第十話「二日目、進展」
2日目の朝
今日はアレクと一緒に食事を取っている。
柑橘系のソースがかかった丸っこい川魚のソテー。
塩をふった蒸かした芋。
それにつける赤色の辛みのある調味料。
そして野菜のスープに温めたミルクと大きな黒パンである。
黒パンですら焼きたてだ。
この宿でもかなり上等なメニューだそうだ。
もちろんそれなりのお値段がするので周りに他の客はいない。
昨日の食事も朝と夕は全く違う調理だった。昼を食べ逃してしまった事を悔いる。
タダ飯がこんなに美味いこともないだろう。
アレクの知名度様々である。
先ほどから厨房の料理人がチラチラとこちらを見ている。
評価が気になるところなのだろう。
アレクもそれに気付いてか大きめに魚を切り分けてガブリと噛みつき、むぐむぐと分かりやすく咀嚼する。
「ここの飯は美味い!王都の調理と比べても引けを取らんな!そうだろうユリウス!」
「はい!お爺様!」
若干大げさに芝居を打つ。
いや、王都には行ったことすらないが…。
とたんに料理人達が声を抑えながら歓声を上げる。
ヒソヒソ…やったぞ…!英雄のお墨付きだ…!…ヒソヒソ…。
こういう大物っぽい豪快さと細やかな気配りもファンが多い秘訣なのだろう。
というか、美味いのは事実だから芝居というほどもないか。
味付けの方向性としては、サーシャの料理の方が好みだが。
魚を食べながら思う。
まさにさっぱり系だ。
サーシャの焼いた野犬のグリルを思えば、すこしパンチに欠ける。
香辛料の違いだろうか?
今度手紙で聞いてみよう。
アレクとは昨日から日中は別行動中だ。
彼は彼で長期滞在用の部屋を探したり、ギルド以外の収入源を探してくれていたのだ。
活動が終わり次第この宿で合流し成果を話あう。
昨日はアレク帰りが遅かったので俺が先に寝てしまったので、今日これからだ。
「家の方は、村の外れにある貸し家が使えそうだ。月に銀貨3枚で借りることが出来る。少々古い作りだが悪くはなかった。ネィダの家ともそれほど離れてはいない。」
銀貨3枚。
なかなかハードルが高い。
金貨1枚が銀貨10枚。
それに対して銀貨1枚は銅貨50枚だ。
仮に俺が5歳でギルドに登録出来ていたとしても丸1日働いて稼げる金額は精々銅貨10枚。
しかもそれは都合よく依頼があればだ。
この辺りは治安がよいので稼げる依頼は少ない。
畑仕事の手伝いくらいのものだ。
そもそも、依頼を受けることもあと1年は出来ないが…。
「金額はもう少し交渉できるかも知れん。あと、稼ぎの方だがこっちは手詰まりだ。年齢ばかりはどうにも…。」
どうやらこの世界では5歳というのが1つの区切りのようだ。
前世でいうとこの就労規則のようなものが暗黙の了解的に浸透している。
ギルドの決まりの影響が大きいのだろう。
「そっちはどうだ?進展があったか?」
そういいながらアレクは黒パンを鷲掴みにしてかぶり付く。
「ギルドへは魔法を教えてくれる人を探しているという旨の依頼をお願いしました。この後確認しに行きます。」
「ほう。まほーほほーはほーは?」
「お爺様。口のなかのものを飲み込んでから喋ってください。お行儀悪いですよ。」
言っていることはわかっているので注意だけして続ける。
「新しい魔法はまだ使える糸口も掴めていません。…ですが…。」
「んん?」
わざと溜めている。
ふふふ見て驚くが良い。
両手の平から2つの火の玉を同時に出して見せる。
「火の魔法はすこしだけ上達しました!」
「おおお!進歩ではないかユリウス!頑張るんだぞ!」
「はい!お爺様!」
両親含め、エバーラウンズの家族は小さな事でも喜んでくれるのだ。
出来ていることは大したことではないが、それでもその反応が嬉しい。
前世で誉められることなどそうそう無かったしな。
俺は誉められて伸びる子なのだ。
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朝食も終わり、すぐにギルドへ向かう。
場所さえわかれば10分もかからなかった。
イングリットの村の森よりも近い。
昨日のアーネストの注意にしたがってスイングドアを普通に開ける。
それなりに早い時間なのに既に数名の客が居た。
アーネストの姿は無い。
ひとまずまっすぐにカウンターへ足を進めた。
「おはようございます。ジーナさん。依頼の方はどうですか?」
