42:楽園のトライアングル・ウォー
作業小屋騒動から数日後。
エルダ村には平和な……とは言い難い、いつもの騒がしい朝が訪れていた。
ここ数日の僕は、村の防衛についてあれこれ考えながら作業を詰め込んでいた。それを知っている村のみんなに「働き過ぎもよくない」言われ、休みを強制されてしまった。
言われたことはごもっともだったので、僕も今日一日は難しいことを考えず、頭と身体を休めることにした。
休みと決めたら、途端にワクワクしてきた。貴重な休日をどう過ごそうかと、ベッドの中で微睡みながら考える。久しぶりに一人で釣りに行こうか。それとも、ギドさんの工房で遊び気分の実験をするのもいいかもしれない。
ささやかな計画を頭の中で立てながら眠りについたのだけれど。
目覚めと共に、それらは粉砕されることになった。
「アルト、起きていますか? 今日は素晴らしい天気ですよ!」
「アルト様ぁ、まだ夢の中ですの? お寝坊さんは悪い子ですわよ?」
右からルナの声。
左からセラフィナの声。
目を開けると、僕の視界いっぱいに、二人の美女の顔があった。
「うわあっ!?」
顔が熱くなるのを感じながら、思わず声を上げて飛び起きた。
至近距離。
あまりに近い。
「な、なんだよ二人とも! 朝からびっくりさせないでくれ!」
「あら、ご挨拶ですわね。せっかく、わたくしたちが起こしに来て差し上げましたのに」
「今日はお仕事をお休みすると聞いたので」
セラフィナが、わざとらしくため息をつく。その胸元が大きく開いた寝間着姿に、僕は慌てて視線を逸らした。朝から刺激が強すぎる。
ルナは、そんな僕の態度に何も思うことなく話し掛けてくる。セラフィナの方は、人の悪い顔をしてニヤついているけれど。
「それで、何の用だい?」
気を取り直して、僕は尋ねた。そもそも妙齢、妙齢? の女性が、男の寝床に乗り込んでくるなんてどうかと思うけれど。ひとまずそれはさて置く。
ルナとセラフィナは顔を見合わせ、同時に口を開いた。
「アルト、今日は私と一緒に、『精霊の森』へピクニックに行きましょう!」
「アルト様、今日はわたくしと、『大人の魅力たっぷりの温泉デート』を楽しみましょう!」
ピクニックと、温泉デート。
あまりに方向性の違う提案が、同時に僕の鼓膜を震わせた。
……少なくともセラフィナは、デートという名目で僕とルナをからかい回そうという思惑が見え見えだった。
「え……っと……」
「もちろん、私の提案を受けてくださいますよね? 最近は村のことで忙しくて、二人きりでゆっくり話す時間もありませんでしたし」
ルナが、上目遣いで僕を見つめる。その瞳は子犬のように潤んでいる。そんな目をされたら断れないだろ。卑怯だ。
「あら、そんな子供騙しの遊びより、わたくしとのアダルティな時間の方が魅力的でしょう? マッサージもして差し上げますわよ?」
セラフィナが、妖艶な流し目を送ってくる。
その指先が、僕の腕を這うように撫でる。こいつは魔族、サキュバスだ。こんなやり方は常とう手段だ、と思いながらも惹かれてしまう。僕も健全な男なので。これも卑怯だ。
「ちょ、ちょっと待って! 急に言われても……」
「「どちらを選ぶのですか!?」」
二人の声が重なる。
右には清楚可憐なエルフ。
左には妖艶な聖女 (魔族) 。
究極の選択。
いや、これはただの板挟みだ。
「えっと……じゃあ、午前中はルナとピクニックに行って、夜はセラフィナと温泉に行くっていうのは……」
「「ダメです」」
僕が苦し紛れの折衷案を出すと、二人は同時にダメ出しをしてきた。どうしてそんなに息がぴったりなの?
「一日中、私と一緒にいてほしいんです!」
「わたくしだけを見ていただけませんの?」
ルナとセラフィナが、ずずいと、さらに接近してくる。
ああ、もう。どうすればいいんだ。
僕は助けを求めて当たりを見回す。
気がついたら、部屋の扉の前で毛づくろいをしているミミがいた。
「ミミ! 助けて!」
ミミは、ちらりとこちらを見ると、あくびを一つした。
「アル兄、モテモテだニャ。ミミは関係ないニャ」
冷たい!
