第6章 私はサロメ
第6章 私はサロメ
さて、この『地獄の学園祭事件』は、次の日に、劇的な結末を迎えるのである。
丁度、昨日撮ったばかりの、スマホのビデオを持って、 鈴木隆正医師、私、娘の綾、彼氏の山崎力也君とで、県警の捜査一課に相談に行っていた時である。
県警の内部が、急に、慌ただしくなった。
一体、何事だと、それとなく聞いて見ると、今、正に話題の人物、神尾雄一が自殺したと言うのだ。地元の警察署から、その遺書とも思える文書がFAXで送られてきたらしい。
その場で、遺書の内容は、誰も教えてくれなかったが、後に、鈴木隆正医師が大学病院からの伝手で、何とか、手に入れる事ができたのだ。しかし、その異様な内容に、私は、もの凄い嫌悪感を感じたのだが……。
「私はサロメ。
この文章を私の遺書と捉えられるか、単なる妄想の書と捉えられるのかは、読む人に委ねる事にして、私自身の意見を極淡々と述べるのみだ。
そもそも、私が、記憶しているのは、約1年半以上前の時、自分が交通事故に遭って、宙に浮いている自分の姿を、天空から、じっと見ていた事だけだ。
それから、約2日間、意識が無かった事になっているが、私は、妄想か夢か何なのかは分からぬが、私の脳内での異常な光景を見ていたのであった。
私の脳内にある軸索や樹上突起、つまり脳内神経細胞:シナプスが、次々と連結して行く模様だった。まるで、私の脳内で、ウィルスが異常繁殖していくような映像。
おお!この不思議な体験をどのように伝えれば良いのか、今の私の心情では、うまく表現ができない。死を前にした人間は、皆、このような心境になるのであろうか?
で、意識を取り戻した時に、私は、いわゆる天才になっていたように思う。
あれほど今まで聞いていて分からなかった、数学や物理の授業の内容が、瞬時に思い出されると共に、その全てが、完全に理解できるようになっていた。
不思議な事は、それからも続いた。不思議な能力が身に付いたように感じたのだ。
それを、超能力と呼ぶのは容易なのだが、私自身、それを超能力と呼ぶには、少々、抵抗を感じる。
別に、あれこれ考え無くても、未来が漠然と感じるのだ。
それに、退院してから、徐々に私の心の中に、芽生えてきたどうしても阻止できない心境が惹起してきた。
私は、預言者の首をほしがったサロメの心境が、理解できるようになってきたのだ。
そう、私はサロメなのかもしれない。
この、不思議で異常な渇望は、何故、この私に芽生えてきたのであろう……。
それは、先ほど述べた交通事故の時の記憶にまで遡る。
私は、確かに、頭も、体も、手足も、宙に舞ったのだ。
だから、誰かの生首が宙に舞うのを、切望したのかもしれない。
私は、サロメ。
やがて、奇術部の部員だった私は、誰でも良い、生首が宙に浮くのを見たくて見たくて、その欲望は押さえ切れなくなった。
幸い、私は、奇術部員である。
3年生になって、奇術部の部長に就任し、あの「地獄のギロチン」を実行するのだ。
既に、ギロチン殺害のトリックは考慮済みである。
金属疲労にかこつけて、金属ピン2本を折り、ギロチンの刃を、そのまま落下させるのだ。
不思議な事に、私は、何回、いや何十回、「地獄のギロチン」の実験を繰り返せば、このギロチンの刃を止める金属ピン2本が帰属疲労の回数に達するかを、予測できた。
しかし、まさか、同級生の田中綾に、この私しか理解できない筈のトリックを見破られるとは?
私は、サロメ。
この、文章をもって、私は、死ぬ事になるが、怖くとも何とも無い。私には、良心も恐怖心すら、もう無いのだ。
願わくば、この私の、脳内の異常な変化を、医学者に提供する事で、精神医学の発展に貢献できれば、幸運である。
では、私の短い人生にささやかな乾杯をして、縊死を実行しよう。
202X年12月25日:神尾雄一」
ああ、一体、何と言う事だろう。
いわゆる、『地獄の学園祭事件』は、こうやって、真実が白日の下に、さらけ出されたのである。
名探偵のモデルとなった、私の祖父の娘、つまり曾孫の手によって全てが暴かれたのである。 了