カウンターの受付嬢ジーナに声をかける。
先日、素敵な谷間を見せてくれた人物だ。
今日はカウンター席の足元に踏み台が設置場所されていた。
おそらく彼女の計らいだろう。
ヒョイと椅子に座る。
「おはよーユリウス君。はやいのね。」
ふあーとあくびをしながら彼女が伸びをする。
グッとしなやかに反った体の美しい凹凸が目を惹く。
ボンキュッボンである。
「依頼の方は3人から申し込みがあったわ。報酬が良いからかしらね?」
「3人もですか!?」
これは幸先が良い。
人数は多いほどよい。
依頼は完了報酬なので魔法が使えるようにならなければ払う必要はないのだ。
まぁ、泡酒くらいはお礼におごっても良いかも知れないが。
「えぇ、一応午前中に1人と午後から2人来るようにしておいたけどそれで良かった?」
「ありがとうございます。完璧です!」
気配りが出来る人物は本当にすごい。
こういう人が王様だとかに認められて秘書とか参謀とかになるのだろう。
俺にもそんな素質があればなぁ。
「昨日の晩に話したから、そろそろ来ると思うけど─」
そこまで彼女が言い終わらないくらいで
ぬぅん!とどこか間の抜けた甲高い声とともに扉が勢い良く開け放たれた。
トカゲ頭の魔族である。
細ながい杖を持ち、インディアンを彷彿させる民族衣裳のような腰巻きをしていた。
上半身は裸で泥でも塗ったような紋様が素肌に描かれていた。
体も細く筋張っているが、太い尻尾と鋭い爪が生えている。
ドラゴニュート…というよりリザードマンだ。トカゲ男。
魔術師より祈祷師っぽい
「お主か!魔術の道を極めんとする少年というのは!」
やはり男としては甲高い声でトカゲ男はペタペタと足音を立ててこちらに来る。
アーネストが居れば「扉はゆっくり開けろ。危ないだろ。」と注意しただろうか。
俺の目の前まで来ると持っている杖を高く高く掲げた。
「我こそは!"大魔道"ダン・クロム・エシュテンバッハの4番弟子の嫁の弟の6番目の息子、ゲルリンである!魔術の道を歩むものとして汝に知恵を授けようではないか!!」
「いや、それ大魔道とはほぼ他人ですよね…。」
静かに突っ込みを入れたが、彼はそのまま続けた。
「聞けば少年は魔法が使えぬ落ちこぼれだと言うではないか!なんと嘆かわしい!憐れ!そして惨め!しかし安心めされよ少年!このゲルリンが即座に一流の魔術師として汝を導いてしんぜよう!!」
壮絶にディスられたんですが…。
まぁこういう冒険者も居るという勉強になったということにしよう。
「…ところで、魔法が使えるようになれば報酬銀貨3枚というのは本当かね?」
突然テンションを下げてヒソヒソっと耳打ちしてくる。
やめろよ、会話の温度差で風邪引きそうだわ。
「…ちゃんと教えていただいて、成果が出ればお支払します。」
「うぅむ!良かろう!ではすぐに取りかかるとしよう!!我ら鱗の民は水の魔法を得意とする故、まずはそれを授けよう!」
このゲルリンに任せておきたまえ!!!
と彼は杖の先を床に打ち付けた。
「あー、まずは、肩幅くらいに足を開いて。」
「こうですか?」
「そうそう。それで両手を前に。あーそんなに力まなくて良いよー。力抜いてー。」
…いや、まぁなにもいうまい。
続きをお願いします。
「そしたらねぇ、頭の中で川のせせらぎを思い浮かべてー。こう、ンッ!て足先から力を入れて、魔力を吸い上げる感じで。そうそう、良いよー。そこから指先へその感覚を絞って行くー。」
やっすいインストラクターのような指導が続く。
これ、大丈夫なの?とジーナのほうを見るとジーナは既に同じ体制で水玉を空中に浮かべていた。
やり方的にはどうやらあってるらしい。
「お腹に力を入れてー。そこから一気にぃ!力の解放っ!!」
バッと両手を広げて天を仰ぐゲルリン。
当然ながら、俺の手に水玉は出現しない。
「これ結構すごいわ。わかりやすい!」
「そうでしょう!そうでしょう!なんせこのゲルリン、次期大魔道候補に一番近い男ですのでっ!!」
ジーナとしてはそれで良いようだ。
「…ジーナさん、ゲルリンさんに泡酒を。」
へ?と2人はすっとんきょうな声を上げた。
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店の端のほうに座ったゲルリンは長い舌でなめるように泡酒を楽しんでいた。
