第二章 弁護人02
「もし、そこで何をされているんですか?」
ギョっとなり、私は振り返る。
暗くて顔がはっきり見えない警官がそこには立っていた。
「あれ? ユウさん?」
その声に、警官と私は振り返る。
コンビニの袋を下げた茶々丸だった。
「この人とは」
警官が、すかさず尋ねる。
「その人は、小生の知人です。怪しい人じゃありません」
「この辺り、かなり物騒になっているので、お気をつけ下さい」
ばつが悪そうに敬礼して、警官は去って行ってしまった。
「こんな時間に、どうかされましたか」
「ちょっとこちらに用事があって」
「そうでしたか」
ニコニコしながら言う茶々丸に、私は訊きたいことがあると切り出せずに、目を泳がせていた。
春と言っても、夜は風が冷たい。
それなのに、茶々丸は寒がる様子もない。
「じゃあ」
そう言って、茶々丸は当然のように私の目の前を通り過ぎ、階段を上って行こうとする。
「ねぇ、不思議に思わないの?」
思わず私はそう口走っていた。
階段を上るのを止めた茶々丸は、回れ右をして戻って来ると、何を思ったのか、私の頭をポンポンと叩き、ニコッとする。
「何よ」
「淋しい?」
「はっ? 何、バカなこと言っているの。私は」
「そう顔に書いてあったから」
と、私の言葉を遮るように言うと、再び茶々丸は目尻を下げ、微笑む。
「そんな事」
その次につなげる言葉が見つけられず、私は俯いてしまう。
「滴る。水がたらたらと絶えず垂れる。音がしない。ひっそり。どちらにしても何かが止まらない。そんな状態?」
無造作に束ねられた後ろ髪に、だらりと伸ばされた前髪、その隙間から私を伺うように見る目。痩せぽっちで、ちっとも格好がいいわけじゃないのに、どうしようもなく惹かれていってしまう。
「何を言っているの?」
「ユウさんの心の弁護」
え?
「見えなくても、いつも滝のように水があふれている、でしょ? 誰かに話し、聞いて欲しいけど、背中を丸めて、耳を塞いで、いる、でしょ?」
「言っている意味、分かんない」
その言葉は、私の奥底にある何かを捉えるように、深く突き刺さった。
「どうして、どうしてそんな事、言うんです」
「小生がそうだから」
その言葉に、私はようやく顔を上げることが出来た。
前髪の隙間から見える目は、どこか遠くを見ているようだった。
「もう、お帰りなさい」
私は促されるまま、茶々丸に背を向けるが、一緒に居たいという衝動に駆られ、私はすぐさま踵を返す。
茶々丸は、ゆっくり階段を上って行き、一度立ち止まり私に手を振って見せる。
「ねぇ、今日、あなたの部屋に泊めて欲しい」
足が震えていた。
言ってしまってから、恥ずかしさで胸の鼓動が、早回転で蠢く。
そんな状態なのに、私は不思議と、暗くて、よく見えないはずの茶々丸の表情が、手に取るように分かった。
困ったような笑み。ぎゅっと結ばれた唇。
私に魅力がないのは、百も承知。
誘いたいと思えないのは、私のせい。
「今夜、だけでいいの」
茶々丸は静かに首を横に振り、そのまま部屋へと消えて行ってしまった。
完璧にフラれたと思った。
力なく、とぼとぼと公園の中へ入って行くと、私はうな垂れるように、ベンチに座りこむ。
次から次へと涙が溢れだし、私はそこから動けなくなってしまう。
どのくらいそうしていたのだろう。ふっと人の気配を感じた私は顔を上げると、また涙が、一気に溢れ出す。
春風に着流しのすそを揺らす、困ったような笑みの茶々丸だった。
「小生の部屋、人を招けるような場所じゃないんだ。本当、申し訳ない。今夜は、本当にもう帰った方がいい」
そんな事を伝えるために、わざわざ追いかけてきたのかと思うと、私は笑えた。
しばらく笑いあった後、何となく二人で夜の街を歩き出す。
黙ったままだったが、私は、茶々丸の横に居られるだけで、胸の中が温まって行くのが手に取るように分かった。
住宅街を抜け、夜を打ち消してしまうほどの明るい街が見えてきたところで、小生はと言って、茶々丸は立ち止まる。
それに合わせて私も立ち止り、初めて横に立つ茶々丸を見上げ、止まっていたはずの涙が、再び溢れ出そうになる。
「小生は、ユウさんのこと、嫌いじゃありませんよ」
目を見張る私を見て、ニコッとして見せるその瞳は、真っ青な青空そのもの。
「じゃあ」
胸がいっぱいで何も話せないまま、私は精一杯の笑みで頷くと、深く頭を下げる。




