第11話 帰ってきた
光輝く扉を潜りながら、俺は考えていた。
そういえば、この光は俺が遭難した時に落ちた光と似ていると。
そんな取り留めのないことを考えていると、潜った先はまた洞窟のようだった。
けれど何かが違う。
臭いがどこか人工的だし、何より地面がどこにもない。
画一的な柱が等間隔で立っていて、壁はコンクリートのようだった。
というか、線路?
え? 地下鉄?
「――何者だ!」
ガチャ、という機械的な音と共に、俺は光を一気に浴びせられた。
眩しい。
「子供……だと?」
光の先から戸惑ったような言葉が聞こえてきた。
だが、戸惑いたいのはこっちの方だ。
人間……だと?
目が慣れてくると、その姿をハッキリと見ることができた。
迷彩服を身にまとった者が数名と、警察官らしき制服の人たちが俺に銃を構えている。
人間だった。
間違いなく人間で、喋っていたのはゴブリン語ではなく日本語だ。
――帰ってきた。
帰れた。
帰れたんだ。
「――やった……」
「おい、君っ!」
その言葉を最後に、俺は意識を失った。
目が覚めた時には、体中が変なもので繋がれていた。
俺の体に繋がる管のようなものと、肌に貼り付けられた細い線。後は手足にテープが巻き付いている。
天井には換気口が無数にあるが、それ以外は全体的に白に近い内装をしていた。
消毒液の臭い。
規則正しく鳴る電子音。
遠くに聞こえるカツカツとした足音。
俺は天井を見上げながら、しばらく瞬きを繰り返した。
……病院、か?
なら、管のようなものは点滴だろうか。
テープは? え、もしかして拘束されてるの?
……これで?
どうしよう。簡単に取れそうだ。
取っていいのかな。取らない方がいいかも。
試しに腕を持ち上げようとしたら、軽く力を入れただけで嫌な音を立て始めた。
……止めとこう。
そうしていたら、足音がこちらに近づいてきた。
反響していて分かりにくいが、複数か。全く隠す気がない。
そのまま普通に扉を開けて入ってくる。
……四人、か。
スーツ姿の男性が三人に、白衣の男性が一人だけ。一人はノートを手に持っている。俺が起きているのは気付いているのに、誰も話しかけようとはしてこない。
こっちから口を開けようとしたら、白衣の男性が何やら器具を触り始めた。色々している内にどんどん顔色が悪くなっている。
最後に俺のおでこに何かを当て、ドン引きした顔で振り返った。
「バイタルは安定しています。信じられない回復速度だ」
「よろしい。もう下がっても構わない」
どことなくふらついた足取りで、白衣の男性が退室していく。
医者だろうか。悪いことしたかな。リジェネ使ってただけなんだけど。
「さて」
口火を切るように、四十代ほどのスーツの男が口を開いた。
「初めまして、私は内閣官房異常領域対策室室長の真壁という。自分の名前は言えるかな?」
なんて?
いや、そうじゃなくて。
「は、はい。三橋暁一です」
良かった、ちゃんと声出た。
獅子丸に話しかけていて良かった。
「ふむ。記憶の欠落はあるかな? 家族構成は?」
「特に無いと思います。家族は父と母に妹です」
その後もいくつか質問を投げられる。
全て俺に関することがメインで、特に悩むこともなく即答した。
全て答えると、真壁さんはほっとしたように一息吐いた。
「どうやら、本当に本人で間違いないようだな」
「あの、俺のことを知っているんですか?」
「当然だ。君は二ヶ月前、東京都内で消息を絶った百七名の内の一人なのだからね」
……は?
「百七名、ですか」
多すぎる。
それだけの人数が犠牲になったかと思うと、やりきれない。
そう思っていると、真壁さんが目つきを険しくさせた。
「君は驚かないのだな」
「いえ、十分驚いてますけど。でも、それだけの人が巻き込まれていたのかと思うと、ちょっと」
「なるほど。どうやら自分の身に何が起こったのか、君は正確に理解しているようだね」
どういう意味だろうか。
そう思っていたら、真壁さんは隣に立つ男へ視線を向けた。
「後は君の担当だ」
「了解しました」
男は軽く頷いた。姿勢の良さが目を引いている。
スーツ姿だけど会社員とは思えない。
「初めまして、陸上自衛隊一等陸佐の石田です」
自衛隊か。道理で。
「まず先に聞かせて下さい。君はあの場所をどう認識していますか?」
「どう、とは?」
「そのままの意味で捉えていいですよ。どんな場所だと思いましたか」
どうやら単純な質問のようだ。
なんでそんな質問をしてくるのか分からないが、それなら俺なりに答えは出している。
「ダンジョンかなと、思いました」
「……そうですか」
石田さんが苦い顔で固まった。
ちょっと厨二っぽい言い方だったろうか。でも迷宮って言い直すのもなんか違うしなぁ。
あ、もしかして頭の痛い奴だと思われたか? だから記憶障害とか疑われてたり? もしかして今ので病気と断定された?
