48:旅立ち前、敵将からの餞はいささか苦く
明日は王都へ向かうというところに、奇妙な便りが届いた。僕の心中は穏やかではない。訳が分からず、心も頭もかき乱されるような感覚に襲われる。
王都からの手紙――勇者パーティーの再起と、僕への帰還要請を伝えるもの。
その不可解極まりない内容に、僕は胃がキリキリと痛む思いだった。
勇者パーティーだったアレクたちは、魔族に操られていたとはいえ、この村を襲撃した罪人だ。騎士団のバルトロ副団長は、彼らを引き渡した時、正当な裁きを受けさせると約束してくれた。アレクたちも、事の重大さを理解し、裁きを受けると言っていた。
だが、『再起』という言葉が表に出るのは、あまりに早過ぎないだろうか。
言うなればあの襲撃は、王家が選出した勇者が不祥事を起こしたということ。そんな人物を、王家のトップが選出してしまった。そのミスを拭うためか、なかったことにするためか、なんらかの動きを見せていると見れなくもない。
そして、僕を呼び戻そうとする動き。
これは僕の存在を、いや、正確に言うなら『僕の能力』を知ったため、と想像できる。
王都の上層部は、何を考えているのか。
何をしようとしているのか。
「何も分からない状態でいくら悩んでも、意味はないんだけどな……」
僕は一人、村の外れの小高い丘の上に座り、沈みゆく夕日を眺めていた。
明日、僕たちは王都へと向かう。
勇者パーティーを編成した王家のお膝元だ。
胸の中に渦巻くのは、単なる過去への恐怖や怒りではない。
もっと深く、根本的な、人間族という種族全体に対する疑念だった。
僕たちが話し合いの中で突き合わせた、三つの歴史。
人間族が、魔界の場所を不自然に特定し、侵略戦争を『聖戦』と名付けて正当化した可能性。
エルフ族が、魔王の『世界の魔力バランスの崩壊』という警告に一理あると感じながらも、人間族の力に屈してしまった後悔。
そして、魔族が語る、彼らの平穏な暮らしと、人間族による一方的な蹂躙の記憶。
「もし……人間族の歴史が、すべて嘘で塗り固められたものだったとしたら」
僕は、自分の両手を見つめた。
僕は人間族だ。人間として生まれ、人間として生きてきた。
だから、ギデオン村長やゼノンさん、マルコさんのように、信じられる人間がいることは知っている。この村の温かい人々のように、素朴で優しい心を持つ人間がたくさんいることも。
だから、人間族のすべてを否定することはできない。
だが、もし。その人間たちを束ねる『王家』や『教団』といった組織が、一部の権力者たちの私利私欲のために、他種族を迫害し、世界の魔力を食い潰し、歴史を捏造してきたのだとしたら。
そして、魔王が本当に『世界の調停役』として、世の中の暴走を止めるために立ち上がった存在なのだとしたら。
これまで信じてきた『正義』は、悪に反転する。
そして、僕たちが恐れてきた『悪』は、世界を救おうとした悲劇の存在へと変化する。
僕の中の基礎となる何かが、揺らいでいるのを感じていた。
「……キュウ」
ふと、僕の肩の上で小さな声がした。
シルゼリウが置いていった、邪竜の思念体である黒い蜥蜴・アズだ。アズは、僕の頬に冷たい鼻先を押し付け、何かを慰めるように喉を鳴らす。
「アズ。お前には、僕の迷いが分かるのかい?」
僕は、アズの頭を指でそっと撫でた。
アズは、ヴァルガスと魂で繋がっている。つまり、この小さな身体を通じて、僕は、あの魔竜と通信することができるのだ。
僕は、夜空を見上げ、ここにはいない相手に語り掛ける。
「……ヴァルガス。聞こえているか?」
しばらくの沈黙。
アズの小さな身体が、わずかに熱を帯び、その瞳が紅蓮の色に光った。
『……何用だ、錬金術師。降伏の意思でも固まったか』
ヴァルガスの、重く威圧的な声。
それが僕の頭の中に、直接響いてくる。
「いや、違う。……少し、聞きたいことがあってね」
ヴァルガスは、紛うことなき敵対する相手だ。
魔族という勢力としては現在、中立の立場を取ろうとしている。
だが彼自身は、実際に敵としてぶつかり合い、その圧倒的な力に屈しそうになった。いや、総合的な実力差で言うならば、今の僕ではヴァルガスに勝てないだろう。
しかし落ち着いて考えてみると、彼の大切なものを想い、己のすべてを懸けてでも守ろうとする気概、心持ちには共感を覚える。ヴァルガスについて多くを知るわけじゃない。けれど、それらの点については、自分と似通ったところがあると思っていた。
「僕たちは明日、王都へ行く。人間族の歴史の裏に隠された、本当の真実を知るために」
僕は、胸の内にくすぶっている疑問を、そのまま彼にぶつけてみる。
「もし、僕が王都で見た真実が、最悪のものだったら。人間族の中枢が、本当に救いようのないほど腐敗し、他種族を犠牲にして世界の寿命を食い潰すだけの存在だったとしたら。……その時、僕は、人間族である僕は、どうすればいい?」
それは、敵対する魔族の将に尋ねるには、あまりに愚かで、滑稽な質問だったかもしれない。
だが僕は、世界の真実の一端を知る彼らの言葉を、聞いてみたかったのだ。
ヴァルガスは、しばらく黙っていた。
僕の脳内に響くのは、アズの小さな心音と、夜風の音だけ。
