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ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第一章 追放と旅立ち

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02:追放宣告

「もう限界だ」


 背を向けたアレクから放たれた言葉は、まるで氷の刃のように僕の胸を突き刺した。焚き火の爆ぜる音だけが、やけに大きく耳に響く。さっきまで死闘を繰り広げた身体の熱は急速に失われていって、代わりに指先から冷たい何かが這い上がってくるのを感じた。


「……え?」


 かろうじて絞り出した声。それは自分でも情けないほどに、か細く、震えていた。

 何かの聞き間違いだと思いたかった。彼らは疲れているんだ。激戦のせいで、少し苛立っているだけなんだ。そう自分に言い聞かせようとした。けれど、ゆっくりとこちらに振り返ったアレクの瞳を見て、その希望的観測は粉々に砕け散った。


 彼の蒼い瞳には、かつて僕をスカウトした時の熱意も、仲間として接してくれた時の親愛も、何ひとつ残ってはいなかった。そこにあるのは、無価値なものを見定める鑑定士のような、冷徹で無機質な光だけだった。


「聞こえなかったのか、アルト。もう限界だと言ったんだ。お前のスキルの限界が、このパーティーの限界になっている」

「そん……な……」

「事実だろう?」


 アレクは淡々と、判決を言い渡す裁判官のように言葉を続けた。


「俺たちはこれから、さらに深層を目指す。そこに出現する魔物は、今日のミノタウロス・ロードなんて比較にならんほど強力だ。そうなれば、今以上にお前の支援が必要になる。だが、お前は今日の戦いで既に限界を見せた」


 彼は、僕の足元に視線を落とす。そこには、僕が調合に使った薬草の残りカスや、生成に失敗した出来損ないの触媒石が散らばっていた。それは僕が必死に戦った証のはずなのに、今のアレクには無能の証明にしか見えていないようだった。


「お前の作るポーションでは、俺たちの消耗に追いつかない。お前の施すエンチャントでは、強力な魔物の防御を貫けない。お前の応急修理では、伝説級の武具の消耗を防ぎきれない。違うか?」

「……っ」


 何も言い返せなかった。すべて、事実だったからだ。

 僕は自分のスキルの限界を痛感していた。それでも、工夫と努力で何とか埋め合わせようと、寝る間も惜しんで研究を重ねてきた。いつか、彼らの期待に応えられる日が来ると信じて。


 でも、その努力は、彼らにとっては「無駄な足掻き」でしかなかったのだ。


「悪いが、俺たちには足手まといを抱えて進む余裕はない。魔王討伐という大義のためだ。非情な決断も必要になる」


 その言葉に、黙って聞いていたリリアがすっとアレクの隣に寄り添った。


「アレクの言う通りよ、アルト。あなたはよくやってくれたわ。ええ、感謝はしている。でも、それはこれまでのお話。これからの私たちには、もっと高レベルの支援が必要なの。分かるでしょう?」


 その口調は穏やかだったが、内容は残酷な最後通告だった。彼女の瞳は、僕を案じているのではない。僕を切り捨てることで揺らぎかねないアレクの心を案じていた。僕という存在は、彼女の視界にはもう入っていない。


「そんな……待ってください! 僕は、もっと頑張ります! もっと強くなって、必ずみんなの役に立ってみせますから! だから……!」


 僕は必死に、地面に膝をついて懇願した。

 この場所を失うことが、どれほど恐ろしいことか。孤児院を出てから、初めて見つけた僕の「居場所」。それを失って、またひとりぼっちに戻るなんて、考えただけで息が詰まりそうだった。


「おいおい、見苦しいぜ」


 僕の最後の望みを打ち砕いたのは、ダイン。腕を組んで僕たちのやり取りを眺めていた彼の、冷たい一言だった。


「もうお前は用済みだって言われてるのが分かんねえのか?」

「ダインさん……!」

「そもそもよぉ」


 僕は言葉を返そうとする。

 けれど、被せるようにして、ダインは吐き捨てるように言い続ける。


「お前がいると、単純にパーティーの分配金が四分の一になるのが無駄なんだよ。戦闘にも参加しねえ雑用係に、俺たちと同じだけの報酬をくれてやってたんだ。ありがたく思えよな」


 分配金。

 その言葉に、僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。


 僕は、そんなことを一度も考えたことがなかった。僕にとっての報酬は、みんなの「ありがとう」という言葉だけで、それで十分だったのに。お金なんて、ポーションの材料が買えればそれでよかった。

 だが、彼らにとっては違ったのだ。

 僕は、彼らの利益を損なうだけの存在だった。


「ひどい……そんな言い方……」

「事実だろうが。なあ、アレク。こいつに渡す分の金があれば、王都で一流の錬金術師を雇える。高純度のエリクサーだって買えるはずだ。違うか?」

「……その通りだ」


 アレクはダインの言葉を、静かに肯定した。

 その一言が、僕の心を繋ぎとめていた最後の糸を、ぷつりと断ち切った。


 ああ、そうか。

 最初から、そうだったんだ。

 僕は仲間じゃなかった。ただの「コストパフォーマンスの良い道具」だった。

 そして今、もっと性能の良い道具に買い換えるために、僕は捨てられる。

 ただ、それだけのことだったんだ。


 膝をついたまま、僕は顔を上げられなかった。涙が溢れそうになるのを、奥歯を噛みしめて必死に堪える。ここで泣いたら、本当にただの見苦しいだけの存在になってしまう。それだけは、嫌だった。


