第31話 三層攻略
反射で横に跳ぶ。
弾丸のような速度の体当たりを躱すと、すぐに反転した。
魔狼の三本爪を大骨で受け止め、流し、崩れた姿勢のまま横蹴りを放つ。左前脚で呆気なく防御されたが、反動を利用して距離を取った。
「ヴォオオオオオッ!」
「おおおおおおッ!」
再度の体当たりを、今度は避けることなく迎え撃つ。
魔狼の速度に大骨の振り下ろしを合わせ、奴の背中に叩き付けた。
俺は車に跳ねられたように吹き飛ばされる。一瞬だが意識が飛んでいたのか、いつの間にか宙を舞っていた。
空中で体勢を立て直し、地面に着地。
しかし身体がよろけ、思わず片膝をついた。
……だが、魔狼もただでは済んでいない。
俺が叩き付けた背中が、鬱血するように血が滲んでいた。
魔狼の連れを殺したことで、俺のレベルも一つ上がった。速度は相変わらず劣っているが、おかげで力だけは絶望的というほどの差ではなくなっている。
「ヴォオオオオオッ!」
三度、魔狼が体当たりを仕掛けてきた。
……上等だ。
「――ッ!」
二度目の激突では、どちらからも派手に血しぶきが舞った。
今度は意識を失うような間抜けはしない。
俺は空中で構え直すと、落下の勢いと共に魔狼に打ち下ろそうとした。
魔狼はその巨体を自在に操り、最小限の動きで軌道から避ける。
そして着地を待つまでもなく、地面を抉りながら三本爪を下から掬い上げてきた。
「――ッ!」
大骨を棒のように使い、爪と爪の隙間を無理矢理こじ開ける。
一瞬の判断ミスで身体が刻まれるが、俺は迷いなくその隙間に身体を捩じ込んだ。
身体の至るところを爪で裂かれるも、着地と同時に大骨を握り直す。
三本爪を掬い上げて無防備となった魔狼の右側面から、俺は全力で大骨を振り抜いた。
「ヴォッ――!?」
硬い手応え。
大骨が脇腹へ深くめり込み、魔狼の巨体が横へ流れる。
初めて明確な苦鳴が上がったが、倒れない。
魔狼は赤い瞳で俺を睨むと、振り上げた爪を斜めに振り抜いた。
――速っ。
これまでで最も鋭い攻撃に、一瞬だけ脳の回転が止まる。
役立たずの頭を置き去りにして、先に身体が勝手に動いた。
「――ッ!」
三本爪の全てを、前に突き出した大骨で受け止める。
地を叩くような衝撃を斜めに逃がし、後方に何とか逃れる。
それでも殺し切れない衝撃が、まず脚に重く伸し掛かっていた。
「グルルルアッ!」
俺がすぐには動けないと悟るや否や、魔狼が牙を剥いてくる。
――やられっぱなしでいられるかッ!
「おおおおおッ!」
「――ッ!?」
大きく開けた顎門、その下顎を下段から真っすぐ蹴り上げた。
予想外の一撃だったのか、魔狼の口が強制的に閉じられる。
たまらず魔狼が下がった。舌でも巻き込まれたのか、口元には薄っすらと血が滲み出している。
俺の方も、魔狼の巨体を支えた軸脚が半ば動かない。
……状況はとてつもなく悪かった。
持ち直した魔狼の爪を大骨で流し、横っ面を蹴り抜く。
カウンター気味に伸ばされた左前脚が、俺の脇腹を叩いた。
背中、肩、脚へと、血反吐を吐きながら連撃を叩き込む。
代わりに、俺の右腕から鈍い音が響いた。
骨が軋み、感覚が一瞬だけ消える。
幾度となく攻防を重ね、その度にお互いから鮮血が散った。
リジェネ前提の戦闘は、紙一重だ。
体当たり、左前脚、後ろ脚、牙。
三本爪だけに気を付ければいいわけではない。奴の攻撃全てが致命傷に繋がっている。それは巨体故に繰り出される何気ない動作一つとってもだ。
重傷はすぐには治らない。即死は喰らったら当然終わり。
魔狼の身体は至るところから血が滲んでいる。俺が与えてきた攻撃は確実に魔狼の体力を削り、ダメージを蓄積させていた。
だが――流している血の量は、明らかに俺の方が多い。
……どうする。このままじゃ俺が先に潰れる。
だからといって何か手があるわけではない。そんなものがあるのなら最初から使っている。
