そのいち 楽して生きたい。切実に。6/6
一方そのころ、藍子は一彦と沙耶を探し、校内を歩き回っていた。
「たぶんこっちの方に来たと思うんだけどなぁ。どこ行っちゃったんだろう。ほんとヘンなことばっかりして!ちゃんと私が止めなくちゃ!!……って、なに!?」
突然、プシューという蒸気の吹き出すような音が鳴ったと思ったら、次には地響きが鳴り校舎が揺れる。
思わずその場に尻もちをつく藍子。決してサービスカットなどではない。
「イタタタタぁ……。絶対お兄ちゃんたちの仕業だ。3階ね!」
尻を抑えた情けない姿でも、しっかりと音の発生源を特定していた藍子は、身体を起し走り出す。
っと、ちょっと躓き、顔を赤くして再び走る。
絶対ここだ、と藍子が足を止めたのは、化学実験室。
放課後には使われない教室なのだが、中からは怪しい気配がムンムンと色を伴って放出されている。
あくまで気配であり、物理的なものではないのだが、藍子は気味の悪いそれを手で払いのけると、ふぅー、と深呼吸して尋ねるのだ。
「お、お兄ちゃん?いるんでしょ?」
覚悟を決めた割にその声はあまりにも弱弱しい。
中からの返事はない。
でも、絶対いるはず。
耳を澄ますと室内では物音がしていた。
ピタ、ピタ、と裸足でゆっくりと歩いているような音だ。
それから、ドン、と何かにぶつかったみたいな音……。
なんだろう。不安が増していく。
胸の前で、弱弱しく両手を握りしめているさまが、藍子の心境をよく表していた。
「お、お兄ちゃんなんでしょ?!は、入るよ!」
その不安を払しょくするように、今度は少し声を強めて尋ねる。
「なななななななな、なんだ、藍子か?ど、どうしたんだ」
ドアのすぐ向こうからだ。
一彦の声が聞こえた。
聞きなれた声に藍子は安心したが、なぜだか兄の声が震えているし、ハアハアと息切れしていることに気付く。
「なにかあったの?すごい音がしたし……。沙耶さんもいるんでしょ?」
「おおおおーう。藍ちゃんかー。ハァ。わ、私もいるぞ。ハアハア。別に怪しい事なんかしてないからね。ハア。し、心配しなくてもいいよ」
「おいバカ!余計なこと言わんでいい!!」
沙耶も一彦同様、声は震え、ハアハアと息を切らしている。
加えて、二人の意味深な会話。
藍子の疑心が確信へとかわる。
「二人ともすごく怪しいよ!また何かしようとしてるんでしょ?!は、入るからね!」
「おーいおいおいおい待て待てぇい!」一彦の声が、ドアに手をかけようとする藍子を制止する。「なんて言うかだな、あれだ。お前にはそのままでいてほしいって言うかだな。こんな不純な世界、知らないで育ってほしいんだ!」
さらに沙耶が続ける。
「そ、そうよ藍ちゃん、よく聞いて!正直に言うわ。きっと私たち悪いことをしている。もし藍ちゃんが、一彦と私が二人でこっそり、しかも学校でこんなことしてるなんて知ったら、ショックを受けるの」
「ま、またヘンな想像しちまうようなことをお前は……!ま、まぁでも、そうなんだ。わかってくれるなら、そのままおとなしく家に帰ろう。な?それで明日からまた、いつもの日常で楽しく暮らそう」
「私……よくわからないよ」
藍子には一彦たちの言っている意味が分からなかった。なんだか泣いているような声音である。
藍子は純粋な心で一生懸命考えた。
「わからないよ。不純な世界とか、二人でこっそりとか、しかも学校でって……え?」
二人の異性が、学校でコソッリ不純な行為……。
「……?!」
藍子の全身が、つま先からみるみる真っピンクへと染まっていく。
その無垢な心で何を想像しているのか、滝沢妹よ……。
「だ、だって、そうゆうことなんでしょ!?お兄ちゃんと沙耶さんが……。放課後の実験室、あんなこととか、こんなこととか!た、たしかに、お年頃の男女が一つ屋根の下で一緒に生活してるんだもん。そういうことになったって……。でもまさか、お兄ちゃんと沙耶さんが!え、そ、そんな……」