「……分かりました」


 絞り出した声は、自分でも驚くほど静かだった。

 もう、何もかもどうでもよくなっていた。


 僕の返事を聞いて、アレクはどこか安堵したような表情を浮かべた。彼は懐から小さな革袋を取り出すと、それを僕の前に放り投げた。

 チャリン、と軽い音がして、数枚の銀貨が地面に転がる。


「これまでの働きに免じて、餞別だ。それと、今着ている装備はくれてやる。それだけあれば、どこかの街までたどり着けるだろう」

「……」

「これ以上、俺たちについてくるな。明日、俺たちは夜明けと共に出発する。お前は別の道を行け。いいな?」


 返事はしなかった。いや、できなかった。

 僕はただ、地面に転がる銀貨を、虚ろな目で見つめていた。

 僕がこのパーティーに捧げた時間と、心と、命を削るような努力の対価。

 それが、たったこれだけ。


 リリアが、ふと何かを思い出したように口を開いた。


「そうだわ、アルト。あなたが持っている素材ポーチ、それを置いていってちょうだい。あれはパーティーの共有資産でしょう?」


 それは、僕がこれまでダンジョンで採集したり、ギルドの報酬で買い足したりしてきた、錬金術の素材が詰まった大切なポーチだった。中には、もう手に入らないような希少な鉱石や薬草も入っている。僕の錬金術師としての、ささやかな財産だった。


「……これも、ですか」

「当然よ。あなたが持っている意味、もうないでしょう?」


 リリアの言葉には、一片の情もなかった。

 僕はゆっくりと立ち上がると、震える手で腰のポーチを外し、それを地面に置いた。僕がここにいたという証が、またひとつ消えていく。


 アレクはもう一度僕に背を向けると、自分のテントへと向かった。


「話は終わりだ。達者でな、アルト」


 その声には、もう何の感情もこもっていなかった。

 リリアもダインも、僕に一瞥もくれることなく、それぞれの寝床へと去っていく。


 焚き火の前に、僕はひとり取り残された。

 パチパチと燃える炎が、まるで僕の無力さを嘲笑っているかのようだった。

 仲間たちのテントからは、これからの冒険について語り合う、楽しげな声が微かに漏れ聞こえてくる。僕がいなくなった後の、未来の話だ。

 もうそこに、僕の居場所はない。


 どれくらいの時間、そうして立ち尽くしていただろうか。

 やがて夜が更け、仲間たちの話し声も聞こえなくなった。

 僕は、最後の力を振り絞るようにして、ゆっくりと歩き出した。アレクたちが進むダンジョンの深層とは逆の、地上へと続く道へ。


 一歩、また一歩と進むたびに、楽しかった記憶が蘇っては消えていく。

 初めてアレクに褒められた日。

 リリアと一緒に薬草を摘みに行った森。

 ダインの無茶な戦い方を、徹夜で作ったポーションで支えた夜。

 それらすべてが、偽りだったとは思いたくない。

 でも、もう確かめる術はなかった。


 背後で燃える焚き火の光が、だんだんと小さくなっていく。

 あれは、僕がこの世で唯一見つけた、温かい場所のはずだった。


 ダンジョンの出口から外へ出ると、冷たい夜風が僕の頬を撫でた。

 空には満月が浮かび、星々が瞬いている。それは、あまりにも美しい夜だった。

 その美しさが、僕の孤独を一層際立たせた。


 どこへ行けばいいんだろう。

 これから、どうやって生きていけばいいんだろう。


 僕は、無一文で孤児院を飛び出した日のことを思い出していた。

 あの時も、こんな風に途方に暮れていた。

 でも、あの時はまだ、希望があった。「錬金術師として、誰かの役に立ちたい」という夢があった。

 その夢は今、勇者たちによって無残に踏みにじられた。


 雨が、ぽつり、ぽつりと降り始めた。

 冷たい雫が、僕の髪を、服を、そして心を濡らしていく。

 涙なのか、雨なのか、もう分からなかった。

 僕は、雨に打たれながら、ただ立ち尽くす。

 この世界にたったひとりで放り出された絶望を、全身で受け止めながら。


 ふと、懐に入れていた古い羊皮紙の感触に気づいた。

 それは、孤児院の院長先生が、僕が旅立つ時にこっそり握らせてくれたもの。

 震える手でそれを取り出す。洋皮紙には、雨に濡れて滲んだインクで、古ぼけた地図が描かれていた。


 それは、王国の誰もが存在を忘れた、辺境の地の地図。

 地図の隅には、院長先生の優しい文字で、こう書き記されていた。


『もし、すべてに疲れてしまったら。ここへお行きなさい』


 小さな村を示す印。そして『忘れられた辺境』という文字が書かれている。


 あの時は、こんな場所に行くことなんてないと思っていた。

 でも、今となっては。


(もう、どうでもいいか……)


 誰も僕を知らない場所へ。

 誰も僕に期待しない場所へ。

 すべてを捨てて、消えてしまいたい。


 僕は、力なく地図を握りしめた。

 雨でぬかるむ道を、おぼつかない足取りで歩き始める。

 王都の喧騒も、勇者たちの栄光も、すべてに背を向けて。

 ただ、忘れ去られるためだけに。

 僕の新たな旅は、人生で最も深い絶望の夜から、静かに始まった。



 -つづく-

次回、第3話。「辺境を目指して」。

逃げ出すような、新たな旅路。けれど新たな出会いが、傷ついた心を少しだけ癒す。


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