肝試し大会
やめて・・・、殺さないで・・・
この望みが叶うなら命すら捨ててもいいと思った。
目の前で小さな命の灯火が消えようとしていた。幼い妹の命の灯火が。
すでに動かなくなった両親が血溜まりの中に倒れている。
ほんの数時間前まで、一緒に彼の誕生日を祝っていたはずの両親は、もう動かない死体になってしまった。
「おにいちゃんおめでとう」と幼い手が描いてくれた絵は母親の側で血の海に浸っていた。
幼い妹の瞳と彼の瞳とぶつかる。父親から遺伝した同じ色の瞳だ。
妹はまだ生きている。まだ、生きているのだ。
お願いだ・・・やめて・・・やめて・・・
彼は両親を殺した殺人鬼に必死に頼んだ。
この命を代わりにあげる、代わりにあげるから、お願いだ、その子まで僕から奪わないで・・・
だが、彼の懇願を嘲笑うかのように殺人鬼は弱々しく脈打つ喉に歯を立てた。
ぐしゅり、と不気味な音と共に、白い喉が潰れて真っ赤な血が滴り落ちる。
ああ・・・、ああ・・・
血が滴り落ちる間、彼は呻くことしかできなかった。
彼の目の前で妹の最後の命は消えた。
まるで、そのときの苦痛を少しでも逃すように小さな腕を痙攣させて。
船戸北小学校の木造校舎は鬱そうとした山の中に打ち捨てられていた。
ここら一帯は廃村になっているため近くに外灯すらない。
不気味な校舎を照らすのは月明かりのみだ。
「うわー、雰囲気が出ているねー」
京介が真っ暗闇の校舎を眺め、感想を呟く。
「ほんとー、ガチで帰りてー☆」
と、心からの願いを口にするのはソラトだ。
そのソラトに威圧的なオーラを放つ者がいた。
「いいな、ソラト。この暗闇に乗じてウチの可愛い妹に不埒な行いをしてみろ。どうなるかわかっているな?」
どれくらい握力があるのかはわからないが、とりあえず片手で林檎が砕けるのではないかという力で、真央が遠慮なくソラトの肩を握る。
「いたたたたたっ! 真央、俺の肩が! 俺の繊細な肩が!」
「もう、お兄ちゃんたちふざけ合ってないで私の説明をちゃんと聞いてよ!」
「ああ、ごめんな真衣」
「今のどこがふざけ合っているように見えたの!? 俺、兄貴に肩の骨を砕かれそうになっていたんだけど!?」
「誰がお前の兄貴だと! 俺はお前の兄貴になった覚えはない!」
「砕ける、砕けますっ! そういう意味で言ったんじゃありません!」
ふと真央の馬鹿力が緩まった。声を潜めてソラトに囁く。
「おい、あいつは誰だ?」
「あいつ?」
「俺が校門で拾った生け簀かねえ銀髪のガキだよ」
「ああ。黒澤マリオだよ」
この場にいるマリオは誰とも親しく言葉を交わす風でもなくその場に佇んでいる。ただし、気後れしているなんて言葉は微塵も当てはまらない。
相変わらず彼を取り巻く空気は凍るようで、青い瞳は冷たい色を湛えていた。
「見たことねえ面だな。余所者か?」
「一ヶ月前にうちに転校してきたんだ。外国の血が入っているらしいよ」
マリオの色彩を見れば、誰だって彼が純粋な日本人でないことはわかる。顔立ちは日本人離れして整っているし、骨格などの身体つきもアジア人のものではない。
ただし、言葉に苦労している様子はなく、国語などの学校の授業も普通に受けられている。いや、むしろソラトより成績はずっとよい。
「特に仲いい風でもないのに、どうしてアイツがここにいるんだ。まさか、アイツが連れて行けってごねたのか」
『ごねる』マリオを想像してソラトは吹き出した。
「あは、まさか」
そんなマリオの姿が見られるなら、今頃はクラスに馴染んでいる。
「真衣が誘ったんだよ。親交を深めるいいチャンスだって」
「さすがは俺に似て心優しい妹だ。で?」
「?『で?』って何?」
真央はこの世の終わりだと言わんばかりに嘆いた。
「なんて危機感がない奴なんだ! この鈍感野郎が!!」
再び真央の腕に力がこもる。気のせいだろうかさっきの二倍は痛い。
「いたたたたた! 何!? なに!?」
「お前な、真衣が他の男に声を掛けたんだぞ。ちょっとは心配したらどうだ!??」
「は? ・・・・はあ!? 」
一瞬肩の痛みを忘れてぽかんとしたソラトだったが、意味がわかると真っ赤になって叫び返した。
「さ、さっきまで『ウチの可愛い妹に不埒な行いをしてみろ。どうなるかわかっているな?』とか言って、殺気立った目で脅してきたのはどこのどいつだよ!?」
「当たり前だ! 真衣にそんなことする男がいたら八つ裂きにしてやるわ! それとこれとは別だ。俺の目が届かないところで真衣の楯になるのがお前の役目に決まっているだろう」
なんという理不尽。だから兄馬鹿がついてくるのは嫌だったのだ。
