁さんにそう言われ、石田さんが椅子に深く腰掛ける。
石田さんが言うように現場、例えば自衛官や探索者にこそ欲しいアイテムなのだから、興奮する気持ちは分からなくもない。俺たちも一人に一個は欲しいくらいだし。
ただ、そういったのはそれこそあとにやればいい。
「そういえば、三層とは関係ありませんが、ステータスに面白い発見がありました。もしかしたら二人はご存知かもしれませんけど」
「ほう。というと?」
「朱音がワーウルフに弓を壊されたんですけど、三層の素材だけで新しくナイフや弓矢を作ってましたよ。本人曰く、ステータスの器用さが関係しているかもしれない、と。ちなみに物作り経験は学校の図工だけだって言ってました」
石田さんが驚いたように目を剥いた。
そして真壁さんと示し合わせたように頷き合う。
「素人がナイフはともかく弓矢を……長官」
「ああ。至急、各ステータスに特化した自衛官を選別してくれ」
どうやら二人も知らない情報だったらしい。
俺たちでは検証するにも時間が掛かる。
こういうのは他でやってもらった方が効率がいいだろう。
そのあとは、三層の要点を更にかいつまんで話した。
雪村さんが朱音の付き添いに行った以上、地図データを提供して詳細な情報を書き込むこともできない。アイテムは朱音の領分だし、俺だけで出来ることはたかが知れている。
ある程度話したところで、真壁さんが今度こそ憂いなく笑みを浮かべた。
「何にせよ、これで日本は世界で三番目に第三階層を攻略した国となる。他国に遅れを取らずに済んだというだけでも非常に大きい。本当にありがたい」
「三番目?」
そう首を傾げると、真壁さんが頷いた。
「ああ。君たちが三層に突入した直後、アメリカ、次に中国が第三階層の突破を発表した。今のところその二か国だけだが、実際はどうか分からない。一般人が無作為に潜っている国もあると聞くからね」
「……なるほど」
他国のダンジョンに関してはあまり関心がなかったが、今の話を聞いて少し興味が湧いてきた。特に一般人が無作為に潜っている国について詳しく知りたい。
さすがに俺も分かってきている。ダンジョンでは元々どれだけ強かったかより、どれだけ早く潜ってレベルを上げたかの方が重要になってくる。
もちろん軍人なら最初は圧倒的に有利だろう。けれど、その差だってレベルが上がるほど小さくなる。
そういった国は、多分予想よりはるかに進んでるかもしれない。
三層どころか四層が攻略済でも、別に驚きはない。
……その分死亡者は半端じゃなさそうだけどな。
そこまで考えて、不意に視界が揺れた。
「三橋くん?」
……まずいな。MPも回復しないし、思ったより疲れがきてる。
俺の体調を察してくれたのか、真壁さんが気を遣うように口を開いた。
「済まない、思ったより長引いてしまったようだ。詳細はまた後日にしよう。君の学校にはこちらから連絡を入れている。判断は向こうに委ねているが、恐らく公欠扱いになっているだろう。ゆっくり休みなさい」
「すみません、ありがとうございます」
……学校とか、久しぶりに聞いたよ。
完全に忘れてた。
「今回の攻略については、事実確認の後に政府から公表することになると思う。もちろん、三層の具体的な攻略情報や君たちについては伏せる。いいね?」
「はい。お任せします」
そう言って、俺は二人に見送られる形で部屋を出た。
いつもは遠慮している車での送迎も、今回ばかりはありがたく受け取ることにした。車で寝落ちしないように気をつけながら家に帰ると、なぜか仕事に出ているはずの父さんまでいた。
当然ながら、こっぴどく叱られた。
ちゃんと三層に行くともしばらく帰れないとも伝えている。ちょっと理不尽な気もするけれど、それだけ心配をかけたというなら甘んじて受けるしかない。
何より、ようやく帰ってきたという感じがする。
その日、俺は食うものも食わず自室に戻り、泥のように眠った。




