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第十八話 王なき聖地

一 ヒタカミ


「えええ、カヤちゃんが卑弥呼!?」


 私の情けない叫びが、まだ広場の空気に残っていた。


 ──ということは、ここが邪馬台国!? 邪馬台国が九州、しかも宮崎にあったということか!?


 世紀の発見が、自分の膝の上に、ぽとんと転がり落ちてきた。


 胸の中で、考古学徒として二十年追いかけてきた論争の決着が、一瞬で、音を立てて、つく気配がした。九州説。それも、宮崎高千穂説。三百年来の大論争に、今、私だけが、答えを持っている──。



 ──ってそんなわけあるか!


 次の瞬間、自分自身に突っ込みを入れた。


 こんな小さな、山あいの、二十数戸の村が、邪馬台国なわけがない。魏志倭人伝に記された邪馬台国は、戸数七万余戸の大国である。この村は、どう多く見積もっても、数十戸、百人規模の共同体だ。位が、違いすぎる。


 そもそも、魏志倭人伝の記述によれば、卑弥呼は二四〇年時点で既にかなりの高齢である。"年已すでに長大"と記される。目の前のカヤ姫は、どう見ても十代半ば。年齢が、全然、合わない。



「呼んだか?」


 カヤ姫が、ユキヒコを連れて、こちらに歩み寄ってきた。ユキヒコは少しだけ頬を赤くして、姫の半歩後ろに付いていた。


「いや──タカシに、そなたがヒミコだと教えたら、たいそう驚いてのう」


 アシカビは、笑いを噛み殺すような顔で、妹の方に軽く顎をしゃくった。


「お主は姫であり巫女だから、ヒミコとも呼ばれていると、な」


「……すまぬ。私の勘違いだった」


 私は頭を下げた。


 カヤ姫は、小首を傾げた。何を謝られているのか、よく分からない顔だった。



 気を取り直して、私は再び、アシカビの目を正面から捉えた。


「だが──ならば、あのネリという奴は、どこから来たのだ」


 広場の向こう、ネリとナガツが消えていった闇の方を、ちらりと見た。


「彼らのいう『高天原』とは、どこにある?」



 アシカビは、しばらく黙ってから、低く答えた。


「奴らは──『ひたかみ』から来たと言う」


「ひたかみ……」


 耳慣れない音に、私は眉をひそめた。口の中でその音を、もう一度、転がした。ひたかみ。ヒタカミ。日高見。


 ──まさか。


「……『日高見国ひたかみのくに』の事か!?」



 アシカビは、頷いた。


「……バカな!」


 私の声が、思わず裏返った。


「つまり、東北から来た、というのか!?」


日高見国ひたかみのくに──『日本書紀』景行天皇四十年条に「東夷の中に、日高見国有り。その国の人、男女並に椎結さいけつけ身をいれずみす。人と為り勇みたけし。是を総べて蝦夷と曰ふ」と記される古代の東国の地名。現在の東北地方の一帯、特に北上川流域(岩手・宮城)に比定される説が有力である。『先代旧事本紀せんだいくじほんぎ』にも類似の記述があり、中央のヤマト王権から見て「東方の、王化に服さぬ」地とされた。後世、国学者や神道思想家の一部は、この日高見国を「豊穣な東国文明圏」「もう一つの大和」として再解釈し、ヤマト王権とは別系統の独立した古代国家とみなす論を展開した】



 私は混乱した。


 日高見国。東北。蝦夷えみしの地。


 そこに記述される"蝦夷"とは、当時、東北に住んでいた縄文系の人々である。彼らは長らくヤマト王権と争い続け、坂上田村麻呂の蝦夷征討(八世紀末〜九世紀初頭)を経て、やがて敗北し、和人と同化していった──それが、二一世紀の歴史学の通説だった。