銀貨は払うことは出来ないが、それで手を打ってくれた。
「あれすっごいわかりやすかったわよ?」
ジーナが皿を拭きながら感想を教えてくれる。
「父も母も同じような説明をしてくれましたが、全然感覚が掴めないままでして…。」
「難儀ねぇ…。まぁ次があるわよ!」
グッと親指を突き立てて彼女は笑った。
はははと乾いた笑いで返すしか出来なかった。
昼前になり、店の中はだいぶ賑やかになり始めた。
昨日居たポーカー組もやってきて、早速賭け事を始めた。
ゲルリンがそれに混じっている。
デローンと舌が垂れているのを見ると結構酒が回っているのではなかろうか。
ちょっと心配だ。
注文が飛び交い、ジーナもカウンターから引っ張り出された頃。
扉がゆっくり、キィ音を立てて開いた。
そしてシンとなる店内に誰が吹いたのか、ヒューと口笛が響いた。
まぁ、どんな人が来たのか気になるし肩越しに目線をそちらにやる
「!!!!????」
あまりに場違いな人物がそこにいて目をひん剥き、思わず向き直った。ここは健全なギルド支部。娼館などではないのだ。
そこに立っていたのは三角帽子被った魔女であったが、身に付けている衣服の丈があまりに足りていない。
上も下もギリギリなんとか辛うじて隠れている。
豊満な胸。
括れた腰。
大きく張った臀部。
ピチピチの服で隠されたそれらは形が透けて見えてしまいそうだ。
タレ目に長いまつ毛と濃いめアイシャドウ。真っ赤な唇。そして泣き黒子。
しっかりと化粧をしているが、顔立ちの良さがそれに負けていない。むしろ引き立てている。
淡い紫の髪は長く、マントのようにストンと背中滑っている。
肉欲の化身と言っても差し支えない女がそこに居た。
サキュバスか!?
エロ魔神か!?
おまわりさんここは俺に任せて先に行けぇ!!
「いろいろ教えて欲しいって男の子が居ると聞いたけど、あなた?」
妖艶という言葉そのもののような色っぽい声で彼女は言う。
女性しては高い身長に紐細工の見事なハイヒールサンダルが組合わさり、抜群のプロポーションを誇る魔女がカウンターまで優雅に歩いてきた。
足音すらも色っぽく聞こえてしまう。
どこかで生唾を飲み込む音がした。
もしかしたら俺かも知れない。
もしかしたら店の男全員かもしれない。
はっきりと聞こえた。
昨日とは別の意味で店中の視線がそちらに向いている。
「は、はい、あの、まままま、魔法の使い方を、その…。」
どこを見ても色気しかない彼女からクルリと椅子を回して背を向ける。
大変だぞユリウス!
顔が熱い!!
まるで火がついてるようだ!
息子が暴れてしまいそうだああ!
「お隣、よろしいかしら?」
「はいぃ!!どぅどどどっ、どうぞぉ!」
下を向いたまま手で隣の席へ促す。
もう、ちょっとヤバすぎる。
まともに姿を見ることすら厳しい。
いけないものを見てしまっている気がするし、恥ずかしいとも取れる真っ赤な感情が胸で暴れている。
これが恋か!恋なのか!?
そのエロ魔女は微笑むと俺の隣のへ腰かけた。
椅子に押された太ももがムッチリと盛り上がり、そのまま足を組む。
そして組んだ右足の膝で俺の足を擦るのだ。
綺麗な肉感的な彼女の足はスベスベのシルク肌だ。
はわわわわと小さく声が出る。
頭が完全に沸騰してしまっている。
「うふふ、お顔もお耳も真っ赤っか…。可愛いわ。あなた。お名前は?」
「ユ、リウス…。ですぅ…」
「ユリウス…。名前も可愛いのね。」
彼女は被っていた帽子をふわりと俺の頭に乗せた。
先ほどまで被っていた彼女の帽子からはとても甘い香りがした。
香水とは別の、女性の香り。
とても良い匂いだ。
頭がクラクラする。
「恥ずかしかったらそれでお顔を隠してお話しましょう?」
いくぶんか視界が狭まったとはいえ別の刺激で理性がぶっ飛びそうだ。
帽子の影から見えた彼女の唇は艶かしく、ペロッと舌が動いた。シュルリと息を吸うような音も聞こえた。
「私はアンジェリーナ。アンジーでもアンでもいいわ。仲良くしましょうね?ユリウス。早速だけど、 魔法が使えれば良いのね?銀貨3枚って本当?」
「…本当です。」
「どんな魔法が良いの?」
「ひ、火以外でしたら何でも大丈夫です。」
「そう。」
早口気味でしゃべる。
もう心臓がバックンバックンなのだ。ダメなのだ。
早くなれて欲しいが、そもそも人生を通してこんな美女と知り合ったことは1度も無い!