やがて、ヴァルガスの、地を這うような低い笑い声が聞こえてきた。
『……フン。人間族の分際で、世界の理に思い悩むか。滑稽だな』
「笑いたければ笑え。でも、僕は真剣だ」
『……ならば、答えてやろう』
ヴァルガスの声から、嘲笑の色が消える。
聞こえる声音が、絶対的な力を持つ魔族としての、冷徹な響きに変わった。
『人間族が救いようのない存在であったなら。その時は、我らと共に、この歪んだ世界を更地にすればいい』
「更地に……」
『そうだ。腐りきった土台の上に、新たな調和は築けん。我が主、魔王様の復活を以て、人間族の文明をリセットし、すべてを原初の状態へと還す。それが、最も合理的で、確実な救済だ』
極端で、迷いのない答え。
それは破壊の化身である魔竜、ヴァルガスらしいものだった。
世界を、更地にする。
それはつまり、何億という命が失われることを意味する。
「……だめだ」
彼の答えは、到底受け入れられるものじゃない。
僕は、反論せずにはいられなかった。
「……僕は、そんなことはしない。どんなに世界が歪んでいても、そこに生きる人々の命を、一方的に奪う権利なんて、誰にもないはずだ」
『分かっている』
「え?」
けれど、ヴァルガスから返ってきた言葉は意外なもので。
思わず聞き返してしまう。
『我は知っている。貴様は、そのような選択をしないだろう』
まるで、僕のことを認めているかのような言葉。
僕は戸惑いを覚えてしまう。
『なんだ、意外か? 我が貴様を肯定するようなことを言うのが』
「いや、まぁ……」
『貴様は、あの時、我と対峙した。我との実力差は自覚していたであろう? だがそれでも、我が劫火の前に立ちはだかり、自らの命を賭して、あのちっぽけな村を守ろうとした。……あの甘さ、あの執念深さ。それが、貴様という人間だ』
ヴァルガスの声には、不思議と、以前のような強烈な敵意や侮蔑の色は感じられなかった。
むしろ、そこにあるのは、一度全力で刃を交えた者同士が持つ、奇妙な『理解』のようなものだった。
『貴様は、世界を更地にするのではなく、自らの手で、都合の良い箱庭を「創造」しようとするだろう。その結果、どれほど泥にまみれ、傷つこうともな』
「……」
『せいぜい足掻くがいい、錬金術師。貴様が王都で何を見、何を絶望し、そして、我らの前にどのような答えを持って現れるのか。楽しみに待っていてやろう』
それだけ言うと、アズの瞳の紅蓮の光がスウッと消え、元の愛くるしい黒い瞳に戻った。
通信が切れたのだ。
「キュウ?」
アズが、不思議そうに僕の顔を覗き込む。
僕は、アズの小さな背中を撫でながら、ヴァルガスの言葉を反芻していた。
『お前がそうしないことを、我は知っている』
敵である魔竜から、自分の本質を理解されているとは……。
その事実は、なぜか僕の心に、小さな安堵をもたらしていた。
魔族は、ただ無秩序に破壊を楽しむだけの化け物ではない。
彼らには彼らの確固たる意志があり、相手を観察し、理解する知性がある。
だとしたら。
もしかしたら、僕たちは、ただ殺し合うだけの関係ではないのかもしれない。
対話し、理解し合い、そして、最悪の結末を回避するための、別の道を見つけることができるかもしれない。
「……ありがとう、ヴァルガス」
僕は、夜空に向かって、小さくつぶやく。
敵に対する感謝。少し滑稽なやり取りだったが、僕の迷いを吹き飛ばすには十分だった。
人間族がどれほど腐敗していても。
魔族がどれほど強大でも。
僕は、僕のやり方で、真実を見つけ出す。
そして、誰もが笑って暮らせる世界を『創造』する道を探す。
それが僕の、僕だけの戦いだ。
「アルト様。夜風が冷えてきましたよ」
後ろから、ギデオン村長の声がした。
見れば、ルナやミミ、そしてセラフィナも、僕を迎えに来てくれていた。
「明日はいよいよ、王都への出立です。英気を養っておかなければ」
「はい、村長。……行きましょう、みんな」
僕は、アズを肩に乗せたまま、立ち上がった。
不安はある。
けれど、迷いはない。
僕の隣には、種族の壁を越えた、頼もしい仲間たちがいる。
そして、僕の心の中には、魔族の将との間に芽生えた、奇妙な信頼関係と、かすかな希望が宿っている。
明日、僕たちは王都へ向かう。
過去の亡霊たちと決着をつけ、世界の真実を暴くために。
僕たちの新たな旅が、静かに幕を開けようとしていた。
-つづく?-
ゆきむらです。御機嫌如何。
大変ご無沙汰しております。
ちょっと洒落にならない体調不良のせいで、
この1ヶ月ほどは小説書きどころではなかった。
心身が落ち着いてきて再開するも久しぶり過ぎて、
これから先のストーリーがまったく思いつかない。
困ったな。
そんなわけでして。
今作はいったん完結とさせてください。
「俺たちの戦いはこれからだ」エンド。
未完のまま打ちきり、とも言えますが。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
中途半端な内容になってしまい申しわけありません。
気が向かれましたら、また別作でお会いできると嬉しいです。
それではまた。
ゆきむらでした。