 逆に言えば、今後ヤマト王権と戦い、敗れていく蝦夷の国の人々が、ヤマト王権の祖神である"アマテラス"を信仰しているわけがない。


 蝦夷の人々には、蝦夷の人々の、独自の信仰があったのだから。土偶の信仰、アラハバキ神、縄文以来の、森と山と火の神々──。



 私は、考え込みながら、思わず声を荒らげた。


「だいたい、ここは宮崎だぞ! 遠い東北地方から、わざわざ、こんな遠い所に、これるのか!?」


 アシカビが、びくりと肩を震わせた。


「ちょっと、お父さん」


 ユキヒコが、慌てて私の袖を引いた。



 私はハッとして、口を閉じた。


 アシカビに向かって怒鳴ったところで、何の解決にもならない。彼はただ、自分の知るところを、誠実に私に伝えているだけだ。


 もう一度、自分の頭の中を整理しようとした。


 ──現代では、邪馬台国の所在地論争は、九州北部、もしくは畿内説に、ほぼ集約されている。


 日本地図を、頭の中に展開した。九州北部の佐賀・吉野ヶ里遺跡。奈良盆地の纏向まきむく遺跡。どちらでも大規模な弥生後期〜古墳前期の遺構が見つかっており、西暦二四〇年頃に相当規模の国家があったことは、間違いない。


 それらの候補地を差し置いて、東北の国が、宮崎の日向に、遠征に来ている、だと?



 額に、ゆっくりと、冷や汗が滲んだ。


 ──鹿光め! 何が予言者だ!


 私の持つ古代史の知識なんて、一切、通用しないじゃないか。


 高天原が実在の地だと知った時、私は歴史家としての勝利を手にした気がした。だが今、その"高天原"が、通説の真逆の方向──東北──にあると告げられている。私の知っている古代史の地図は、根本から書き直されねばならないのかもしれなかった。


二 面白いっ!


 私は炎を見つめたまま、しばらく、動けなかった。


 アシカビが心配そうにこちらを見ていた。カヤ姫も、ユキヒコも、固唾を呑んで、私の顔を覗き込んでいた。


 ──だとすれば、私が知っている歴史の"常識"など──。


 そこまで考えた瞬間だった。


 胸の底で、何かが、ぽん、と弾けた。


「おっ……」


 私の口から、小さな音が、漏れた。



「面白いっ!!」


 突然、私は大声を上げた。


 広場の周囲で、祭りの準備を続けていた村人たちが、一斉にこちらを振り返った。カヤ姫が、びくっと肩を震わせた。


「!?」


 アシカビが、目を見開いてこちらを凝視した。


「え、お父さん!?」


 ユキヒコも、驚いて父の顔を見上げた。



 私は、膝の土を払いながら、勢いよく立ち上がった。


「未来に伝わっていることなど、ほんの一部じゃないか!!」


 自分でも、抑えられなかった。


 二十年間、論文を読み、遺跡を歩き、先輩の説を聞き、同期と議論してきた。その膨大な積み重ねが、今、この瞬間、この山あいの広場で、ガラガラと音を立てて崩れている。


 それなのに──いや、だからこそ──胸が高鳴って仕方なかった。



 崩れ落ちる常識の、その崩壊の現場に、今、自分が、いる。


 二一世紀の歴史家の誰一人として立ち会えなかった、その現場に、自分だけが、いる。


 俺が知らなかっただけなのだ。知らないものがあったからこそ、これから、知ることができる。二千年間、誰にも語られなかった、"本当の話"を、この老いていない族長の口から、直接、聞き出せるのだ。



「た、タカシ!? どうした、急に!」


 アシカビが、困惑しながら、それでもこちらに向き直った。


「アシカビよ、このヒムカと、その周囲の国々のことを、もっと、教えてくれないか!」


 私は一気に、若き族長の前に身を乗り出した。


「か、構わんが──何から、聞きたい?」


 アシカビは、興奮する私に、完全に飲まれながらも、それでも姿勢を正して、応じた。



「まずは──このヒムカの王についてだ。王は、誰だ?」


 私は、最も根源的な問いから、切り出した。


 三世紀の倭国は、魏志倭人伝によれば、三十の国々に分かれていたとされる。それぞれの国には、"王"がいた。連合の盟主として、邪馬台国の卑弥呼が君臨した。──それが、通説だ。