もう少し時間がかかります!
アンジーは右手をカウンターの上に持ってくるとそこからゴトリとなにかが落ちた。
暗い茶色の艶のある円柱形のそれ。
一瞬大人のオモチャ的サムシングかと思ったがこれは違う。
土の魔法で生成された鉱石だ。
「見てみて、私こういう魔法が得意なの。」
ずいとアンジーは体を寄せてくる。
肩が、そして胸が押し付けられる。
彼女の体温、匂い、吐息、それらがのっしりと寄りかかってくる。
理性が消し飛びそうだ。
「これ、なんの魔法か知ってる?」
「へ?」
「土の魔法っていうの」
「土。」
「そう…。」
すっと彼女の顔が耳元へ寄る。
「つ、ち。」
吐息を吹き掛けるように囁く。
絶対語尾にハートマークついてた。
セクハラですよそれ!!
「ねぇ、本もお探しなのでしょう?教本は無いけど、宿に何冊かあるから今夜、ね?」
彼女の手が俺の内股に伸びる。
優しく撫でられて腰が砕けてしまい、へやぁ。と情けない声を出しながら俺は椅子から落ちる。
帽子も脱げてしまい、椅子に座ったままのアンジーと目が合う。
妖しい光の灯った彼女の瞳。
そして再びペロリと舌を動かす。
今理解した。
あれは獲物を前にした獣の所作だ。
「可愛い。ますます気に入ったわ。今からお勉強、始めましょ?私みたいな女じゃダメかしら?」
駄目じゃないです大好きです!
今晩のお夕飯は俺なんですね
でも貞操概念的にどうなの?
コンプライアンス的にどうなの!?
逃げられない。
食われる。
いいですとも!
父さま母さまごめんなさい。
ユリウスは大人の階段を昇ります。
さらばDT、さらば魔法使い!
せめて優しくしてください!
「こらあ!!」
覚悟を決めたところで、アンジーと俺の間に飛び込んできた人物がいた。
鮮やかな給仕服着た小柄な、いや小さな影。
俺よりもすこし身長が低い、金髪ショートの女の子
「ユーリをいじめないで!!」
両手を広げて俺を守るように、もしくはアンジーを威嚇するように立ちふさがる人物。
ククゥであった。
---
「大丈夫?ユーリ?」
「ありがとう、ククゥ。助かりました。」
「私の方がお姉ちゃんだからね!」
内心、「惜しかったな」という気持ちを締め上げてお礼を言う。
そして今しがたジーナがアンジーをシッシッ!と追い払った。
「ギルド施設内での未成年に対する誘婬はお断り!」
とのことである。
なぜもっと早く助けが入らなかったのだろうか。
と思ったらどうやら店の男集が総出でジーナを止めにかかっていたらしい。
「今いいとこだから!」「坊主に夢を見せてやれって」「抱け!抱けぇー!」
と口々に言っていた男達にはもれなく頭にコブがサービスされていた。
全然気づかなかった。
…なんて悪い大人たちだ。今度一杯奢らせてもらおう。
「大変だったねぇユリウス君。あぁいう女に引っかかちゃ駄目よ?」
「いやぁまぁ、ちょっとドキドキしたくらいのことでして…。」
ちょっとだけだったし、本当だし。
「…ユーリはああいう人が良いの?」
ククゥはポツリと呟いて自分の胸を手でなぞった。
ストーンとまっすぐなボディは空気抵抗と無縁だ。
「大きければ良いってもんじゃないのよ。」
ジーナが諭す。
「そうですとも。」
俺も同意する。
ジロっと2人に睨まれた。
「す、スミマセン…。」
まずい、話をそらさねば。
「そ、そういえばククゥ、何でギルドに?」
「そうだった!話があったの!あのねユーリ。パパがね!お店の─」
バァンと扉を開く音が会話を遮る。
そこには3人目の魔術師がいた。
「我こそは!"大魔道"ダン・クロム・エシュテンバッハの6番弟子の夫の弟の3番目の息子、ゲロリンである!」
「帰ってください!!!!」
再び現れた別のトカゲ男に一喝して帰らせた。
さっきのトカゲ男と同一人物かと思うくらいだ。
しかしこれで、ギルドに依頼した仕事の成果は無しとなった。
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「さっきはごめんねぇ。これはお詫び。お代は良いから飲んで行ってね。」
俺とククゥは席を変えて入り口側の丸机に着いていた。
ジーナにお詫び、と出されたのはコップに入った飲み物だった。
ミルクがほんのりとピンクに色づいている。
