第七章 救世主04
暖かなぬくもりに包まれ、私は気を失ってしまっていた。
柔らかな日差しを瞼に感じ、私は薄らと目を開ける。
見覚えのない景色に、気を落ち着かせるようにもう一度目を閉じてから、思い切って開く。
大木にもたれかかり、私は眠ってしまっていたらしい。
サクサクと足音が聞こえ、そちらの方へ目を向ける。
――友暉だ。
私が気が付いていることに気が付いた友暉が、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「……ここはどこ?」
一瞬の間を置いてから、果実を差し出す友暉に、私は眉を顰める。
「これ何? リンゴに似ているけど、香りが少し違うようだけど」
食べろ食べろと言わんばかりに、うんうんと果実を差し出してくる。
「もしかしてあなた、喋れないの?」
友暉は何も答えないまま、果実を差し出し、私を見つめる。
躊躇いはあった。
しかし私は、恐る恐る友暉が差し出すその果実を一口、齧る。
芳醇な香りが口いっぱいに広がり、まるでお酒を飲んだように躰が温まっていくようだった。
「おいしい」
思わずそうつぶやく私を見て、友暉は安心したかのように微笑み、踵を返す。
「どこへ行くの?」
私の呼びかけに足を止めた友暉が振り返り、そっと唇を動かす。
ボクハジュウブン、ネガイヲカナエタ。アトハサユチャンノバンダヨ。
声なき呟きだったが、私にはしっかりと友暉の声が届いていた。
白い霧の中へと友暉は消え、再び私の意識が遠のく。
ハッとなり、私は飛び起きる。
――夢?
汗をかき、のどがカラカラになっていた。
水を一口飲んだ私は、テーブルの上で足を組んで座っている男に気が付き、悲鳴を上げる。
冷たく笑う寺田だった。
「どうしてかな? あのぺんぎんを壊したのに、どうしてかな?」
寺田は指で作ったタクトを振りながら、そう呟くと、ぎろりと私を睨む。
「ギルバードを取り込めない理由がね、どうしても分からないんですよ。箕輪さん、何かご存じじゃありません?」
「寺田さん、いったいあなたは誰なんです」
「ああ申し遅れました。わたくし、闇夜の世界を司る、いわゆる君たちが言う、悪魔ってやつに当たりますかね」
楽しげに言う寺田を見て、私は手にしていたコップを落としてしまう。
「あのバカな天使を取り込むのに、こんなに時間が掛かるとは思いませんでした」
寺田の背から黒々とした翼が生え、それを広げる。
暗く閉鎖された塔に隔離された、一人の天使が映し出される。
「哀れな天使に、私は手を差し伸べた。彼に自由を与える代わりに、私は彼のすべてをいただく契約を交わしたのです。何のためだと思います? 愚かにも、人間に恋をしてしまったのです。自分のすべてを捨ててもあなたに会いたい、そう願ったのです」
「ウソ。ウソです。そんなはずがありません。だって私、天使とどうやって知り合ったって言うのです?」
一瞬にして近寄ってきた寺田が私の顎をしゃくる。
「そこなんです。それさえ分かれば、すべてが私のものになるのに、あなたはどうしてもその部分を見せてはくれない」
「な、何のことですか?」
寺田の口元が歪められる。
恐怖で凍り付いた私の喉元へ、寺田の鋭い爪が差し迫ろうとしていた。
ガラス窓が割れる音がして、白い翼を持った男が寺田を掴み、そのまま飛んで行ってしまう。
ゲホゲホと咳き込みながら、私はベランダへと向かう。
夜が明けようとしていた。
朝焼けが広がり、鳥たちが囀る。
いったい何が起きたのか、しばらく判然出来ぬまま居ると、突然携帯電話が鳴り出す。
滅多に掛かってくることのない相手の名前に、私は胸騒ぎを覚える。