 では、このヒムカの地の、"王"は、誰なのか。



 アシカビは、しばらく、黙っていた。


 そして、静かに言った。


「……この日向の地は、王が、いない」


「王……が、いない!?」


 私は耳を疑った。



「ヒムカの国は、神々の国」


 アシカビの声は、どこか誇らしげでもあり、同時に、どこか寂しげでもあった。


「氏族ごとに、それぞれ神を祀り、おさはおるが──それを束ねる者は、おらなんだ」



【弥生末期の政治構造──『魏志倭人伝』には倭国の構造について「其の国、本亦男子を以て王と為す。とどまること七・八十年、倭国乱れ、相攻伐すること歴年、乃ち共に一女子を立てて王と為す、名を卑弥呼と曰ふ」と記される。つまり倭国の三十国連合は、元来は男王の支配下にあったが、内乱の末に卑弥呼という女性祭司を共立することで統一を回復した。これは裏を返せば、統一以前の倭国には、"王のいない"地域が広範に存在していたことを示す。特に山間部の狩猟採集系の共同体は、農耕地帯のような大規模統治機構を必要とせず、氏族長オサの合議による分散的な社会を維持していた可能性が高い。ヒムカのような"神々の国"──祭祀を中心に、氏族同士が緩やかに結びつき、統一王を戴かない地域は、古代日本列島において決して例外的ではなかった】



 私の頭の中で、何かが、音を立ててまった。


 ──王がいない、聖地。


 ──空白の、地。


 それで、理解できた。なぜ、ネリの一団が、遠方からはるばる、この宮崎の山間部まで来ているのか。


 なぜなら、ここには、"王"がいないからだ。


 王がいない地は、どの勢力にとっても、進出しやすい。既存の権力構造と正面から衝突せずに、じわじわと、信仰と技術を流し込み、民衆の心を一つずつ、絡め取っていける。


 周囲の強国にとって、ヒムカは、喉から手が出るほど欲しい空白だった。そしてネリたちは、既にその空白に、深く、手を伸ばしている──。



「……では、周囲には、『王』がいる国も、あるのだな?」


 私は、慎重に問い返した。


 アシカビは、無言で頷いた。


三 四つの国


「南に──『クマソ』の国」


 アシカビは、視線を、南の山の稜線の方へ向けた。


「西に──『ヒ』の国」


 視線が、西の、さらに低い山並みの方へ移った。


「そして北に──それらを従える、『クナ』の国」



「クナの国……」


 私の声が、掠れた。


 三つ目の名を、聞いた瞬間、心臓が、大きく跳ねた。


「──『狗奴国』か!?」



 目を見開いて、アシカビを凝視した。


 若き族長は、"それが、何か?"とでも問うように、少し首を傾げた。


 アシカビにとっては、ただの隣国の名だった。だが私にとって、それは違った。


狗奴国くなこく──『魏志倭人伝』の倭人条終盤に、邪馬台国と対立する強国として記される。「その南に狗奴国有り。男子を王と為す。其の官に狗古智卑狗くこちひこ有り。女王にかず」。卑弥呼の晩年、倭国連合は狗奴国との戦いに突入し、卑弥呼は魏に救援を求める使節を送った。二四七年のことである。翌年前後に卑弥呼は没し、後継の男王は民を治められず、十三歳の壹與(台与)が立つことで倭国は再統合された──そこまでが魏志倭人伝の記述の全体像である。狗奴国の所在地は長く論争の的だったが、二〇世紀後半以降、熊本県菊池郡一帯(熊襲の地)とする説が有力になっていた。現代の地名"菊池"と、官名"狗古智卑狗くこちひこ"の音の一致が、主な論拠である】



 狗奴国──。


 魏志倭人伝に記された、邪馬台国と争った、あの狗奴国。


 それが、ヒムカの"北"にある。



 ──クマソは、鹿児島。


 ──ヒの国は、熊本周辺。


 現代でも、名が残っている地域もあるじゃないか!