そう内心で慌てていると、石田さんが軽く息を吐いた。
「まず前提からお話しますと、我々日本政府は君がいた空間を異常領域と呼称しています。海外ではダンジョンと呼ばれているようですね」
ダンジョンだったらしい。頭の痛い奴だと思われてなくて良かった。
いや、そうではない。
「海外ですか?」
「はい。この現象は日本だけではなく、世界各地で同時に確認されています。もっとも、日本では東京だけですけどね」
「外国人とは会いませんでしたけど?」
「どうやら異常領域ごとにそれぞれ独立しているようですね。それより外国人とは、ということは、君は中で誰か他の人と?」
その言葉に、俺は洞窟でゴブリンに喰われた女性を思い出す。
他にも遺品を四人分持っていたが、全てあそこに置き去りだ。
苦々しい思いが顔に出てしまったのか、石田さんが手を顔の前で振る。
「失礼しました。そういったことは専門の人にお任せしましょう」
そうよく分からないことを言って、更に口を開いた。
「君がいた異常領域ですが、我々は独自の調査である程度の情報を持っています。すみませんが、少々確認させてください」
そう言って、石田さんは俺に色々なことを聞いてきた。
中にいた未確認生物のこと。
洞窟といった環境のこと。
レベルアップという現象のこと。
階段や扉のこと。
そして、どこまで到達したのか。
どれも答えられるものばかりで、質問はすぐに流れていった。
ただ、答える度に石田さんの顔がどんどんと渋くなっていく。
最後の質問を終える頃には、眉間に深い皺が刻まれていた。
何かまずいことを言っただろうか。
「驚くほど正確で、迷いがない。本当の意味での帰還者だと、そう認識しても問題ありません」
その言葉は真壁さんに向けられていたらしく、真壁さんは静かに頷いた。
「私も同意見だ」
なんの話?
勝手に謎の評価を受けていることに、ちょっとした怖さを覚える。
俺からも質問していいのか迷っていると、真壁さんが苦笑した。
「ああ、すまない。話を進めさせてもらってもいいかな」
「はぁ。構いませんけど」
「では、君は一階層……君の言う洞窟の階で、遭難者が帰還したことは知っているかな」
「え!?」
俺は飛び起きそうになって、拘束の存在を思い出した。
危ない。危うく引きちぎるところだった。
「どうやって……どれだけ探しても出口はなかったのに」
「君が一階層から二階層に降りたのはいつ頃かな?」
「……多分、一ヶ月くらい前です」
質問の意味がわからずに答えると、真壁さんは納得したように頷いた。
「丁度その頃、東京都内の新宿駅構内に異常領域へと繋がる扉が現れた。海外の情報と照らし合わせても、君が一階層を突破したことが引き金になったのだと思われる。お陰で我々が救助に向かうことができた。そして、自力で脱出することもできるようになったのだろう」
……なんだ、それ。
えっと、つまり俺が一階層を突破したことで出口とか入口が現れて、まだ生き延びていた人達が助かった、ということか?
なんだろう。なんか、ずるくない?