藍子は目を白黒させ、今にも頭から蒸気が噴き出しそうである。
なんとなく事の真相は理解したつもりだが、それを受け入れるハートが藍子にはまだなかった。
ていうか、藍子が想像するようなことは断じてないんですけど……。
「お兄ちゃんと沙耶さんが……!ダメだよ、そんなの。ダメ!絶対!!」
もうろうとする意識の中、藍子の手がついに実験室の扉を開く。
「……あ」
「……あ」
「……へ?」
「ジュリュリュリュルルルルルゥ~」
藍子の予想に反して、目の前に飛び込んできたのは、人間の欲望が生んだ化け物の姿であった。
胴体にあたる部分は、ただの肉の塊で出来ており、かろうじて二本の足で立ってはいるものの、その足はよからぬ方向へと曲がっている。
よく見ると腹のあたりから長い腕が伸びており、その腕ががっちりと地面を掴み、バランスをとっているようだ。
当然と言うか、それとは別の腕も胴の横から二本伸びていて、何かを探るように腕を振る。そのたびに、ゴツンゴツンと近くにある机にその腕がぶつかるが、何も感じていないようで、それでも腕を止めようとはしない。
顔と呼べる部位は存在しなかった。
それでも、目や鼻や口はあるのだが、それらは取ってつけたようにバラバラに配置されている。
文字通りの化け物であった。
「ジュリュリュルルゥ~」と鳴きながら教室を徘徊する。
おわかりいただけただろうか、と尋ねる前に、すでに気付いていると思うが、そう、この化け物、“気になるあの子がすぐそこに、ホレ言っちゃいなよホレ、猫さん”によって一彦と沙耶が生み出した、生物なのである。
人間的な可愛い要素から、ありとあらゆる可愛いと言われるモノまで、適当な要素をぶち込んでいった結果、世にも恐ろしいスーパーアイドルを誕生させてしまったのである。
目の前の悪夢に、腰を抜かした一彦たちが動けないでいる中、藍子の登場。
そして、あろうことか、自ら悪夢の中へと足を踏み入れてしまったのである。
藍子は動けないでいた。
兄たちへの如何わしい想像からのこの展開、当然の反応である。
しかし、目だけはしっかりと化け物の姿をとらえている。
一彦たちもまだ動けないでいるらしく、震えながらお互いの手を握り合って、目には涙を浮かべている。
すると、ヒタヒタとおぼつかない足取りで教室を徘徊していた化け物が、突如その足を止めた。
そして、藍子の方へと目を向ける。
……目が合う一人と一匹。
「ギヤァァァァアアアア!!!!!!!」
ほとんど反射的な行動であった。
藍子自身が考えるより先に、彼女の足が、この場からその身体を遠ざけた。
一切の思考を捨て、ひたすら走り、悪夢から藍子の姿は完全に消え去った。
「待つんだ妹よ!」
「藍ちゃん!置いてかないでー!!」
取り残された二人は、力の限り、救済を求めて叫ぶ。
が、それがいけなかった。
獲物を逃がした化け物が、次に狙いを定めるのは一彦と沙耶である。
恐怖のあまりに声も出なければ、動くことも出来ない。
ただただ抱き合い、泣きながらその時を待つしかできない二人。
「カァァァアアアア!!!」
次の瞬間には、化け物は一彦と沙耶の目前に迫っていた。
その後、二人の行方を知る者はいない。
地球全土に響き渡る断末魔を残して、一彦と沙耶は姿を消したという。
『そのいち』終わりました!
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!
そのいち、でわかったように、こんな感じのしょーもない内容の話が続いて行きますw
予告していた通り、来週から『そのに』を投稿していく予定です。
次回は滝沢姉妹と沙耶の出会い編です。
まだ始めたばかりで、サイトの勝手がわからず、お見苦しいところはあると思いますが、今後ともよろしくお願いします。
では、次回をお楽しみに!
おわり