 "クマソ"は、後世まで『熊襲くまそ』として史書に登場する九州南部の勢力。ヤマトタケルに討伐されたとされる、あの一族の祖型だ。"ヒの国"は、"火の国"、すなわち『肥後ひご』『肥前ひぜん』の原型である。現代の熊本県・佐賀県の一帯に比定できる。


 そして、その二つを従える"クナの国"が、北──つまり、熊本から筑紫にかけての平野部にある。


 胸の高鳴りが、抑えきれなかった。


「ならば今、この地の勢力図は──」



 私は、思わず、近くに落ちていた木の枝を、手に取った。


 アシカビが驚いて、私の手元を見た。


 地面の、柔らかい赤土の上に、私は線を書き出した。


 ──南北に走る、一本の線。九州の、本州に向かう稜線。それに交わる、東西の線。


 ヒムカの、大まかな輪郭。


 南に、クマソ。


 西に、ヒの国。


 北に、クナ。



 そこまで書いたところで、私は手を止めた。


「あれ? ここ、どうなってるんだっけ……」


 呟いた。


 頭の中の、現代の日本地図と、今書いている古代の地図が、ずれ始めていた。有明海の形、八代海の位置、宇土半島の出っ張り、阿蘇外輪山の輪郭──記憶が、怪しかった。



 ──そうだ。


 私は、胸元の内ポケットに、手を差し入れた。


 取り出したのは、スマートフォン。


 昨日の朝、鹿光が"鍵"だと言って返してきた、あの、バッテリー残量一〇〇パーセントのスマホ。


「ダウンロードしてある、日本地図を見れば」



 画面を起動した。圏外だが、オフライン保存してある地図アプリは問題なく開いた。九州地方の詳細な輪郭が、画面に表示された。


 私は、スマホの画面と、地面を、交互に見比べながら、木の枝で地図を描き足していった。


 有明海。八代海。阿蘇の外輪。霧島の山塊。桜島。大隅半島。薩摩半島。種子島。屋久島。


 弥生末期の海岸線は、現代と若干違うはずだった。縄文海進の影響で、有明海や八代海は今よりも内陸に深く入り込んでいた。吉野ヶ里遺跡の立地が、現代では内陸だが、当時は海岸に近かった──そうした補正を、頭の中で加えながら、地面に線を引いた。



 いつの間にか、周囲に、村人たちが集まっていた。


 皆、私が地面の上に引く線を、まじまじと見つめていた。


「ユキヒコ、タカシは、急に絵を描きたくなったのか?」


 カヤ姫が、不思議そうに、ユキヒコに尋ねた。


「いや……あれは」


 ユキヒコも、答えに詰まった。


 十歳の少年は、父が地面に描いているものが"地図"だということは分かっていた。だが、なぜ父が興奮しながら地面に地図を描き始めたのか、その理由までは、まだ理解できていない様子だった。



 私は、汗を拭いながら、立ち上がった。


「よし、できた!」


 赤土の上に、九州の輪郭が、一枚、描き上がっていた。


 ──俯瞰で見れば、それはこの国で、初めての"地図"だった。


【古代日本における地図の欠如──『古事記』『日本書紀』には地理的記述は含まれるが、"地図"そのものは収録されていない。日本列島で確認される最古の地図の一つは、天平一〇年(七三八年)頃の『但馬国正税帳たじまのくにしょうぜいちょう』附図や、奈良時代の行基図ぎょうきずとされる。それ以前の時代に、体系的な地図が作成されていた痕跡は、考古学的にも文献学的にも、確認されていない。三世紀のヒムカの地面に、タカシが木の枝で引いたこの線こそ、日本列島における"初めての地図"だった可能性がある──歴史として残らなかった、ただの偶然の落書きではあったが】



 村人たちが、茫然と、地面の図を見下ろしていた。


 アシカビも、その隣で、驚嘆の声を漏らしていた。


「これが──ヒムカの、全体なのか?」


「ああ。──と、俺が知る限りだが」



 私は、地図の"北"の方角、クナの国と書いた位置を、木の枝で、こんこん、と叩いた。


 ──魏志倭人伝によれば、狗奴国は、邪馬台国率いる女王国連合と、対立した国。


 その、"敵対勢力"である狗奴国が、九州北部を支配している。


 ──もしそうなら。


 邪馬台国が九州にある、という九州説は、ほぼ完全に、否定される。


 なぜなら、邪馬台国の"南"ないし"東"に敵対勢力の狗奴国がある、というのが魏志倭人伝の記述だからだ。もし邪馬台国が九州にあり、狗奴国が九州北部にあるのなら、邪馬台国は狗奴国の"南"になる。つまり、狗奴国より南──鹿児島、あるいは宮崎──にあることになる。だが、鹿児島・宮崎には、邪馬台国に相当する規模の弥生集落遺跡が、見つかっていない。