裏切り者!
次に、僕は窓の外に視線を向ける。
ちょうど通り掛かったギドさんがいた。
「ギドさん!」
ギドさんは、僕たちの状況を一目で察したらしい
ニヤリと笑って親指を立てた。
「青春じゃのう、師匠! 若いうちは精一杯悩むがいい! ワシは工房で一杯やってるからな!」
そう言って、さっさと行ってしまった。
薄情者たちめ……!
結局、僕に残された道は一つしかなかった。
「分かった。分かったから! ……三人で行こう」
「えっ?」
「えぇ?」
二人が不満そうな声を上げる。
でもここは譲れない。
「ピクニックも行くし、温泉も行く。ただし、三人でだ。それが嫌なら、僕は一人で釣りに行く!」
僕が毅然と言い放つ。文句は言わせないぞ。
そんな僕の様子に二人は顔を見合わせ。
渋々といった様子で、ため息をついた。
「……仕方ありませんね。アルトがそこまで言うなら」
「まぁ、妥協点としては悪くありませんわね」
こうして僕は、ルナとセラフィナを説得することに成功し。
奇妙なトリプルデート (?) が決行されることになった。
まずは、ルナ提案の「精霊の森ピクニック」だ。
僕たちは、村の近くの森にある、美しい泉のほとりに足を運んだ。水辺の清々しい雰囲気が広がる場所にシートを広げ、昼食を詰め込んだバスケットを啓く。それには、ルナが手作りしたサンドイッチや果物が詰め込まれている。
「さあ、アルト。あーん、してください」
ルナが、サンドイッチを差し出してくる。
可愛い女の子からの、あーん攻勢。それだけで顔が赤くなってきてしまう。
「いや、自分で食べられるよ」
「ダメです。今日は私が尽くすと決めたのですから」
彼女の押しに負けて口を開ける。
すると、横からセラフィナの手が伸びてきた。
「あらあら、ルナさんのサンドイッチ、パンが少しパサついてますわね。ここは、わたくしが用意した『魔界風激辛ドラゴン肉の串焼き』を召し上がれ」
「むぐっ!?」
セラフィナが、赤黒いオーラを放つ肉串を僕の口に押し込んでくる。
というかナニコレ辛っ! 辛すぎるだろ!
「何をするんですか! アルトが辛いのが苦手だと知っているでしょう!」
「あら、男ならこれくらいの刺激がなくちゃ。ねえ、アルト様?」
ふたりが何か言っているけど、僕はそれどころじゃない。口の中が、ルナの優しい味と、セラフィナの暴力的な辛さでカオスになる。
「水! 水くれ!」
僕が悶絶していると、二人は「私の水を!」「いいえ、わたくしの特製ドリンクを!」と、また争いを始める。そんなことしてる場合じゃないから!
差し出されるのを待たずに、僕は自分で水筒を引き寄せる。我ながらもの凄い勢いで、冷たい水を飲み干していく。
いや本当になんだこの辛さ。魔界風だからとかそういうレベルじゃないぞ。
……ピクニックとは、こんなに命がけのイベントだっただろうか。
ひと息ついた僕は、訳の分からないことを考えて自己逃避しそうになる。
そんな時だった。
ガサガサッ!
「ブモオオオオッ!」
茂みの中から、一匹の巨大なワイルドボア (猪の魔物) が飛び出してきた。興奮しているのか、魔物は真っ直ぐに僕たちのお弁当目掛けて突進してくる。
「キャッ!?」
「チッ、野暮な猪ですわね」
いきなりのことに、ルナが悲鳴を上げる。
一方で、セラフィナは忌々しそうに舌打ちをした。
こんな時だけれど、二人とも「らしい」反応をしてるなと思ってしまう。
「二人とも、下がって!」
そんなことを考えている場合じゃない。
僕は咄嗟に立ち上がって身構えた。
【物質創造】で即席の槍を作り出し、応戦しようとする。
だが。
それよりも早く、二人の影が動いた。
「アルトのサンドイッチを狙うとは、いい度胸です!」
ルナが、風の精霊魔法で宙に舞い上がる。
「わたくしのデートを邪魔するなんて、万死に値しますわ!」
セラフィナが、掌に漆黒の闇魔法を収束させる。
「「消えなさい!」」
二人の声が重なった。
ルナの『ウィンド・スラッシュ』と、セラフィナの『ダーク・バレット』が、同時にワイルドボアへと殺到する。
ドォォォォン!!