赤色の粒々が浮いているところを見ると、赤パンの材料であるリコの実を擦ってから混ぜてあるようだ。
それが2つ、机におかれていた。
味としては酸味を強くしたイチゴ牛乳のような味だ。
先ほどからククゥは一口飲む度に目を輝かせている。
お気に召されたようだ。
「それで、話って?」
俺の声でククゥはハッと我に返った。
「えっとね、うんとね、…なんかね?」
どこから話したものかとワタワタしている。
俺の倍の年齢だったはずだが、そういうあどけなさは見た目相応だ。
それを見ているだけで肉欲の魔女アンジーに抱いていた爛れた感情が洗い流されるようだった。
「えっとね。今、ママのお腹に赤ちゃんが居るでしょ?」
「うん。」
「だからね。ママは1年くらいお店をお休みするの。」
なるほど、育休だ。
「でもね。ママがお休みすると、お店でお金の計算出来る人がパパと私だけになっちゃうの。」
なるほど、それは大事だ。
「それでね。ユーリはお金の計算出来るしおしゃべりも得意でしょ?時々で良いからお店を手伝って欲しいってパパが言ってたの!」
なるほど、確かに計算はできる。
消費税の計算は暗算では出来ないが、この世界の買い物は基本的に単純な足し算だ。
「お給料も出るんだって!」
「…それはつまり、僕を雇ってくれるってことですか?」
「うん!一緒にお店のお手伝いしよ!」
なんてことだ。
渡りに船とはこの事か。
ククゥはアンジーの魔の手から救ってくれただけでなく、アルバイトの話まで持ってきてくれたのだ。
「それに一緒に居ればさっきの悪そうな魔女からも守ってあげれるでしょ?えーっと…そう!いっせきにちょー!だね。」
その上ボディーガードまで考えてくれている。
ククゥ姐さんと呼んだほうが良いだろうか。
まぁ、次回はもう少しちゃんと対応して見せますとも。
「どうかな?ユーリ?」
「わかりました。クアトゥさんに是非受けますと伝えてください。魔術の試験が終わったら直接話を聞きに行きます。」
「本当!?やったー!一緒に頑張ろうね!ユーリ!」
ククゥは飛び上がるほど喜んだ。
そしてグイッと残ったミルクを飲み干すと、「じゃあまたね!ユーリ!」と手を振りながら満面の笑みで酒場を飛び出して行った。
「おいおい、いつからギルドは託児所になったんだ?」
それと入れ違いにアーネストが酒場に入ってきた。
「おうユリウス。魔法の調子はどうだ?」
「ふふふ、こちらをご覧下さい。」
ボボッといつもの火を両手から出す。
「フッ!!!」
それをアーネストは一息で吹き消した。
「店の中で火遊びすんじゃねぇよ。」
「ひどいです!折角見せてあげたのに…。」
…まさか本当に吹けば飛ぶような火だとは思わなかった。
「その様子だと肝心の別の魔法は習得できてねぇみたいだな。」
「…はい、ですが今日は1つ心配事が解決しそうです。1歩前進です。」
「そりゃよかった。魔術師の弟子になれたらここにも顔出せよ。すこしくらいなら祝ってやるぜ。」
そういって彼はカウンターへ向かった。
俺も席を立った。
日が沈むまでもうあまり時間がない。
ウダウダとしている場合ではないのだ。
色々と準備せねばならない。
俺に残された手札はあと1枚だけ。
本当はやらなくて済むならその方がよかったが、進展しなかった。
だがククゥのおかげで今後の展開に希望が見えた。
ならば俺は是が非でもネィダの弟子にならねばならない。
そのためには魔術教本が必要だ。
魔術教本の序盤の項。
魔法の成り立ちについてかかれたページがあった。
それを読むことができれば、魔法の習得が大きく進むはずだ。
そのためには魔術教本が確実にある場所に行く必要がある。
あてはある。
最後に手元に残った手札を切る時がきた。
今夜、ネィダの家に忍び込む。
人物紹介
ゲルリン 出自略 鱗の民の魔術師。魔術の極み、大魔道を目指し旅をしている。いつか弟子を取るのが目標。
ゲロリン 出自略 鱗の民の魔術師見習い。故郷を離れ、初めてのギルドに緊張している若人。なぜか入った途端に人族の少年に怒鳴られた。
アンジェリーナ 魔女 種族不詳 年齢不詳
コガクゥの村に流れついた冒険者。自分の色香を熟知し、数々の男性を虜にした魔性の女。最近幼い少年の劣情を弄ぶ快感を覚えた。