魔狼の攻撃や速度は言わずもがな。分厚い毛皮と硬い筋肉に覆われた身体は全身が鎧に等しく、全力をもってしても有効打にしかならない。当たりどころが良くても致命傷などまず無理だ。
だが、勝ち筋は一つだけある。
……『正拳突き』。
俺が覚えている唯一の攻撃スキルにして、最も破壊力の高い攻撃。
だが、あれには明確に弱点がある。
射程も短く、МPの消費量が激しく、使用中はリジェネが切れる。
……ハイリスクだ。
「ヴォオオオッ!」
「――っ」
魔狼の突進を空中に逃げる。
追いかけてきた魔狼から更に距離を取った。半ば逃げるような俺の動きに、魔狼がこの戦闘で初めて動きを止める。
……考えている時間はない。
どのみちやらなければいずれ負ける。なら賭けるしかない。
いや、賭けじゃない。
どうせやるのなら、絶対に避けられないようにしてやる。
「来いッ!」
「ガァァァアアアッ!」
仕切り直しの合図と共に、魔狼が凄まじい速度で迫ってきた。
……構わない。ある程度は喰らってやるよ。
俺は大骨から意識を離し、身体を低く、真正面から突っ込んだ。
魔狼の懐に潜り込むには、代償無しではいられない。しかし『正拳突き』を確実に当てるには、それでもなお足りない恐れがあった。いや、十中八九避けられる。
それでは駄目だ。ただの博打にも程がある。
だが、避けやすい攻撃ならば、絶対に避けられないよう捕まえてから放てばいい。
つまり――俺の身体で捕らえてしまえば解決だ。
……肉を切らせて、お前を殺す!
体当たり――違う、右脚が動く。三本爪。
それは頭、胸、腹と、一刺しで俺を殺す軌道を描こうとしていた。
直撃は死を意味する。瞬時にそう判断した俺は半身だけをずらし、軌道を左腕、脇腹、脚に限定させる。
魔狼の爪を受けた衝撃に備え、咄嗟に左腕へ力を込めた。皮膚の奥が妙に強張った気がしたが、気にしている余裕はなかった。
右腕に意識を集約する。後はこの一撃をぶち込むだけ。
死を賭した集中がなせる技か、全ての動きがスローに見えた。
そして――見た。
魔狼の爪が不自然な軌道を描き、視界から消える。
次の瞬間には――俺は宙を舞っていた。
「――ぶ、は、っ!?」
頭も視界も目まぐるしく回転している。
やがて凄まじい衝撃を背中に受けて止まった。
ずるずると落ちるような感覚。
そこで初めて、俺は壁に叩きつけられたのだと知った。
……フェイント、だと。
三本爪を引っ込め、死角から左脚で払われた。
やったことは単純だ。しかも無理な軌道のせいで力がかなり逃げている。俺が生きているのがその証拠だろう。あの勢いで左脚が直撃すれば、俺は死んでいてもおかしくない。
……なぜ。今まで一度も使ってこなかったのに。
逃げたからか。
俺が反撃をろくにしようとせず、何かを狙うように逃げたからか。
「ウォオオオーーーーンッ!」
魔狼が歓喜の雄叫びを上げ、悠然とした足取りで歩いてくる。
その姿はまさに支配者と呼ぶに相応しく、威容だった。
そして、その瞳には明らかに侮蔑の色を宿している。
……見抜いたと、そう言いたいのか?
ふざけるなよ。畜生が。
立て。
まだ終わってない。
大骨を杖のようにして、俺は無理矢理立ち上がる。
膝が勝手に笑っていた。明らかに回復が追いついていない。
それがどうした。
一度失敗したのなら、すぐに二度目を試せばいい。
二度目が駄目なら三度目を。何度でもやってやる。
……勝つまでだ。
――――轟音が鳴った。
「――ッ!?」
魔狼が身を屈めると、その背中を何かが通り過ぎる。
岩壁を破壊する破砕音と同時に、魔狼がのた打つような叫び声を上げた。見れば背中がごっそりと抉られている。
岩壁には、槍と見紛うような一本の矢が深々と突き立っていた。
「やっぱり……もう戦ってるじゃないですか」
――朱音、か?
