第17話 お腹が空いているわけじゃない
王妃様に何かしら手を出していたのは、元宰相でした。
権力から遠ざけられたのにまだ諦めていなかったようです。
「ということで、ぶちのめしてきます」
すると、カインディールに腕を掴まれてしまいました。
「魔導師団長殿は、王妃殿下の護衛です」
「は?だからそのクソジジイをぶちのめせば、そんな遠くに行く必要ありませんよね?」
「今回の巡礼には、多くの者たちが動員されています。同行はしておりませんが、アレグレッサ離宮で王妃殿下を出迎える準備。次の宿泊施設はディロメルデ公爵家の別荘など、準備が整えてあります。魔導師団長殿のわがままなど、道に落ちている石ほどに価値がありません」
……そもそも前日に言ってくるなという話です。
私はガンをつけるように、カインディールを見上げます。
「帰ります。私の代わりは第3部隊を向かわせます」
「ですから魔導師団長殿は護衛だと……」
「落ちている石程に価値がありませんからね。魔導師団長の地位も返上いたします」
私はカインディールの腕を振り払い、転移陣を足元に広げる。
そもそも、魔導師団長という地位など邪魔なだけなのです。いい加減に下の者に押し付ければいいのです。
「そういうワガママが駄目だと言っているのであって、誰も魔導師団長の職を辞するようになど言っておりません」
私の転移を邪魔するように、黒い炎が私の魔法陣を侵食していっています。
魔界の炎というやつですか。
「こんなものぬるいですよ」
私は身の丈ほどの魔法の杖を取り出し、石突で地面を叩く。
『静寂なりし底なき夜の闇よ。魔の火といえど、陰々滅々の如く食らい、闇に閉ざせ』
王妃殿下を迎え入れるということで、煌々と明かりが灯されていたので、外も昼間のように明るかったですが、一瞬で暗闇に陥りました。
今が夜だったと認識することでしょう。
そして、どこからか空間を切り裂くような悲鳴が聞こえてきました。
まぁ、どうでもいいです。
そして杖の先に魔力を溜め……
「魔導師団長殿! お止めください。ここには王妃殿下がいらっしゃるのです」
「引き止めたのは、カインディール殿ではないですか。それとも頼りにしていた悪魔が、私の魔法にやられて焦っておられるのですか?」
私が創った闇の空間に、自身の黒い炎と一緒に閉じ込められているだけです。所詮、小物ということですわね。
それから、まだ魔法の全工程は終わっていませんよ。
『この闇から出ルのは、とこしえの……』
……私の魔法がキャンセルされてしまいました。こんなことができるのは、一人しかいません!
「フェルアラン!」
杖を持っている右手を上から覆うように掴んでいる者を振り返りながら睨みつけます。
「食事だ」
「あ?」
「お腹が空いているのだろう?」
……まさか、私が空腹でイライラしていると思っているのですか!
「私は帰るから食事は必要ない!」
と言ったにも関わらず、麦袋のように小脇に抱えられて移動されています。
「私は物ではない!」
足をバタバタさせますが、足が地面に届きません。
「デカければいいというものじゃないんだからな!」
「夕食はデザートがあるらしい」
「誰も夕食の話をしていない!」
「私の分もやるから機嫌を直せ」
「だからお腹が空いて、苛ついているわけじゃない!」
私はフェルアランに小脇に抱えられたまま、離宮の中に入っていったのでした。
*
『おい、あれは本当に人間か?』
カインディールの影から人の声にしては濁った声が聞こえる。いや、複数の音域から声が出されている感じだ。
そして影がはっきり見えるということは、外を照らす街灯は元通りの明るさにもどっているということだった。
「一応、従兄姉になりますね」
そう答えるカインディールは鼻からぼたぼたと血を落としていた。それを手の甲で拭う。
「今、何が起こったのですか?」
カインディール自身は魔法に何も影響は受けていないと思っていたが、毛細血管が切れてしまう衝撃を受けていたと感じていた。
『一時的だが、強引に我と貴様の契約を切り取った。お陰で、本体のほうにも衝撃がきたな』
影から聞こえる声のモノは分体ということなのだろう。だが、リュクシオンの魔法は分体を通して本体にも影響を与えるほどだったということだ。
しかし、ただ黒い炎と悪魔の分体を隔離しただけにすぎない。
いや、分体が本体も繋がっているのであれば、強引に隔離したことにより影響がでたということか。
『それにあのあと、我を消滅させようとしておったぞ。さすれば、貴様も死が訪れただろうな。だが、貴様の死は我の痕跡のほうが強いため、悪魔によって殺されたと偽装されただろうな』
影からカッカッカッカッと笑い声が聞こえてきた。
そして、笑い声がピタリと止まる。
『その魔法使いの魔法を、いとも容易く消したあの者。あそこまで魔の適正がない者は初めてみたな』
それはフェルアランのことだろう。
『あれが一番恐ろしい者だな』