じゃれ合っている二人のことは諦めたのか、真衣は京介と雪野、マリオを相手に説明を始めている。
「っていうコースで西校舎三階の奥にある理科室に向かうの。人体模型の首にお守りが掛かっているからそれも持ってきて。ゴールしてもお守りを持ち帰れなかったら失格よ。じゃあ、クジ引きをしてチームを決めましょう。―――お兄ちゃんたち!」
真衣の声に戦いを繰り広げていた両者は動きを止める。
「ふざけ合ってないでチーム決めのクジを引くわよ!」
皆で真衣のお手製らしい、ボックス型のクジを引く。
「開いた紙に、同じ色のネコちゃんと番号が書かれている人同士が、一緒に回るからね」
「え? ネコちゃんってこれどう見ても不細工なブ・・・すみません可愛いネコちゃんです!」
無言で懐中電灯を振り上げる製作者にソラトが必死に謝る。
チーム分けはこうなった。
一番手:寿雪野、青木真央
二番手:青木真衣、黒澤マリオ
三番手: 日高ソラト、佐々木京介
因みに、組み合わせの結果を開封するとき、無意識にちらりと真衣がソラトのほうを盗み見たのは、本人たちだけが気がつかなかった話だ。
組み合わせの結果を見て、うおおおおおおおおおっと真央が叫び声を上げた。
「ど、どうしたのお兄ちゃん!?」
「こ、この組み合わせでは、真衣の・・・真衣の・・・」
「え? 私の? 何?」
「真衣の貞操が危険に・・・ぐふっ」
言い終える前に真衣の華麗な回し蹴りが兄の喉に直撃する。
常人だったら大惨事だっただろうが、幸いにも柔道で鍛えた屈強な真央の首には意識が遠のくだけで済んだ。
「ま、真衣。俺は今、天国の扉が開きかかったぞ・・・」
「そのまま永眠につけ馬鹿兄貴。―――じゃあ、まずは雪野と馬鹿兄貴が回る番だね。雪野、懐中電灯の準備はできている? 理科室に着いたらお守りを持って返ってくるのも忘れないでね。ウチの馬鹿兄貴じゃ頼りないと思うけど頑張って。あ、もしも邪魔だったら容赦なく置いて行っていいから☆ いってらっしゃい」
雪野と、妹に蹴り出された真央が暗い校舎へと入っていった。
それから十分ほど経っただろうか、時計を確認した真衣が自分の懐中電灯の明かりを点けた。
「じゃあ、今度は私と黒澤くんの番ね。ソラト、京介。十分したら校舎に入って」
そういうと真衣はマリオと共に暗い校舎に姿を消す。
二人の姿が完全に消えると京介が口を開いた。
「ソラト、いいの?」
「ん、何が?」
「真衣、黒澤に取られちゃうんじゃない」
言葉を発しようとしてソラトは勢いよく喉を詰まらせた。
「うぐ、げほ、げほ。京介、お前まで何を言ってるんだ。俺と真衣がそういうのじゃないって、お前らがよく知っているだろうが」
「少なくとも真衣はソラトのことが好きだと思うけどな」
月明かりの元でもソラトの顔が赤くなるのがわかって、京介はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
「お、満更でもないみたいだね。好きなら付き合っちゃいなよ」
「か、からかうのはよせよ。俺のことよりお前は雪野とどうなっているんだよ。それこそお前らどう見ても両思いだろ」
京介と雪野の仲のよさは周知の事実だ。もともと相性自体よいのだろう。中学生だというのに京介と雪野の間には熟年夫婦のような穏やかさすら感じられるところがある。
「オレはダメ」
「え、振られたのか?」
京介は笑った。だが、その笑顔には暗いものがある。
「雪野はお嬢様だもん。きっと高校に上がったら東京のお嬢様学校に行っちゃって、おじいさんの選んだいい大学を出たエリートの男と結婚するよ」
諦めたように苦笑する京介の後頭部を容赦なくソラトが叩いた。
「いたっ」
「馬鹿かお前は」
「試験のたびに体育以外の全科目の赤点を取って補習のフルコースを受けているソラトに言われたくないんだけど」
「お前がなればいいんだろうが。そのエリートって奴に」
「え?」
「俺たちまだ中学生だろう? 必死に勉強して無駄に偏差値の高い大学入って堂々と寿グループの会長から雪野をぶん捕るんだよ」
しばらく無言だったが、額を押さえ京介は笑い出した。
「ふふ、ふははははは。ふはははははは」
やっと笑いの発作が治まった京介の顔には暗い笑顔はなくなっていた。
「確かにそうだね。言われてみればその通りだよ。こんな簡単なこと、どうしてオレは思いつかなかったんだろう」
ソラトは笑った。
「馬鹿だからな」
「体育以外の全教科補習フルコースさまに言われたくない」
「こいつ、まだ言うか」
二人の順番が回ってくるまでまだ少し時間はあった。