哀れなり、ワイルドボア。突進してきた魔物はサンドイッチに触れることもできず、黒焦げになって空の彼方へと吹き飛んでいった。
「ふん。口ほどにもない」
「ええ。アルトの休日は、私たちが守りますから」
ルナが華麗に着地し、セラフィナと背中合わせに立つ。
二人は称え合うように、ハイタッチを交わした。
その息の合った連携プレーに、僕は呆気にとられてしまう。
「……君たち、やっぱり仲いいじゃないか」
僕が呟くと、二人はハッとして慌てて距離を取った。
もしかして今の、無意識だったの?
「な、仲良くなんてありません!」
「そうですわ! たまたま、攻撃のタイミングが合っただけです!」
顔を赤くして否定する二人。素直じゃないなぁ。
思わぬ騒動の後、僕たちは気を取り直してお弁当を食べた。
なお、激辛肉は丁重にお断りした。
そして、夕方。
今度はセラフィナ提案の「温泉」だ。
もちろん、混浴ではない。男湯と女湯に分かれている。
「ちっ、残念ですわ。アルト様の裸体を拝めるチャンスでしたのに」
「セラフィナ! はしたないことを言わないでください!」
「あら、ルナさんだって見たかったくせに」
「み、見たくなんて……ちょっとだけなら……」
壁の向こうから聞こえる会話に、僕は耳を塞いで湯船に潜った。聞かなかったことにしよう。何も聞こえてないぞ。うん。
湯上がり後。
僕たちは、湯小屋の前のベンチに並んで座り、沈みゆく夕日を眺める。
心地よい風が、温泉上がりの火照った頬を撫でる。
「……ふぅ。今日は、大変だったけど、楽しかったよ」
「はい。私もです。アルトと一緒にいられて、幸せでした」
「まあ、悪くない一日でしたわね。あの猪を吹き飛ばした時は、スカッとしましたし」
僕が言うと、ルナが微笑んだ。
セラフィナも、満足そうに目を細めている。
「ねえ、二人とも」
僕は、二人の顔を見比べた。
「喧嘩するほど仲がいいって言うけど、君たちのことだと思うよ」
「……否定はしませんが、肯定もしません」
「フフッ。まあ、この堅物エルフとの共同生活も、退屈しのぎにはなりそうですわね」
ルナがそっぽを向く。恥ずかしそうにしているのが可愛らしい。
そんな彼女の肩に、セラフィナがわざとらしく頭を預けた。ルナは、嫌がるそぶりを見せながらも、彼女を振り払おうとはしなかった。
沈む夕日が、三人の影を長く伸ばす。
人間と、エルフと、魔族。
種族も立場も違うけれど、こうして並んでいる姿は、どこにでもいる仲の良い友人同士のように見えた。
その直後。
「アルト様、その氷菓子、一口くださいな!」
「ダメです! アルトの氷菓子は私のものです!」
「なんですって!? 戦争ですわ!」
「望むところです!」
また始まった。
ほんの些細なことで巻き起こる、他愛のない言い合い。
僕は、二人の間に入って「まあまあ」となだめながら、苦笑いした。
明日もまた、胃の痛い、けれど幸せな一日が始まるのだろう。
この騒がしさが、今の僕にとっての「平和」なのかもしれない。
僕は溶けかけた氷菓子を二人に差し出しながら、心の中でそう思った。
-つづく-
次回、第43話。「懐いた猫と、自重をしないドワーフの日常」。
穏やかな時だからこそ、ちょっとしたことでも騒がしく。
◇ ◇ ◇
次回更新は来週、3月7日になります。
ブックマークや☆での評価、感想などいただけると励みになります。
応援のほど、よろしくお願いします。