声のした方に目を向けると、朱音と雪村さんが立っていた。
服は汗と泥に塗れ、所々血が滲んでいる。とても無事とは言いがたい。
だが、生きている。それだけでなぜか報われた気持ちになった。
……良かった。
「ヴォオオオオオッ!」
魔狼が怒りの雄叫びを上げる。赤い瞳が朱音を睨んだ。
まずい。
「綾、お願い」
朱音がそう言った瞬間、雪村さんが地面に沈んだ。
何が起きているのか訳が分からない。本当に沈むように消えてしまった。
かと思えば、唐突に魔狼の背後に雪村さんが現れる。
そして、朱音が抉った背中にナイフを深々と突き刺した。
「ガァアアアアアアッ!?」
苦悶の叫びを上げ、暴れる魔狼から雪村さんが距離を取った。
雪村さんは何度も地面に沈むように姿を消し、そのたびに別の位置から現れて魔狼を切りつける。捉えどころのない動きに、魔狼の意識は完全に雪村さんへ向いていた。
その隙に、朱音が俺の肩を支えてくれる。
「……なんだ、あれは」
「影移動らしいですよ。綾が土壇場で覚えてくれました」
……影移動、そうか。
だから魔狼に追われても、生き延びていられたのか。
「それより先輩、そろそろ動けますか」
俺の肩を支える朱音と至近距離で目を合わせる。
怒っているし、呆れてもいる。ただその目は真っすぐ俺を見ていた。
「正直、色々言いたいことが沢山あります。でも今はそんなこと言ってる場合じゃありませんから、これだけ聞きます。もう動けますよね?」
「当然だろ……っ」
朱音に預けていた体重を戻し、自分の脚で立つ。
それだけのことが今は難しい。視界も軽く白んできている。
だが、雪村さんが今も戦っている。時間を稼いでいてくれた。
朱音も重傷を負っているのに、無理をして俺を助けてくれている。
回復が追いついていないとか、言っている場合じゃないだろ。
なし崩しとはいえ、元々は俺から始めた戦いだ。
これで動けない奴は、リーダーではない。
「……やるぞ。朱音は後ろから援護だ」
「任せてください」
朱音が答えた瞬間、俺は魔狼に向かって一直線に駆けた。
雪村さんに翻弄されながらも、奴の警戒は依然俺に向いている。
俺を視界に捉えた奴の目が薄く細まり、三本爪が持ち上がった。
……そうだ。俺を見ろ。
「おおおおおおおッ!」
正面から大骨で爪を受け、弾いて逸らす。この受け方は一人なら防戦一方になるしかないが、今は生憎と一人じゃない。
「はぁッ!」
雪村さんが、背後から魔狼の後ろ脚にナイフを突き刺した。
三層の素材で作られたナイフは鋭く、魔狼の硬い筋肉でも弾けていない。
嫌がるように横へ跳んだ魔狼。
その着地点へと、今度は朱音の矢がいくつも突き刺さった。
細い、連射用の矢。
それでも針に刺された程度の痛みは感じるのか、魔狼が吠えた。
「ヴォオオオオオオッ!」
休ませる暇など与えない。
俺は魔狼を追撃するように迫り、大骨を連続で振り払う。
魔狼は避け、受け流し、それでも捌き切れない攻撃だけを身体で受けた。魔狼の反撃は隙でしかない。その度に奴は朱音か雪村さんの攻撃をもらっていた。一発一発は大したことなくとも、積み重なれば魔狼の体力を大きく削れる。
一人なら絶対に生まれなかった隙が、三人なら何度も生まれる。
もちろん、俺が継続的に与えたダメージと、朱音が不意打ちで抉った背中の怪我ありきだろう。最初から三人だったらこうも上手く連係は嵌っていない。
それでも、これほどパーティの有り難みを実感できることはなかった。
「ガァアアアアアアッ!」
「ッ!?」
魔狼の動きが変わった。
避けれるはずの矢をあえて受け、雪村さんが目の前にいても無視をした。二人の攻撃を無いもののように扱い、執拗に俺を狙ってくる。
二人との連係を軸にしていたせいか、予想外の動きに俺は爪を避けきれず肩に掠った。
確かに二人の攻撃は大したことがない。魔狼ほどの耐久力があればしばらく無視をしても構わないだろう。まず俺を潰してから二人を仕留める。そう判断しても不思議じゃない。
……ただ、忘れているな。
その背中を抉ったのは、俺の攻撃じゃない。
「ヴォオオオオオッ!?」
魔狼の左肩に、朱音の特大矢が突き刺さった。
……これで明確な有効打が、二度も入った。
魔狼のダメージも動けているのが不思議なほど蓄積している。
この三人なら、あとはこの流れを続けるだけで勝てるはず。
しかし――朱音の特大矢は威力が高すぎた。
魔狼の赤い瞳が、朱音がいる方向を睨む。