助かった人がいるのは良いことだけど、良いことなんだけど。
それ、先に教えてくれよ。
「あの異常領域災害では多くの人が亡くなったが、君のお陰で少なくない命を救うことができた。公に感謝を述べることはできない立場だが、我々は君に感謝している――本当にありがとう」
そう言って、真壁さん、石田さん、あとずっとノートにペンを動かしていた人が深く頭を下げてきた。
……あの、ちょっと最低なこと考えてたので、やめてください。
「……えっと、それで本当の帰還者というのは?」
俺が気まずさから話を進めると、彼等はすっと頭を上げた。
「階層を攻略して帰還したものを我々はそう呼んでいます。今は実質的に二階層攻略者の呼称でしょうか。日本では、まだ君以外確認されていません」
「海外には他にもいるんですね」
すごいな、めちゃくちゃ過酷な環境だったけど。
いや、俺は普通の高校生だからそう思うだけで、外国のマッチョからしたら楽勝なのかもしれない。
俺がそう納得していると、石田さんが呆れたような顔になった。
「お伝えしておきますが、単独で攻略した者はまだ確認されていません。まだ他にもいるかもしれませんが、少なくとも我々が把握している範囲では君が世界初です」
「そ、そうですか」
なんか気まずい。
「とはいえ、今後も確認が必要ですね。前例を踏まえると、三橋君が二階層を攻略したことで出口もまた現れているはず。運悪く先へと進んでしまった遭難者がまだいないとも限りません」
「調査に向かわせることはできるか」
「可能な限り急いではいますが、未確認の敵性生物がいる以上安易な動きはできません。隊員の安全確保が優先されるかと……悔しい限りですが」
「仕方ない。遭難者を救う為に、自衛官を遭難させるわけにはいかんか。三橋君、君には協力を願い出ることになるが、いいかね」
「え? 俺ですか?」
突然振られてちょっと間抜けな声が出たが、それも仕方ない。
協力って、何させる気だ?
「そう警戒しなくても、君を救助隊に組み込むような真似はしない。君が持っている一階層、そして二階層の情報を共有してほしい。これは任意であって強制ではないが、頷いてくれると助かる」
「あ、そういうことなら全然。何でもお答えします」
俺がそう答えると、二人の空気が少し和らいだ気がした。
どうやら俺が協力的かどうか、それを確認したかったらしい。
二人は一つ頷くと、ノートを取っていた人に帰り支度を指示した。
「起きたばかりで申し訳なかった。今日のところは我々もこれで失礼する。すまないが、後日また改めて面談の時間を取らせてほしい」
「えっと、構いませんけど、その、俺の家族は?」
話についていくのに必死で後回しになっていたが、今になって家族の顔が浮かんだ。
めちゃくちゃ心配を掛けているだろうと思うと、急に会いたくなってくる。
「心配いらない。既に君が無事であることは伝えている。面会には少々時間が掛かるが、必ず何とかしよう」
「面会ですか? 俺はもう無傷ですけれど」
帰して欲しいと暗に伝えると、なんかやんわりと怒られた。
どうやらそんな簡単な話ではないらしい。今は複雑な情勢だからすぐには出せないとも言われた。
そんなもんか。
「ああ、そうだ。念の為だったが、その拘束を外さなければ。今人を、」
「あ、大丈夫です。このくらいなら簡単に――」
バキ、と音が鳴った。
ベッドの柵が根元から折れている。
どうやらテープの耐久度より、テープを巻いていた先の方が脆かったらしい。
「…………今、人を呼んでこよう」
本当にごめんなさい。
次の日から、早速とばかりに面会が始まった。
最初に会った人は精神科医のようで、面会というより俺のメンタルチェックがメインらしい。当たり障りのない回答をしていたら、逆に頭を抱えられた。
ただ、ゴブリンを殺した時の話をした時は血の気が引いていた気がするし、今ではゴブリンを殺すことに何の躊躇いも無いと正直に答えたら、なんか真顔になっていて怖かった。
最終的に、異常が無いことが異常と判断されたらしい。
失礼では?
他には何かの官僚とか学者とか警察とかがきたが、そんな面白い話はしていない。協力する意思はあるかという問には、とりあえずイエスと答えておいた。俺は空気を読む男だ。
そして四日後、真壁さんと石田さんが再訪した。
今回は俺の話を詳細に聞くつもりらしく、椅子に座っている。
一層でやったこと、二層でやったことを順に話していくと、聞き終わった二人は深いため息を吐いた。
「確認だが、それを全て単独で?」
「え? はい。他に誰もいませんし」
「そうだったな。石田君、本職の君はどう思った」
話を振られた石田さんは、呆れたように頭を振る。
それどころか、俺を見る目がどこか遠い。
「率直に申し上げて、まず生存していることが信じられません」
……そこまで?
「生存能力もそうですが、判断能力がずば抜けています。訓練を受けていない者の発想とは思えないほど優れている。話を聞く限りですが、およそ正解を引き続けていると言ってもいいでしょう」
……そんなに?
ヤバい。顔がニヤける。
なんか嬉しい。
褒められ慣れてないから、ちょっと止まって。
だが話している内に熱が入ってきたらしく、更に続けてきた。
「まず一階層ですが、何よりも水源を確保したのが優れている。二階層では敵性生物の観察を徹底し続けたのが素晴らしい。特に評価できるのは、兵站潰しです」
石田さんの口調が、どこか柔らかくなった気がした。
「補給部隊を優先的に狙い、怪我人を意図的に返す。なぜ高校生でその発想が出るのか不思議なほど、非常に有効な消耗戦術です。これは知識で知っていてもそうそう実行できることではありません」
……本当止めて。恥ずかしい。
でも、そうか。俺って結構やってたんだな。
これ、ちょっとは自慢できるのでは?