 つまり──。


 邪馬台国は、畿内にある可能性が、極めて高い。


 巻向遺跡のある、奈良盆地に。


纏向遺跡まきむくいせき──奈良県桜井市の弥生末期〜古墳前期の大規模集落遺跡。総面積約三平方キロメートル、推定人口数千人規模。三世紀初頭〜中頃(邪馬台国の時代)に隆盛し、卑弥呼の墓と推定される箸墓はしはか古墳が隣接する。二〇〇九年、建物群の中軸がほぼ真東西に一致する宮殿様の遺構が検出され、邪馬台国畿内説の有力な物的根拠とされている。ここから出土する土器には九州系・山陰系・東海系・関東系など列島各地の系統が混在しており、纏向が単なる一地方集落ではなく、広域連合の中心地であったことを示唆する】



 そして──さらに。


 その畿内の、さらに東北方面に、"高天原"という、もう一つの勢力がある。


 ネリの口ぶりからすれば、その"高天原"が、稲作と宗教を武器に、遠く離れたヒムカにまで進出してきている。


 つまり、三世紀の倭国は──。


 畿内の邪馬台国。


 九州北部の狗奴国。


 東北の高天原。


 この三つの勢力が、列島の主導権をめぐって、静かに、しかし確実に、拮抗し始めている──。



 ──全ては、仮説。


 私は、地面の地図を、しばらく見下ろしていた。木の枝の先で、赤土の上の線を、もう一度、ゆっくりとなぞった。


 しかし、この仮説が正しいとすれば──。


 古代日本史は、私の知っていたどの教科書よりも、遥かに、ダイナミックで、広大で、多声的なものだ。


 九州の一地点で全てが決まっていたわけでも、畿内で全てが決まっていたわけでもない。列島の東西南北に、同時多発的に、複数の"大きなもの"が育ち、互いに手を伸ばし、時に衝突し、時に飲み込み合いながら、やがて"日本"という一つの国家へと収斂していった。


 その、"収斂する前の豊かな混沌"の、真ん中に、今、私は立っている。



 胸の奥で、静かに、声が立ち上がった。


 ──古代日本の地図、いつか全て、明らかにしてみせる。


 考古学徒だった二十代の自分が、いつの間にか、再び、自分の胸の中で、背筋を伸ばしていた。


 学会誌に書くためではない。論文にするためではない。教授に褒められるためでもない。


 ただ、この時代に、自分だけが、立っている。そして、この時代の真実を、自分だけが、見ることができる。


 その、ただ一つの事実のためだけに──。



「お父さん」


 ユキヒコが、そっと、私の袖を引いた。


 見上げた息子の顔は、さっきまでの困惑は消え、代わりに、どこか誇らしげな、温かい表情を浮かべていた。


 父が、こんなに夢中で、生き生きとしているのを、ユキヒコは、久しぶりに見たのかもしれなかった。


 ──東京で、死んだ妻の遺品を片付け、会社の業績にため息をつき、息子との会話も少なかった、あの父ではなかった。


 今、地面に木の枝で古代の地図を描き、興奮で頬を赤らめ、若き族長と息子と山の娘に向かって熱弁を振るっている、一人の、三十八歳の男。


 アカリが見たら、なんと言うだろう。


 "あなた、そういう顔のあなたが、一番好きよ"──そう言ってくれる気がした。



 篝火が、もう一度、夜風に煽られて、ごうと高く燃え上がった。


 私は、地面の赤土の上の"九州地図"を、もう一度、見下ろした。


 クマソ、ヒ、クナ、そしてミタイ。


 その四つの名が、ただの土の線の傍らで、炎の揺らぎを受けて、生きているように、浮かび上がっていた。


(第十八話 了)


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