狙いを変えた。
そう認識すると同時に、魔狼が朱音の元へと駆ける。
――俺では追い付けない。
「……っ」
朱音は二射目の特大矢を弓に番えていた。
魔狼が左右に動きを散らしている。あれでは照準が絞れない。
「お嬢様っ!」
雪村さんが影移動を駆使し、魔狼の背後に現れる。
そして地面にナイフを突き刺した。
――影縫い。
それは魔狼の動きを一瞬だけ止めた。およそ一秒。
魔狼に目の前まで迫られ、それでも朱音は弦を引き続けている。
一秒あれば十分だった。
「『ズドン』」
矢は螺旋を描き、空気を裂きながら真っ直ぐ飛ぶ。
狙いは頭。当たれば確実に殺せる軌道。
しかし魔狼は驚異的な反応速度で、身体をわずかに傾けた。
「ォォオオッ!?」
頭ではなく左前脚。
槍のような矢が、魔狼の左脚を根元から抉った。
半ば千切れかけた左脚では踏ん張りが利かず、魔狼の体勢が完全に崩れる。巨体が横倒しになった瞬間、俺は駆けた。
『正拳突き』。
ありったけの力を込めて、魔狼の顔面に叩き込む。
その瞬間――魔狼の赤い瞳が俺を捉えた。
「先輩っ!」
朱音の叫び声が聞こえた時には、既に三本爪が横から迫ってきていた。魔狼は左脚を失い、倒れながらも最後まで諦めようとしていない。
回避不能。絶対に当たる。
防御するにも大骨では間に合わず、絶好の機会を逃してしまう。
……いい。くれてやるよ。
ただし、左腕だけだ。
俺は三本爪の軌道に左腕を合わせ、一切勢いを止めず突き進む。
魔狼が取れるのは、俺の左腕だけ。それ以外は何もやらない。
その代わり、何が何でもこの腕だけで爪を止める。
――そう思った瞬間だった。
左腕の感覚が変わった。熱いわけでも痺れたわけでもない。
ただ、皮膚も肉も骨も、何か別の物質に置き換わったように感じた。
……関係ない。
どうせくれてやるのなら、何にでも変わってしまえ。
「ぐ、ぉおおおおッ!」
三本爪が左腕に当たる。凄まじい衝撃が肩まで突き抜けた。
それでも腕は飛んでいない。
それどころか、なぜか薄皮一枚切られていなかった。
爪が――止まる。
「――ッ!?」
魔狼の赤い瞳が初めて大きく見開かれた。
……俺も知るかよ。
大事なのは今、俺が左腕だけで爪を止めたという事実だけだ。
左腕に当たっている三本爪を、そのまま脇へ抱え込む。
逃がさない。
今度こそ、絶対に。
「――捕まえた」
距離はゼロ。
避ける余地も、首を振る余裕もない。
――終わりだ。
「『正拳突き』――ッ!」
「ガァァアアアアアッ!?」
拳が魔狼の顔面へ突き刺さった。
硬い何かがまとめて砕ける感触が、拳から肩まで伝わってくる。
魔狼の頭部が大きく仰け反り、巨体が一瞬だけ宙に浮いた。
それでも爪は俺の左腕を離れない。
俺も離さない。
「おおおおおおおおッ!」
さらに一歩踏み込み、拳を最後まで押し切った。
魔狼の身体からふっと力が抜ける。
三本爪が左腕から滑り落ちた。
巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。
陥没した頭と欠片も動かない巨体が、俺達の勝利を告げていた。
「……終わった」
その場に仰向けに倒れると、疲れが一気に押し寄せてきた。
急いでリジェネを使っても、全く回復する様子がない。どうしてと一瞬慌てたが、すぐに納得がいった。
……МP切れか。
この全身から力が抜けるような疲れも、恐らくそれからきている。
本当にギリギリだった。信じられないほど強敵だった。
……一人なら、多分負けていたかもな。
「……先輩」
「ああ、朱音か。助かったよ、ありがとう」
お礼を言うと、なぜか朱音が悲しそうに顔を伏せた。
「……どうして、一人で無茶をしたんですか」
そう言って、呟くように言葉を続ける。
なぜ、一人で魔狼の住処に向かったのか。
なぜ、すぐにこちらに合流しようとしなかったのか。
なぜ、魔狼を呼び寄せようとしたのか。
色々言いたいことがあると言っていた内容を、この場で一つずつ問いただされる。
俺にも言い分はあった。あの時はそれが紛れもなく最善だったのだから。
だが、次の朱音の言葉に俺は全てを飲み込んだ。
「もう少し、私たちを信用してほしいです……」
「いや……」
反射的に否定しようとして、言葉が止まった。
信用している。二人のことは、間違いなく。
少なくとも、命を預ける相手として疑ったことは一度もない。
