その六 人形の家
それは、今から七年前――。
ウォルト様が十一歳、わたしが八歳のときのことだ。
いや、正確には、わたしが八歳になった日のことだ。
一週間ぐらい前から、わたしの誕生日祝いの品々が、国内外の親戚や知り合いから次々と届き、わたしの居間は贈り物で一杯になっていた。
それに、朝一番に、お父様とお母様から、最高に素敵なお祝いの品をいただいて、わたしは大興奮していた。
「さあ、ジェルヴェーズ! 支度がすんだら、王宮へ出かけよう! ウォルト様がおまえの誕生日を祝ってくださるそうだ」
「えっ? ウォルト様が?」
お父様は、少し困ったような顔でわたしに言った。
今日は一日かけて、ゆっくりと贈り物を広げながら、お母様や侍女たちと御礼の品や手紙の準備をするつもりでいたのに……。
王宮へ行くなんて、面倒くさいし、疲れちゃう……。
でも、ウォルト様のお招きとあっては、お断りするわけにもいかないのよね。
わたしは、お父様と一緒に馬車に乗って、王宮へ向かった。
王宮に着くと、待ち構えていた侍従によって、ウォルト様の居間へと案内された。
部屋の中は、たくさんの花で飾られていて、美味しそうなお菓子やお茶が用意されていた。
侍女たちが、にこやかな顔でわたしたちを迎えてくれた。
部屋の真ん中にはテーブルがあって、その上には、赤い布をかぶせた大きな箱のような物が載せられていた。
「おう! よく来たな、ジュルヴェーナよ! 公爵も、ご苦労であった。二人とも、そこの椅子に腰を下ろすがよい!」
突然、隣室との間の扉が開き、ウォルト様が姿を表した。
今日のウォルト様は、爽やかな若草色のお召し物を颯爽と着こなしていた。
どんなに格好良くしても、わたしの名前が正しく言えてないんですけど――。
「誕生日、おめでとう、ジェルヴェーナ! ああ……、これから見せるものが、み、未来の花嫁への……わたしからの贈り物だ! う、受け取ってくれ!」
えっ?! 未来の花嫁?! だれのこと? はっ?
言葉に詰まったわたしの前で、ウォルト様は、箱にかぶせていた赤い布を勢いよく取りのけた。勢いがよすぎて倒れそうになった箱を、侍女が駆け寄って支えた。
箱かと思っていたのは、ドールハウスだった――。
三階建ての可愛らしい家で、家具や道具の一つ一つが、とても丁寧に作られている――。
これはきっと、あの人の――。
「驚いたか、ジェルヴェーナ? 隣国グゥイルト王国のレナートという有名な職人が作った物だ。そなたは、こういう物が好きだと聞いて、大使に命じて探させた。
レナートは、数年前から旅に出てしまっていて、今はなかなか作品が手に入らないそうだ。貴重な品を壊さないように運ぶため、たいそう時間がかかったが、なんとか今日に間に合った――」
言い終わるとウォルト様は、感動や感謝の言葉を期待する顔で、わたしの方をじいーっと見た。
確かに、素晴らしいドールハウスだった。
グゥイルト王国には、優れた職人が何人もいるとお父様が言っていた。
ただし、ドールハウスの制作は、手間がかかるわりには、あまりお金にならないので、職人の技術を引き継ぐことが難しくなっているとも――。
「ありがとうございます、ウォルト様。大切にいたします」
わたしは、丁寧にお辞儀をし、そのまま部屋から出て行こうとした。
どうせ、このような大きな物は持ち帰れない。あとで、侍従が、荷馬車で我が家へ届けに来るだろう。
用がすんだら、さっさと帰らなくちゃ! わたしだって、忙しいんだもの……。それに……。
「おい! 待て、ジェルヴェーナ! それだけか?! これは、簡単には手に入らぬ品だぞ! わざわざ外国から取り寄せたのだぞ! もっと、何か言うことがあるだろう?」
ウォルト様ったら、ちょっと涙声になっちゃって――。
わかったわよ! 言うべきことを思いっきり言ってあげますよ!
「あの、ウォルト様! これを作ったレナートさんは、五年前から我が家で働いておりますの。五年がかりで、四人のお弟子さんと一緒に、この王宮とうり二つの立派なドールハウスを作り上げました。今朝、お父様とお母様から、八歳の誕生日祝いとして、そのドールハウスを見せていただきました。
我が屋敷の広間一杯に広がる、それは、それは大きなドールハウスですの! 四人のお弟子さんも仕事を通して一人前になったので、お父様が正式な工房を用意してあげることになりました。これからは、グゥイルト王国ではなく我が国から、世界一のドールハウスが生まれるようになるのですわ!」
大きく目を見開き、あんぐりと口を開けて、ウォルト様がお父様の方を見た。
お父様は、さっと目線を逸らし、近くにいた侍女にお茶のおかわりを頼んでいた。
ウォルト様は、悔しそうに口元を歪めると、わたしに言い放った。
「ジェルヴェーナ! いつかおまえと結婚して、おまえの身分も財産も何もかも奪い取って、ダンドロ公爵家を没落させ、その自信満々な鼻っぱしらをへし折ってやるからな! 覚えていろ!」
そして、荒々しく足音を立てながら、入ってきた扉から出て行ってしまった。
お父様もわたしも、そして侍女たちも、みんな一瞬呆然としたのだけど、だれも、ウォルト様に声をかける者はいなかった。
変な慰めなど口にしたら、火に油を注ぐことになって、ウォルト様は、貴重なドールハウスを蹴飛ばしかねないものね――。
* * *
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ! そ、それは、そなたが悪い! ウォルト王子が怒るのももっともだ! そなたのことを『未来の花嫁』とまで呼んで、心尽くしの贈り物を用意したのに、余計なことを教えて台無しにしてしまったのだからな。
目一杯賛辞を並べ、うれし涙でも流して受け取っておけば良かったものを――。ウォルト王子は、相当傷ついたであろうな……」
「だって、あのドールハウスには、グゥイルトの王家の家紋が刻まれていたのですよ。あれは、きっと権力を振りかざして、あちらの王家から奪うように買い取った物に違いありません。グゥイルト王国は、鉱物資源で我が国に依存しておりますから――。いくら素敵な物でも、そんな風に手に入れた物を喜べません!
ウォルト様が傷つく? まあ、多少はそんなこともあったかもしれません。その後の六回の誕生日は、王宮に招かれることはありませんでしたから――」
そう、ここ六年間は、わたしの誕生日に侍従がお花を届けに来るだけだった――。
もう、わたしのことは、どうでも良くなったのだと思っていた……。
それなのに今年は、久しぶりに王宮に呼ばれて、婚約宣言をされかけたのだ。
「今年は、事情が変わったということだな。そなたが、十五歳になり、社交界にデビューすることが大きな理由であろうが、もしかすると――」
ライナルト王子は、フォークを皿に置くと少し難しい顔をして言った。
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