第1話 黒衣の魔道師団長と白銀の鎧の騎士団長
ただいま、人生最悪の岐路に立たされています。
カサランドラ伯爵家の長女で、二十五歳という行き遅れのリュメリア・カサランドラの私に、婚約話が持ち上がったのです。
両親に騙されるように連れてこられた場所はディロメルデ公爵家。
普通であれば、このような行き遅れの令嬢を公爵家が迎え入れるということはないのです。
ですが、ここで問題なのが次期当主のフェルアラン・ディロメルデ公爵子息。二十五歳。
そろそろ爵位を継いでほしいという公爵の願いは、未だに伴侶がいない息子に阻まれていたのです。
貴族の役目は血を残すこと。
ですが、未だに跡継ぎとみなされた公爵子息には婚約者すらいなかったのです。
他の息子にと言いたいところでしょうが、彼が持つ肩書がそれを許さないのです。
騎士団団長フェルアラン・ディロメルデ。剣術において右に出るものはいないというほどの強者です。
そのような御仁が、ただいま私の目の前にいるのです。
普段は後ろに撫でつけている黒髪をおろし、体格がよく長身というのもありますが、青い瞳の鋭い眼光が私を威圧してきます。
ディロメルデ公爵夫人似の容姿なのですから、もう少しにこやかにすればよろしいのに、睨みつけてどうするのです。
片や私は、天色の髪を結い上げて大きめのヘッドドレスでおおい、これまた髪の色に合わせたのか水色のドレスを身に着けていました。
そして、両手には不釣り合いなほど太い銀色の腕輪がつけられています。
この無言で向かい合った状況が一時間ほど続いていました。
はぁ、本人から聞かされていた婚約の相手が、まさか私だったとは、これはいったい誰の策略なのでしょうか?
*
1日前
高く広がる青い空、その下の闘技場で向かい合う二人。
周りから耳が痛くなるほどの歓声が湧き立っていた。
砂埃混じりの風に、空と同じ青い色の髪をなびかせる私は、大きく息を吸い杖を構える。
その私と相対するのは、白い鎧が太陽の光を反射して眩しいしか印象に残らない者。
フェルアラン・ディロメルデ騎士団団長。
あまりにも光を反射して眩しいので、フードを深くかぶり直す。
その鎧が剣を抜き構えた。
より一層の歓声が、天が割れんばかりに響き渡る。
今日は年に一度の御前試合。
最終戦のメインイベントと言っていい、騎士団団長と魔導師団長の試合が今から始まる。
盛り上がりが絶高調と言って良い状況なのだけど、私の心は冷えていた。
あー帰りたい。
毎年、思うけど魔導師と騎士が試合をするってなに?
騎士は騎士同士で熱く戦えばいいじゃないと、青い空を見上げる。
「はじめ!」
試合開始の合図があり、私は身の丈ほどの杖をカツンと地面を叩く。
すると地面から火柱が立ち上り、辺りに熱気が渦巻いていく。
これは試合開始前に仕込んでいた魔法。
要は派手なパフォーマンスをして観客を楽しませろというもの。
そして騎士団団長といえば、その火柱を剣で切ってこちらに向かってくる。
これ、未だに剣で火が切れるという原理が私には理解できない。
あの鎧の中身が人外だと言われたら、ああそういうことと納得できるが、中身が人であることを知っているので、いつも理解に苦しむ。
たぶん、シレッと中身が入れ替わっていると、思い込む。
私は杖を振り、地面から次々と巨大な岩の槍を生やしていく。
どれだけ、剣の間合いに近づかせないかが魔導師の戦い方だ。
私は地面から少し宙に浮き、地面を滑るように距離をとっていく。
あまりにも早く決着をつけると、上から怒られるのだ。
それは魔導師団が弱いと示すことで、逆も然り。私が騎士団団長を倒すのはよろしくない。
だからいつも勝者は決まっている。
「まいりました」
整備された闘技場がかわり果てた姿になった頃、私の首に剣先が突きつけられ、降参を口にした。
勝者はフェルアラン・ディロメルデ騎士団団長。
天地が避けんばかりの歓声の中、やっと終わったと苦笑いを浮かべ、右手を差し出す。
「流石、フェルアラン騎士団団長殿だ。私では全く刃が立たないな」
はははははっと笑う私。
ん? 言葉遣いがおかしいと?
それはそうですね。
リュクシオン・ヴァスディス。
平民上がりの奇才の魔導師。(男)
それが今の私の姿だから。
これには理由があるのです。
女は家のために尽くせ、これが一般常識というもの。
しかし、私はこれに反発したのです。
もっと魔法の研究がしたいと。そうなると、特殊な素材を扱うには国の許可が必要で、文献を発表するのもコネというものが必要になってくるのです。
それは男社会であるこの国で、女である私には叶わぬ夢。
他国に渡ろうかと思ったのですが、色々しがらみがあり、国を出るのを断念。
ならば! と、男装して魔導師団に潜入……間違えました。入団したのです。
すると、好きな魔法の研究にのめり込んでいると、あれよあれよと言う間に、団長という地位にいることになったのです。
ということで現在。魔導師団を代表して私が騎士団団長と御前試合を行っていたということなのでした。
ええ、平民上がりの魔導師団長がお貴族様の騎士団団長様に勝ってしまうのは、望まれない結果なので、いつも私が負けるのです。
で、私はいつまで手を差し出していればいいのですか?
フェルアラン騎士団団長殿のこの無口さも、いつものことなので、まぁいいです。
手を降ろして、踵を返し退場口に向かう私の背中に不可解な言葉が聞こえてきました。
「かわいすぎる」
ん? くぐもった声に視線だけ向けましたが、いつものように鎧が突っ立っているので、空耳でしょう。
闘技場の退場口を出たところで、部下の一人が待ち構えていました。
「お疲れさまでした。リュクシオン団長」
「ああ、やっと研究の続きに戻れる」
そう言って私はフードを降ろします。
しかし、埃っぽいので、先にシャワーをしたいですね。
「しかし団長! なぜ手を抜かれたのです! 団長なら近接戦もお手の物ではないですか!」
その言葉に苦笑いが浮かびます。やっちゃうと、上から怒られるの私なんですからね。
「一度ぐらい国王陛下からお言葉を賜ってもいいと思うのです」
ああ、それね。勝者には直接国王陛下からお言葉がもらえるというやつですね。
別にそんなものに魅力は感じません。
「御前試合の最終戦を盛り上げたということで、いいんじゃないのかな?」
「俺は不服です!」
「それに、魔法を剣で斬られた時点で、勝ち目はないだろう?」
私は『はははは』と笑いながら、肩をすくめる。本当にあれは理解できないですね。
「しかし!」
「リュクシオン魔導師団団長。少し時間をいただいてもよろしいか。とても大事な話があるのだ」
その声に私は驚いたように振り返る。
あのフェルアラン騎士団団長殿が長文を喋っている!




