序章04
身の置き場所が変わっただけで、全てが変わるわけではない。
そんなことは分かっている。
それでも精一杯、背伸びをして、友と呼べる、人数を増やした。
携帯のアドレスを埋め尽くす名前。
これが私。私が望む私だったのに……。
心に、ぽっかり空いてしまった、穴が埋まらずにいる。
私は高校生活を終える頃には、話をあまりしなくなっていた。
受験勉強で少し疲れているだけだと、周りが勝手に思ってくれている。
私は自分の学力より少し上の大学を目指す。
その理由は単純なもので、叔父夫婦の家を出るきっかけが欲しかったからだ。
あんなに、子供が出来ないと嘆いていた叔母に、奇跡とでもいえる懐妊という事態が起こっていた。
言葉にされなくても、困惑する、叔父夫婦の気持ちが弥が上にも伝わって来ていた。
私がここにいる必要性はもう、どこにもない。
きっと、叔父夫婦たちも同じことを考えていると思う。
その話を切りだした時、一度は反対をしたものの、あっさり一人暮らしをすることを認めてくれたのだから。
叔母の顔が、ホッとしたように見えたのは、私の気のせいではないと思う。
人の顔色を伺うのは、私の得意分野。
だからその分、傷付いてしまうんだよ。そう言ってくれたのは、誰だっけ。微かに残る記憶。探ってみても、思い出せないまま、私はそのことすら忘れてしまう。覚えていることが苦手なのだ。人は忘れて行く生き物。これは私の持論。それも、誰かに話したことがある。
だけど私の記憶は、ことごとく消去されて行く。
それでも不思議と、学業の為に覚えたものはしっかりと残っているのだから、自分の構造を疑いたくなる。
にわか親子関係は、私に新しい名前だけを与え、あっさり断ち切らる。
荷物を片づけていると、押入れにしまったまま一度も封を切らなかった段ボールが出て来て、私は首を傾げる。
どうしてこんなもの?
ガラクタに近いものが出て来て、一番下からクリスタルのぺんぎんが出てきた。
小学生の時、使っていた給食用ナプキンに包まれたそのぺんぎんを手に、私は表に出る。
河川沿いの道を通り、人目がつかない公園まで来て、私はぺんぎんを空にかざす。
光が乱反射して、眩しさに目を細める。
私は、ずっと忘れていた友暉のことを思い出す。
綺麗と呟く私に、友暉も大きく頷く。
「この光浴びると、不思議だよね。幸せな気分になれちゃうんだから。ずっとこうしていたい思いはあるのに、だけど、すぐに忘れちゃうんだよね」
あまり真顔で言うものだから、私はうっそだー。とツッコミを入れた。
「本当だってば」
顔を真っ赤にして言う友暉がおかしくておかしくて、私は笑ってしまう。
あれからもう、三年が過ぎたなんて思えないくらい、鮮明にあの日のことが蘇る。
「心、折れてしまいそうなとき、こいつを思い出す」
笑っている私に、友暉は偉そうに腕組みなんてしながら。力説を唱えた。
それがまたおかしくて、私は涙を流して笑ったんだ。
智暉の力説が正しいのなら、今がその時っていうこと?
来た道を振り返り、私は大きな息を吐き出す。
高校へ通っていた道だった。
友達と称する人たちと無理して話しを合わせ、笑って通った道。
家に帰りたくなくて、ここで時間を潰していた。
母親のメールも、ここで読んでいた。
返事は一度もしたことがない。
何を言っていいのか分からなかったからだ。
フラスコのように火にあぶられ、グラグラと揺すぶられる心。それが辛くて、消去してから家に帰っていた。
視界がぼやけ、私は鼻を啜り、もう一度空を仰ぎ見る。
真っ青で綺麗な空だった。
冬と春の匂いが入り混じる河川敷で、私は大事にぺんぎんをまた給食用ナプキンに包む。
引っ越し業者が荷物を運び出し、トラックがひと揺れして発進していく。
「いつでも戻って来なさい」
そう言ってくれる叔父夫婦に、私は満面の笑みを向ける。
二度と、ここへは戻らない。
そう決心して、この家に引き取られる時、叔父夫婦がそうしてくれたように、私は深く深く頭を下げる。
手には、ぺんぎんを握りしめていた。