だが、魔狼に追われても二人なら逃げ切れると信用していれば、俺は一人で奴の住処に向かうことはなかったかもしれない。ましてや魔狼を誘き寄せるようなことは絶対にしなかっただろう。
信用されていないと疑われても、無理もないことを俺はしていた。
「悪かった。悪かったよ。俺が本当に悪かった」
「本当にわかってます?」
「分かってる。次から気を付けるよ」
「……怪しいですね。なんだかかなり曖昧ですし」
朱音が寝そべる俺の頬を指でつついてくる。
……これ以上俺にどうしろと。
「お嬢様、その辺りで。三橋様はまだ話が聞ける状態ではないようです。それに、お説教ならあとで私も加勢しますので」
「まぁ、そっか。そうだね」
嘘だろ、これで終わりじゃないのかよ。
あとで、の内容に内心怯えていると、雪村さんが遠くを見つめる。
そして、心なしか嬉しそうに口を開いた。
「……どうやら、今のが三層のボスだったようですね」
恐らく四層へと続くであろう階段と、帰還用の扉。
その二つが、魔狼の住処にひっそりと、いつの間にか出現していた。
……ああ、本当に良かった。
これで朱音の怪我をちゃんとした病院で見ることができる。
説教されたばかりで言うのも何だが、無茶をして良かった。
なのに当の朱音はというと、足取りはまだ覚束ないくせに、ガラクタの山へ元気に駆けていった。
「わはー! 来た時にも思いましたけど、魔狼はまたとんでもなくオタカラを溜め込んでいるじゃないですか! 回収しましょう、回収! できるだけ全て!」
……別に病院に行かなくてもよさそうじゃない?
「先輩! 先輩も早くこっちきてオタカラ見つけましょうよ!」
「いや、俺はいい。もう立つ気力も残ってないよ」
そうですか? と一言だけ残してガラクタを回収しだした朱音、その朱音のお守りを雪村さんに任せ、俺は倒れたまま久しぶりにステータスを開いた。
【名前】 三橋暁一
【レベル】 26
【ジョブ】 傭兵見習い
【種族】 人間
【称号】 群れの主
【MP】 0/76
【力】 174
【敏捷】 88
【器用】 86
【精神】 58
【魔力】 22
【スキル】『リジェネ』、『正拳突き』、『???』
【魔法】
魔狼を倒したことでレベルが一つ上がったのはいいとして、また新しくスキルを覚えていた。
これは間違いなく、魔狼の爪を受け止めたあれだろう。
あの時は本当にどうでもよかったが、今になって思えばとんでもないことをしようとしていた。
片腕をくれてやるなど、およそ正気の沙汰じゃない。このスキルを土壇場で覚えていなかったら俺は本当に左腕を失っていた。危なすぎる。
肝が冷えたところで、こいつの名前を付けてやることにした。
……まぁ、候補は一つしかないけどな。
「……『硬化』」
その瞬間、スキル欄のはてなが『硬化』に変わる。
もう三度目ともなると慣れたもので、特に感想はない。
「あ! そういえば先輩新しいスキル覚えてましたよね! なんて名前にしました? というか私だけ新しいスキル覚えてない!」
「やかましい。何でもいいだろ。というかガラ……オタカラ漁りはもういいのか」
「ええ、今回は本当に貴重そうなものだけ持って帰ることにしました。別にまた来ればいいだけだって、綾が」
澄ました顔をしている雪村さんに、俺は内心でお礼を言った。
いつまでもここでのんびりしている訳にもいかないから、それで正解だろう。
貴重品をリュックとハコブネに詰め込む二人を見ながら、俺は手元の大骨を掴んで、杖のように使ってゆっくり体を起こす。
そして二人に支えられるようにして、帰還用の扉と、四層へと降りる階段の前に立った。
「先輩、今から四層に行きたいとか言わないですよね?」
まさかという思いを湛えながら、朱音が冗談混じりにそんなことを言ってくる。
正直行きたい気持ちがゼロではないが、今の俺が言っても格好は付かないし、ただの馬鹿だろう。
それに、朱音の怪我を放っておく訳にもいかないというのだって、紛れもなく本心だ。
「帰ろう。さすがに疲れたよ」
俺がそう言うと、二人があからさまにほっとした顔をした。
……どれだけ俺はダンジョン馬鹿だと思われているのだろうか。
思い当たることがありすぎて、苦笑いしか浮かばない。
ただ、今すぐではないだけだ。
いずれ必ず、俺はそこに行ってやる。
俺は四層への階段を見つめながら、帰還用の扉を潜る。
……長い、長かった三層が、確かに終わった。
明日は閑話(掲示板回)のみの投稿となります。