そう調子に乗っていたら、石田さんは急に顔を厳つくさせた。
「ただ、一階層を攻略したその直後に、すぐ二階層へと降りたのは頂けません」
「いや、その時はそこが出口の可能性もあるかなと思って」
「一階層の全てを確認したのですか? 地図を書いていたようですが、埋まっていたと? それなら多少は理解できますが」
「あ、いえ、えっと……」
言い淀むと、石田さんは嘆息した。
「君はそれまで極めて慎重だった。水源を確保し、観察を行い、敵の情報を集め続けた。にも関わらず、あの場面だけは真逆です。未知の領域へ、何の情報も持たずに進んでいる」
「ぅ」
「そこで降りずに一階層の全てを確認していれば、恐らくもっと早く帰還することができていたでしょう。知らなかったことなので無理もありませんが、今の話を聞いた感想としては、君ならそれが出来たと、そう私は思いますよ」
何にも言い返せない。ぐうの音もでなかった。
項垂れていると、石田さんは安心させるように笑いかけてくる。
「少々説教臭くなってしまいましたが、私は君に敬意を表します。よく生きて帰ってきてくれました。大学は防衛大に入学することをお勧めします。私個人としては、ぜひ来てほしい」
「考えておきます……」
それから話題は一転して、一層や二層、そしてゴブリンの詳細な情報を共有した。
石田さんが褒めてくれた通り、俺は観察を徹底し続けた。話せることならいくらでもある。
奴らの癖や仲間意識の高さ、見張りの交代時間、果ては小便の臭いまでを話すと、引かれるどころか喜ばれた。
俺には何が良いのか分からないが、役に立てて嬉しい。
一時間以上話し続けただろうか。
真壁さんは議事録係に目を配ると、一度言葉を選ぶように間を置いた。
「今日はこれで最後になるが、君はステータスを開けるか?」
「開けますよ」
「……見せてもらっても構わないか」
「構いませんけど、あれって他人に見えるのかな」
まぁいい。やってみればわかる。
「ステータス」
【名前】 三橋暁一
【レベル】 10
【ジョブ】 傭兵見習い
【種族】 人間
【称号】 群れの主
【MP】 32
【力】 66
【敏捷】 36
【器用】 34
【精神】 26
【魔力】 6
【スキル】『リジェネ』『???』
【魔法】
……おお。なんか色々追加されてる。
スキルのはてなはボスゴブリンを殺した時のだろう。
傭兵見習いはどうでもいいけど、群れの主とは獅子丸達のことだろうか。
どんな意味があるのかさっぱり不明だが、なんか嬉しいな。
「……映っているのか? 私には何も見えないが」
「なら、多分他の人には見えないんだと思います」
「すまないが、そんなことはない。試してみてくれ」
「はぁ、分かりました」
なんでそんなこと知ってるんだ。海外情報かな?
ステータスを操作していると、見慣れない項目を見つけた。
可視化。
それを選択した瞬間、網膜に焼き付いていた感覚が消えた。
目に直接映るのではなく、空中に浮かんでいるように思える。
真壁さん達が息を飲む。
どうやら彼等にも見えたらしい。
「……もう十分だ」
真壁さんは静かに息を吐いた。
「礼を言う。二層帰還者のステータスを確認できた意味は想像以上に大きい。今後も我々は君に協力を要請するだろう。構わないね」
「はぁ、俺にできることなら構いませんけど」
「助かる。正直に言えば、その返答を聞いて安心した」
真壁さんは一つ頷くと、次回の面談について簡単に説明し、全員を連れて病室から去っていった。
……この生活いつまで続くんだろ。飽きてきた。
そう思っていたら、その二日後には家族との面会が許された。
病室に入ってきた瞬間、母さんが泣きながら飛びついてきた。
父さんには本気でぶっ叩かれた。
妹にも泣かれた。
最後には三人がかりで抱きしめられて、正直かなり恥ずかしかった。
何を話したのかは正直あまり覚えていないけど、その温もりだけははっきり覚えている。
俺はその時、ようやく実感したんだ。
帰ってきたんだな、と。
※明日と明後日は閑話のみの更新となります。




